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第8話 唯一の味方

 ドンドンドン!


 昔のことに思いを馳せていた美弥を、扉を強く叩く音が現実に引き戻した。


「美弥、開けるよ!」


珍しく焦った表情をしているおまつが、勢いよく扉を開けて室内に入り、美弥の向かいにドシンと正座をして美弥の両肩を掴んできた。


「あんた、晴磨様の婚約者になったって本当かい?!」

「あ、はい」


美弥が頷くと、おまつは美弥の肩をゆさゆさ揺さぶって眉をしかめた。


「何で、何が、どうなったら、桃華お嬢様から、あんたに、婚約者が変わるんだい?!」


美弥は首がガクン、ガクンして目が回ってくる。


「お、おまつさ~ん、やめて~、目が回る~」

「あ、ごめんよ。つい、力が入っちまってさ。で、何があったんだい?」

「何と聞かれても……。私にもよく分かってないんですけど、私には強い霊力があって、勾玉で封印されているから、私を婚約者に選んで、そしたら明日から阿倍野様のお屋敷に住むことになって、お父様からは絶縁されて……」

「はあ? 何が何だかさっぱりだね。とにかく、あんたは明日になったらここを出て行くっていうのは本当なんだね」


落ち着きを取り戻してきたおまつは、膝の上で両拳を握りしめた。風呂敷の上に置かれている小箱に目を向け、肩を落とした。


「これ、大事にとっているんだね」

「はい。あの時、おまつさんが集めておいてくれて助かりました」

「けどさ、小箱の中に入ってたんだろ? 櫛とか、簪とか、鏡とか。見つけてあげられなかったのがずっと心残りなんだよ。見つからないまま、あんたはここを出て行くとか、あたしはもう、あんたが不憫で、不憫で。あの時の落ち込みようといったら、もう見てられなかったよ」

「おまつさんが励ましてくれたおかげで、立ち直れたんです。見つからないままなのは残念でなりませんが、何年も探しているのに見つからないということは、もうこの家にはないんだと思います。カラスか何かが持って行ってしまったのかも。壊れていても、この小箱があるだけで私は救われました」


風呂敷きの上の小箱をそっと撫でて、美弥が静かに微笑んだ。おまつは目頭を押さえて深く息を吐くと、眉を寄せた。


「あんたがいいなら、いいけどさ。それより、晴磨様は相当凶悪なお方らしいじゃないか。あの奥様と桃華様が怯えて震えあがっていたよ。あんた、本当にそんなお方のところに嫁いで大丈夫なのかい?」

「心配してくれてありがとうございます。多分、大丈夫かと。それに、お父様に絶縁されて出ていけと言われてしまったので、ここにはもういられないんです」


美弥は両手を胸の前で握りしめて俯く。おまつは大きくてがさついた手で、美弥の頬を包み込み、顔を上げさせた。


「あんたは強いよ。この家で生きてこられたんだ。あっちの家でどうしようもならなくなったら、逃げだせばいい。もう大人なんだ。何かあったらこっそりあたしを訪ねてきな。力になるよ」

「おまつさん……」


胸の中におまつの温かい言葉が染みわたり、涙が一筋頬を伝った。おまつはそれを拭うと、風呂敷で小箱を丁寧に包んで美弥に渡した。


「大事なものなんだろう。しっかりしまっておきな」

「ありがとうございます」

「その小箱、いつか直るといいけど。こんなきれいな小箱壊すなんて、桃華お嬢様にも困ったもんだよ。にしても、あの時、何で2人共倒れていたんだろうね。あんた、今でも何も思い出せないのかい?」

「……はい、そうなんです」 

「あんたが思い出せないならしょうがないね。何があったかなんて分かりゃしないけど、大事な物はしまっておくに限る」

「はい、大事に風呂敷にしまっておきます。あの、おまつさん」


美弥は風呂敷を畳の上に置き、背筋を伸ばしておまつの目を見た。


「何だい、改まって」

「今までやってこられたのは、おまつさんのおかげです。おまつさんに色々教えてもらって、たくさん助けてもらいました。感謝しています。本当にお世話になりました」


美弥は三つ指をつき、畳に額をつけて深々と頭を下げた。


「ちょっと、やめとくれよ。顔上げて」


美弥が顔を上げると、おまつは鼻をすすって目の端を拭い、大きな口を横に開いて笑顔を見せた。


「何言ってんだい。あー、阿倍野家でも叱られないか心配だよ」

「あちらのお屋敷でも叱られちゃいますかね」

「叱られないよう頑張りな。若様と夫婦になって、幸せになるんだよ」

「…‥はい」


私、本当に明日この家を出て行くんだわ。おまつさんとも会えなくなるのね……。


 送り出してくれるおまつの言葉でようやく実感できた美弥は、おまつの笑顔に寂しさを覚え、胸が熱くなった。

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