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第6話:BBQとカラオケ熱唱の屋上、消えゆく家族の歌声 前編 ~屋上に散った旋律~

第6話:BBQとカラオケ熱唱の屋上、消えゆく家族の歌声


― 大阪・天王寺、午後7時 ―


 雨上がりの夕暮れは、アスファルトの匂いと、微かに残るBBQの煙が混じり合っていた。普段は静かな天王寺の裏路地にあるバー「トキカサネ」が入るビルの屋上は、いつもと違う活気に満ちている。


「たまには違う場所で、時間の歪みを感じてもらうのも一興かと思いましてな」


 バー「トキカサネ」の店主・時重が、珍しく饒舌にそう言って、屋上の隅に置かれた年代物のオブジェのような時計を撫でた。彼が手ずから設えたその場所は、確かに「トキカサネの特殊な空間の延長」だと、誰もが直感的に理解していた。


 普段の店内の静けさとは打って変わって、今夜は、まるで家族が集まるホームパーティーのような賑やかさだった。時重は寡黙な中年であり、誰よりも事態を把握しているが語らない設定だ。


「おう、工藤はん、火ぃどうや? 今日はわいの十八番で、みんなをぶち上げるで!」


 ゼネコン営業課長の石田 現吾が、豪快に肉を網に乗せながら、カラオケ機器のセッティングに熱中している。彼は現場叩き上げの熱血漢で、「破壊神の契約者グランド・デモリッション」の異名を持つ「鬼の石田」だ。


 商品開発課課長の工藤 創司は、論理的な手順で火起こしを試みるものの、なぜか火力が安定せず、「そない言うてもなあ…」と口癖がこぼれる。彼は普段、穏やかで冷静なリーダー格だが、妄想力は社内随一で、中二病は隠しがちだ。


「石田さん、火気厳禁のルールは守ってくださいよ。衛生面も然り、食中毒なんてことになったら、私が責任を取らされかねませんからね!」


 弁護士の弁野 正義が、普段の法廷さながらの説教臭さで注意を促すが、彼の目はすでに網の上の肉に釘付けで、一番肉を食べるのは彼だろうと皆が思っていた。弁野は冷静だが酒が入ると説教臭くなる、ルール至上主義な皮肉屋で、「絶対法典レギス・エターナの守護者」という中二病設定を持つ。


「いざ、熱唱のステージや! この屋上は、今宵、俺様の聖域と化す!」


 舞台役者(小劇団主宰)の舞鶴 尚也は、すでにカラオケマイクを片手に、まるでリサイタルのように意気込んでいる。彼の台詞回しはすべて芝居で、身のこなしまで演技が入っている。彼の異名は「黒の舞台監督ノクターン・マエストロ」だ。


 ジャックダニエルをロックで嗜む工藤。黒霧島のお湯割りが定番の石田。山崎をストレートで静かに飲む弁野。そしてカルーアミルクを片手に、やたら華やかな口調の舞鶴。


 「トキカサネ」の常連であるおっさんたちは、酒を酌み交わしながら、仕事の愚痴や家庭の悩み、そしていつもの軽口を交えて笑い合っていた。


「もうお前ら、週一で会っとるんやで? 家族より会うとるんちゃうか?」


 工藤が呆れたように笑うと、弁野がすかさず反論する。


「なんでやねん!そういう論理的飛躍はやめてください」


「しゃあないわ! ワシらは運命共同体や!」石田が豪快に笑い、舞鶴はグラスを高く掲げて叫ぶ。


「いざ、同胞の宴や!」


 屋上の開放感とともに、彼らの親密な空気感が、いつもよりも少しだけ深まっていく。しばらくして、石田がふとグラスを見つめながら、ぽつりとつぶやいた。


「最近な、娘が俺の“昔の歌”は聴いとるらしいねんけど……“今の歌”は聴いてくれへんのや。しゃあないわ」


 その顔には、ほんのりと寂しさがにじんでいた。


「それは……感情の擦り合わせ不足では?」と、弁野が真面目に分析しようとすると――


「いざ、親子の共演や!」舞鶴が全力でズレたアドバイスを放り込み、


「そない言うてもなあ……」と、工藤が苦笑いで間に入った。


 BBQとカラオケが最高潮に盛り上がった頃、石田が十八番の曲、彼と家族との思い出の曲を歌い始めた。その歌声は、普段の「鬼の石田」からは想像できないほど優しく、どこか切ない響きがあった。


…しかし、石田が歌っている途中で、異変は起きた。カラオケの音源や歌詞が突然ノイズまみれになり、石田の歌声だけが「薄れていく」ような感覚に襲われる。屋上の空気が一瞬歪んだその瞬間、時重が屋上の隅に設置した「オブジェのような時計」が、午後8時20分を指した。


「カチ、カチ、カチ……カチャリィィィンッ!!」


 耳をつんざくような異音が、空気を裂いた。まるで“世界の終わりの時刻”を告げるかのように、時計の針が「2」を指した瞬間――空間全体が、バイブレーションモードのスマホみたいにブルブルと震え出す。グラスの表面には、未来からの干渉のような波紋が広がり、照明はディスコライトのようにチカチカと点滅し始めた。


 カウンターの奥で、時重が静かに呟く。


「……来るぞ」


 相変わらずの無表情だが、その一言にだけは妙な緊迫感があった。その瞬間、おっさんたちの顔から笑みが消え、グラスを握る手に力がこもる。


 そして――普段は絶対に開かない奥の非常口が、「ドォォォォンッ!!」と地鳴りのような音を立てて開いた。そこからは、もくもくと煙が立ち上り、まるで舞台の幕開けのように、白いコートの青年が現れる。


 †クロノ・ヴァイス†――鋭い眼光は、レーザービームか、それとも中二病の極みか。


「時の歯車に囚われし亡者たちよ……。今宵、再び、その無意味な時間軸を歪めに来たぞ!」


 懐中時計を高く掲げ、ポーズを決めるたびに、バーの空気が冷たく引き締まっていく。まさに“スモーキー中二病”。


「出たな、ラフロイグの中二病王子! 毎日毎日、ようそんなポエム思いつくな!」


 石田が即座にツッコミを入れる。もはや完全に常連のやり取りだ。


 クロノの背後からは、相変わらず無表情なミラ=ミラ。そしてもう一人、今夜も姿の違うグローム所長が現れる。今日はなぜか蝶ネクタイ姿で、やたらテンションが高い。


「いざ、決戦や! でも今日はお客さん多いなあ!」


 舞台役者・舞鶴尚也、“黒の舞台監督ノクターン・マエストロ”が、カクテルグラスをマイク代わりに掲げて叫ぶ。


「カルーアミルクと赤玉パンチをブレンドした“甘くしてからの!撃つ!”スタイルで、貴様らの理不尽、ぶち壊したるわ!」


「おや、舞鶴はん。今日も絶好調やな……って、そっちから来るんかい!?」


 工藤が、まさかの舞鶴の先制攻撃に面食らった表情を見せる。


 そこに、ミラ=ミラが淡々と告げる。


「未来において、あなた方の“ゆるい繋がり”は、時空の安定に悪影響を及ぼす『感情ノイズの温床』と判断されました」


 まるでスーパーの特売品を紹介するような口調だ。


「特に、あなた方のような『仕事はできるが中二病を引きずる大人』の存在は、未来において『生産性の低い暇つぶし』として記録されています。よって、その“ワチャワチャとした関係性”を『最適化=削除』します」


「誰が暇つぶしやねん!」


 石田が怒りに任せて叫ぶ。


「この“ゆるさ”がええんやろが!」


 弁野が腕を組み、冷ややかにミラ=ミラを見やる。


「感情による連帯がノイズ? 『絶対法典レギス・エターナ』をもってしても、その判断は法的に意味不明やな。むしろ、この“ワチャワチャ”こそ、人間社会を支える“バグだが必須のシステム”やろがい!」


 すると、グローム所長が蝶ネクタイをピコピコ鳴らしながらニヤニヤと笑う。


「ほっほっほ! 本日は“甘口人格”でお届けいたします! あなた方のような“感情過多の原始的生命体”は、未来のエンターテイメントとして価値があります!」


「特に、その“ツッコミ”の切れ味!未来のAI漫才には、まさに足りない要素ですわ!」


 その異様なテンションに、おっさんたちは一瞬ドン引きする――が、次の瞬間、石田が言う。


「……いや、認めたんかい!」


「お前、さっきから人格変わりすぎやろ! 感情ノイズの塊はあんたやないかい!」


 石田が叫ぶと、工藤がジャックダニエルを傾けながら、冷静に――でも内心ではやれやれと――つぶやいた。


「そない言うてもなあ……結局、何したいねん?」


 クロノ・ヴァイスが懐中時計を高く掲げ、大仰なポーズを取る。


「よかろう。ならば、その『くだらない絆の証明』を、今宵――この『トキカサネ』にて示すがいい!」


 ミラ=ミラがすかさず言葉を重ねる。


「勝負形式は……『時間軸共振音声記録の感情値・再現性評価試験』。通称、『エエ声エコー・バトル』です」

 


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