表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/33

第31話 ジジバカ

「晴彦、封印は簡単に解けそうか?」


白虎が腕組をして晴彦に尋ねると、眉を八の字にして首を横に振った。


「簡単に解けるもんやない。それに、せっかく母君が施してくれた封印や。解いてはあかん」

「母が封印したとご存知だったのですか?」


美弥が顔を上げて晴彦を見ると、にやりと笑みを浮かべた。


「晴磨が知っとってわしが知らんことは、ひとつもあらへん」


切れ長の目の奥がキラリと光る。美弥は、契約結婚のことも全て見透かされているような気になり、冷や汗が出てくる。


「解くなと言っても、どうせ晴磨は解く気でいるんだろう。半分の霊力では今の晴彦程度の力しかない。それでも晴磨にとっては喉から手が出るほど欲しいだろうがな」


玄武が少年の姿には似つかわしくない年よりくさい話し方で、ふんと鼻を鳴らした。


「あん子は復讐に突っ走りすぎなんや。せやから霊力強化の修行も息詰まんねん。闘鬼丸一族との争いは、わしの代で終わらせるつもりなんやから、大人しくしとってくれたらええのに」

「そういうわけにいはいかないだろ。目の前で両親が殺されたんだ。自分の手で鬼を退治してやりたいとそれだけを思って生きているのに、おまえが老婆心というか、ジジバカを発揮して止めたところで、余計に反抗するに決まってるだろう」


青龍が呆れ顔で咎めると、晴彦は下唇を突き出してすねた子供のような顔になった。


「せやかて、晴磨のやつ、復讐のために命かけてもええ思ってんねんで。そんなん止めん方がおかしいやろ。あん子は思い詰めすぎとんねん。美弥はんとの婚約に反対した言うたけど、直接会って考えが変わったわ」

「はい?」


美弥が目を瞬かせると、晴彦は何かを期待するような眼差しを向けてにっこり微笑んだ。


「晴磨を惚れさせてくれへんか」

「へ?」


言われた意味が分からず、美弥は口をぽかんと開けた。白虎、玄武、青龍も訳が分からず眉をしかめている。朱雀だけはくすくす笑って美弥の顔をじろじろ見て来た。


「美弥ちゃん、(あやめ)に似て美人だものね。きっと晴人みたいに、晴磨も惚れちゃうわよ。そしたら、復讐のことばかり考えるのはやめて、惚れた相手を守るために自分の命をないがしろにはしないんじゃないかしら?」

「ええっ?」


驚く美弥を前に、晴彦はうんうんと頷き、白虎、玄武、青龍はやれやれと肩をすくめる。


「そんなうまくいくかよ」

「晴磨は、堅物で童貞の鈍感小僧だぞ」

「色恋には向いてないって。ジジバカもここまでいくと呆れを通り越して天晴だな」

「何で決めつけるのよ。晴人(はるひと)と菖みたいに愛し合う仲になれるわよ。だってもう婚約者なんだし、さっさと祝言を挙げて初夜を迎えたらあっという間よ」

「しょ、初夜、ですか!?」


思ってもみなかった言葉が出てきて、耳まで真っ赤にして顔を覆う美弥の頭を、朱雀はニヤニヤした笑顔で撫でた。


「かわいい~。美弥ちゃんも初心(うぶ)なのね」


余計に恥ずかしくなり、顔を上げることができない。


「子供作るのはあかんから、初夜はともかくとして、はよ祝言を挙げる方がええやろ。よし、そうと決まれば善は急げや」


どこからか晴彦が、円形の盤と正方形の盤が組み合わさった式盤を取り出して机に置き、ぶつぶつと呟きながら熱心にびっしりと書かれている文字をじっと睨みつける。


「あ、あの、当主様?」


突然の話に美弥が慌てて声をかけるが、集中している晴彦には届かない。代わりに、朱雀と白虎が答えてくれた。


「祝言の日取りを式盤で占っているのよ」

六壬式占(りくじんしきせん)。時刻を元に、干支や天文なんかを組み合わせて吉凶を占う。晴人の時代よりも前から行われていた占術だ」

「そう、なのですね。ですが、晴磨様は祝言のことは何も……」


仮の婚約だと言っていたのに、祝言の日取りが決まってもいいものか、いや、いいわけがない。晴磨が聞いたらさぞかし怒りそうだと美弥が焦っていると、青龍が溜息をついて片方の眉をピクッと持ち上げた。


「まったく。そんなことよりもやることはあるだろ。美弥、晴磨が封印を解くと言ったらおまえはどうする?」

「それは、えっと……」


当主様は解いてはいけないと仰っていたけど、晴磨様は私の力が必要だと仰っているわ。でも、巫女の力は諸刃の剣で、力を操れないといけないみたいだし、私にそれができるか……。


 言葉に詰まっていると、青龍が指を突きつけてきた。


「1000年前、菖の霊力は強大で、闘鬼丸一族の悪鬼でも簡単に退治できるほどだった。その霊力は人々を救い、陰陽師の一族はそれを欲し、晴人を利用して菖と婚姻関係を結ばせようとしたんだ。晴人は霊力を抜きにして菖と恋仲になり、夫婦になる約束をしていた。だが、菖はある一件で人の醜さに怒りを覚え、邪心が芽生えてしまった。その隙に、菖と敵対していた闘鬼丸が邪心につけいり、鬼の邪気と相まって菖の力は暴走し、鬼も人も見境なく命を奪っていったのだ。晴人と我らで菖を抑え込み、力を封印しようとした。ところが……」


口を閉じた青龍に続き、玄武がぽつぽつと結末を語った。


「正気を取り戻した菖が、封印ではなく自分を殺してくれと晴人に頼んだのだ。もし封印が解かれて同じことが起きてはいけないからと。晴人が躊躇(ちゅうちょ)していると、菖が悪鬼を浄化する際に使っていた破魔の矢で、自ら胸を突き刺した。苦しむ菖を見ていられなくなった晴人は、泣き叫びながら自分の持っていた小刀で、止めをさしたのだ」

「そ、そんな……」


自分の事のように胸が苦しくなり、喉元に熱いものが込み上げてくる。自分を犠牲にしたのに、再び後の世に力が受け継がれてしまった。母はこのことを知っていたから封印を施したのだろうか。


「同じことを繰り返すわけにはいかない。だが、鬼羅は、美弥が受け継いだ菖の霊力を手に入れて、闘鬼丸を復活させようとしている。おまえが鬼どもの手に渡るのだけは、避けねばならん。晴磨と夫婦になるのであれば、大人しくこの家に留まっておれ。あとはおれたちで片を付ける」


白虎に言われ、美弥は自分が役に立つどころか力を受け継いだせいで厄介者扱いされているように思われ、唇を噛みしめた。晴磨や式神、付喪神たちを守りたいと思った矢先に出鼻をくじかれ、何もしないことが皆のためになるのかと思うとやるせなくなってくる。


「ちょっと待って。みんなの言うことは一理あるけど、美弥ちゃんの気持ちも聞きましょうよ。ねえ、美弥ちゃんはどうしたいのかしら?」


朱雀が優しく問いかけてくる。美弥の脳裏に、本体に戻ってしまった付喪神たち、長安に直してもらった小箱、クラ、ミチ、晴磨の姿が蘇る。


「私は、守られてばかりは嫌です。私を守るために皆さんが傷ついてほしくありません。菖さんから受け継いだ霊力で皆さんを守って、鬼を退治したいです。それと、壊れてしまった付喪神のサクさんも、元に戻してあげたいんです。でも、霊力の使い方が分からなくて。晴磨様の力も私の霊力で増強できるようですが、今のやり方で合っているのか不安で……」


それまで式盤に目を落としていた晴彦が顔を上げ、苦笑を浮かべて美弥を見つめた。


「美弥はんの気持ちは分かったけどな、霊力を扱うことはえらい覚悟せなあかんことなんや。1000年前の悲劇が繰り返されるんやないかと、わしは心配で、心配で、たまらん。それでも、封印を解いて霊力を使いたいんか?」


全てを見透かすような晴彦の漆黒の瞳から目を逸らさず、美弥は頷いた。


「はい。晴磨様が私の霊力を使って復讐を果たしたいと仰ったのです。私が霊力を操る術を身に着けて、鬼を退治して、晴磨様も、皆さんも守りたいです」


こんなにきっぱりと自分の考えを口にしたのは初めてだった。自分でも力強い物言いに驚くほどだ。心臓が全力疾走した後のようにドクドクと早鐘を打っている。頬が熱い。体中が夏の蒸し暑い熱気に包まれているようで、不思議な高揚感がある。

 晴彦と四神は皆、驚いた顔で美弥を見つめた。美弥には分からなかったが、温かくぼんやりと光る霊気が美弥の全身を覆っていた。


「菖と同じ霊気だ」


白虎が呟くと、玄武、青龍、朱雀は頷く。晴彦は式盤に目を落とし、顎に手を当てた。


「ふむ。祝言の日取りはまだまだ先になりそうやな。霊力の使い方は、晴磨が教えられへんようやったらいつでも聞きにきなはれ」

「はい。ありがとうございます」


頭を下げると、朱雀が耳打ちをしてきた。


「あのね、力を与える方法だけど、菖は晴人に口づけをしていたわよ」

「く、口っ?! 触れるだけでも力を得られると晴磨様はおっしゃっていたのですが」


顔真っ赤にする美弥に、朱雀は妖艶に微笑む。


「口移しで霊力を与えるのが一番だって菖が言っていたの。美弥ちゃんも試してみたら?」

「い、いや、でも、そんな、私には……。何か他の方法は」


その時、障子が勢いよく開かれ、美弥はビクッと肩を震わせた。


「美弥!」


焦りに満ちた顔で晴磨が客間に飛び込んで来る。晴彦と四神に囲まれ、驚いた表情で晴磨を見上げる美弥の手を取り、さっと自分の後ろに隠した。


「あら、まあ」


朱雀が口許に手を当てて、ふふふと含み笑いを浮かべる。晴磨は晴彦を睨みつけ、まるで威嚇する猫のように肩を怒らせた。


「くそじじい、勝手に美弥を連れていきやがって。美弥のことは俺が責任を持つ。口を出すなと言っただろ!」


荒い口調にこれまでの晴磨の印象ががらりと変わり、晴磨の背中から顔を覗かせた美弥は、おろおろと晴彦と晴磨を交互に見た。四神は皆、見慣れた光景に呆れた表情を浮かべ、すうっと姿を消してしまった。


「孫の嫁に会うんは当然のことやないか。挨拶にこさせんおまえが悪いで」

「反対してるやつのとこに行かせるわけないだろ」

「は、晴磨様、落ち着いてください。当主様は認めて下さるそうですよ」

「は?」


訳が分からないという顔で美弥を振り返った晴磨に、晴彦がほっ、ほっ、ほっと笑い声を上げて笑みを向けた。


「ええ嫁はんやないか。祝言の日取りを決めるとこまで話が進んだんや。せやけど、まだ先になりそうやさかい、その前に晴磨、美弥はんに力の使い方教えなはれ」

「はあ?!」


唖然とする晴磨に、美弥は宜しくお願い致しますと頭を下げて教えを請うた。


「人に教えるんも修業の一貫やで。がんばりや」


手を振る晴彦に一瞥をくれると、晴磨は何も言わず美弥の手を取って客間を後にした。


 晴磨にぐいぐい引っ張られるようにして廊下を進み、おはるが札をはがして通れるようになった母屋と離れを繋ぐ渡り廊下を渡っていった。渡り終えると、晴磨は足を止め、懐から札を出して何やらぶつぶつ唱える。正面に札をかざすと、瞬時に壁ができ、渡り廊下が見えなくなった。晴磨は壁を背にして美弥と向かい合い、怒っているような、不安そうな複雑な表情を浮かべた。


「一体、何を話したらじじいの考えが変わったんだ?」

「えっと、当主様から封印を解かない方がいいと言われたのですが、封印を解いても大丈夫なよう霊力を操る術を身に着けて、私の霊力で晴磨様を、付喪神の皆さんを守りたいと言ったのです。そうしたら、霊力の使い方は晴磨様から教われと言われまして」

「俺を守る必要はないが。じじいに言われずとも、霊力を扱う術を教えようと考えていたところだ」


腕組をしてふんと鼻を鳴らす晴磨がどこか幼く見え、美弥は思わずふふと笑みをこぼした。


「晴磨様、お役に立てるよう頑張りますので、宜しくお願い致します」

「なーにーをー、頑張るですってえ?」

「ひゃっ!」


突然、美弥の背後に目を吊り上げたおなつが現われ、振り返った美弥は驚いてのけぞり、晴磨がその肩を支えてくれた。おなつは更に目を吊り上げ、晴磨の手を美弥の肩からどかして腰辺りにぎゅっと抱き着き、上目遣いに晴磨を見上げた。


「晴兄さま、2人でこそこそと何を話していたの?」

「こそこそなどしていない。離れろ」


腰に回していた手を晴磨にどかされ、おなつはケチと唇を尖らせた。その仕草が可愛らしく見え、晴磨とおなつが本当の兄妹のようで微笑ましい。


「おなつさんは、晴磨様のことが大好きなんですね」

「そうよ、大好きよ! 悪い?」

「いえ、悪いだなんて、そんな。私にはお兄様はいないので、羨ましいです」

「はあ? あんた勘違いしてない? 私は晴兄さまのこと、兄として好きなんじゃなくて……あっ」


口許を両手で押さえて顔を赤くするおなつの顔を晴磨が覗き込み、首を傾げた。


「ん? どうした?」

「コーーーン!」


叫びながら顔を覆って首を左右に振るおなつの頭には、狐の耳がピンと立っている。おなつの気持ちに気づいた美弥は、可愛らしいと思う反面、胸の奥がチクリと針で刺されたみたいで、よく分からない痛みに胸元を抑えた。


「おなつ、そんな声を出してはしたないですよ。耳もしまいなさい」


ふいに現われたおはるが、おなつの頭をぺしりと叩く。


「おっかさん! だって~」


おなつは、べそをかきそうな情けない顔をおはるに向け、言われた通り耳をしまった。


「晴磨様、美弥様、お食事のご用意ができました。おなつ、先に行って配膳をしているクラさんを手伝ってきなさいな」

「えー、晴兄様と一緒に行きたいわ」

「おなつ、いい加減にしなさいね」


静かな口調ながらも威圧感のあるおはるの言葉に、おなつは顔を青くしてポンと姿を消した。


「おはるにだけは、逆らうな。この家で怒らすと一番怖いのは、おはるだ」


こそっと耳打ちをしてきた晴磨に、美弥はこくこくと頷いた。


「さあ、参りましょうか」


優し気な笑みを向けられるが、美弥は固い笑顔を浮かべておはるの後についていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ