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第30話 当主と四神

「みや、みや」


まどろみの中聞こえて来たクラの声に、美弥は目を閉じたまま疲労感が拭えない重い体を起こした。


「クラさん? どうしました?」

「美弥様、お休みのところ申し訳ございません」


寝ぼけ眼で尋ねると、凛とした声で返された。目を開けると、寝台の横に人の姿で立っているクラの横に、微笑をたたえたおはるが並んでいる。眠気が一気に吹き飛び、美弥は布団の上で正座をして目を瞬かせた。


「お、おはるさん!?」

「当主様に母屋まで連れてくるよう言い渡されました。美弥様はお休みされていると申し上げたのですが、会って話がしたいと仰りまして。お仕えする身でそれ以上申し上げることができず……。お疲れのところ強縮ですが、お髪とお着物を整えさせて頂きますね」


おはるはにっこりと菩薩のような笑みを浮かべると、ひとりであっという間に着物を着替えさせ、乱れた髪も結い直し、化粧も直して、外出していた時以上に華やかな仕上がりになった。和室に置いてある手鏡を見て呆けていると、おはるから手鏡を取り上げられ、廊下に出るよう促された。おはるが障子を開けながら、当主に会うことは晴磨には内緒にしてほしいとクラに口止めをする。クラは頷き、手を振って美弥を見送った。

 クラが一緒ではないことが心細く、当主は恐い人なのか、優しい人なのか、どんな人なのか想像しながら、美弥は不安そうな顔でおはるの後に続いて廊下を歩いていった。

 以前邸を案内してもらった際、玄関から入ってすぐ右に曲がった先は、妖怪たちの部屋だと教えられた方へ、おはるは進んでいく。両側に障子の部屋が並び、進んだ先の正面には壁があり、美弥の頭ほどの高さに文字のような記号のようなくねくねした線で、何やら描かれた札が一枚貼ってある。その前でおはるは足を止めた。


「少々お待ちください」


おはるが札に手を添え、ぶつぶつと聞き取れないほど小さな声で呟く。すると、札が剥がれ落ち、さっきまであった壁が一瞬にしてなくなった。その先には、屋根を備えた渡り廊下がまっすぐ伸びている。

 目を見開いて驚いている美弥に、おはるは母屋に繋がる廊下を渡れないよう、以前晴磨が札で塞いだものだと説明し、スタスタと廊下を渡っていく。陰陽師の術の汎用性に目を丸くしていた美弥は、慌てて後を追いかけて行った。

 母屋に入り、薄暗く細い廊下を進んでいくと、突き当りにほんのりとした灯りが見えてきた。そこに一歩足を踏み入れると、離れの廊下の倍はありそうな広い廊下が伸びていて、両側には障子が開け放たれた広々とした畳の部屋が並んでいる。その部屋の中では、藍色の縦縞の着物に前掛けと三角巾をつけた使用人のような男女が、はたきや箒、雑巾を持って熱心に掃除をしていた。廊下の真ん中を歩くおはると美弥に気づくと、その場にいた全員が一斉に三角巾をはずして頭を下げてきた。

 おはるが、ご苦労様ですと片手を上げて声をかけると、頭を上げてそれぞれ笑顔を浮かべる。人型をとってはいるが、顔は全員狐で、美弥は口元に手を当てて息を呑んだ。


「当主様がお若い頃、妖狐一族の長である玉藻(たまも)の前様に気に入られて以降、一族は阿倍野家に仕えるよう命じられまして。それから私たちはこちらでお仕えしているのです。私は当主様から、晴磨様の乳母としてお仕えするよう命じられました。晴磨様の数年後に生まれ、私の娘となったおなつと共に、今は晴磨様にお仕えし、離れを取り仕切っている次第です」


それ以降もたびたびすれ違う使用人姿の妖狐たちに頭を下げられ、片手と会釈でそれに返しながら、おはるは説明してくれた。


 だからおなつさんは、“晴兄様”と呼んでいたのね。兄妹みたいに過ごしてきたのかしら。私を、兄を奪った婚約者みたいに勘違いしているのかもしれないわ。きちんとお話して誤解を解かなきゃ。仲良くなれたらいいいのだけど。


 絶対に認めないと目を吊り上げていたおなつを思い浮かべていると、先を歩いていたおはるが障子の前で立ち止まり、廊下に正座をして室内に向かって声をかけた。美弥も急いでその後ろに座り、姿勢を正す。


「当主様、美弥様をお連れしました」

「おお、ご苦労。入り」


おはるが、失礼致しますと障子に手をかけて開ける。客間の中央に置かれた長机の上座に、若竹色の着物に深緑色の羽織を羽織っている老齢の男性がいた。切れ長の涼し気な目元と形の良い口許に、年齢を感じさせる皺を刻み、にこにこと笑顔を浮かべている好々爺だ。どこか晴磨の面影もあり、若い頃は大層女性の目を惹いたのではと思われる。

 想像していた怖い当主像とはかけ離れており、じっと見つめていると、おはるに促され、美弥は室内に入って頭を下げた。


「ご挨拶が遅れましたこと、お詫び申し上げます。美弥と申します。至らぬ点ばかりでご迷惑をおかけしますが、以後、宜しくお願い致します」

「固い挨拶はいらん、いらん。ほれ、茶と茶菓子を用意してあるから、こっちに来なはれ」


上座の右隣をトントンと叩き、美弥は恐縮しながらも言われた場所に座った。おはるは綺麗な所作でお辞儀をすると、障子を閉めて行ってしまった。

 優し気な笑みを浮かべているが、気を抜いてはいけない気がして、美弥は緊張の面持ちで当主と向き合った。


「そう緊張せんでもええ。わしは晴磨の祖父で、阿部野家当主の晴彦や。突然の結婚話、驚いたやろ。孫の我儘に突き合わせてしもうて、かんにんな」

「そ、そんな、滅相もございません! 驚きはしましたが、ここに来て、母から譲り受けた嫁入り道具の付喪神さんたちにも会えましたし、私が巫女の生まれ変わりだということも初めて知ることができました。まだ晴磨様のお役に立てていなくて、怒らせてしまって、申し訳ない限りですが……」


確か自分との婚約は当主様から反対されていたはず。こんなのは孫の結婚相手としてふさわしくない、認められないと言われるかもしれないと、美弥は俯いて唇を噛みしめた。

 だが、ほっ、ほっ、ほっと穏やかな笑いが返ってきて、おそるおそる顔を上げた。


「あん子は、息子に似て色々と不器用でのう。もっと柔軟になれと日頃から言うんやけど、いかんせん、このじじは嫌われとるんや。何を言うても聞く耳持たんねん。結婚相手のこともな、復讐なぞ忘れて愛する妻と子を成して幸せになってもらいたい、そう思っとったんやけど、いつまで経っても頭の中は親の仇を取ることでいっぱいやったんや。いいとこに神部家から縁談話が舞い込んできよって、互いの家の霊力を栄えさせるためだとかいう建前やったけど、わしはそんなこと考えておらんかった。本人同士が良ければ縁談をまとめて、晴磨がどうしてもいやいうなら、なかったことにしよう思っとったんや。そしたら、勝手に次女やのうて長女を嫁にするいうもんやから、わしは反対したんや」

「え?」


晴彦は茶をすすり、すっと笑みをなくして美弥の胸元を指差した。


「封印されとるとはいえ、稀代の巫女の霊力を持つ者を手に入れよったら、復讐のために突っ走ってまう」


美弥は着物の上から勾玉を両手で押さえて目を伏せた。

 ペチンと小気味よい音がして当主を見ると、散切り頭を後ろに撫でつけているせいで、目立つ広いおでこに手を乗せて、口許をにやけさせている。


「だがのう~、あんな堅物に育ってしもうたが、わしにとってはいつまでも幼くかわいい孫なんや、これが。かわいくてしょうがないねん。せやから、心配で、あれこれ口だしてもうてん。そしたら怒らしてもうて、離れに閉じこもって顔合わせんようにしよってからに。そんなんちっこい抵抗もかわいいんやけど」


目を垂らしてほっ、ほっ、ほっとにやける顔は、孫を溺愛する祖父そのものだ。怖さどころか当主としての威厳は微塵もない。その姿に美弥が呆けていると、晴彦は舌をぺろりと出しておでこをペチペチと叩いた。


「ああ、すまん、すまん。孫かわいさについ話がそれてもうたわ。美弥はんとの結婚に反対したら、勝手にするから口出すなて怒ってしもうて。ほしたら、ほんまに勝手に連れてきよってからに。わしに美弥はんを会わせてすらくれんしな。せやからちょうどおはるが戻ってきたさかい、連れてきてもろうてん。直接顔を見れて良かったわ」


目尻の皺を深くして笑う当主に、美弥も微笑み返した。


「私もご挨拶ができて良かったです」

「ああ、せやせや。勾玉を少し見せてくれへんか?」


頷いて勾玉を首から外して渡すと、右手首に柊の葉のあざが現われる。晴彦は勾玉を受け取りながらすっとあざに目を向けて「一枚なんやな」と呟き、しげしげと勾玉を見始めた。

 何のことか分からず首を傾げると、机を挟んだ向かい側と、美弥の両隣から声が聞こえてきた。


「懐かしい霊力だな」

「確かに生まれ変わりみたいね」

「だが、封印のせいか。巫女に比べると霊力が半分ほどしかないぞ」

「あざも柊の葉一枚。巫女のは、葉が開いているように、2枚のあざが手首にあった」


声のした所にうっすらと人の姿が見え、目を瞠る美弥に4人の視線が注がれた。

 机を挟んで向かいに座っている男と少年が、目を丸くしている美弥の顔をじっと見て感嘆の声を上げた。


「目が合っておる」

「我らが視えているのか」


すると、うっすらとしか見えなかった姿がはっきり見えるようになった。

 男の方は、長い銀髪を無造作に結び、青海波模様の着流しに荒波が描かれたはっぴを羽織っており、体格が良い。少年は、短い黒髪に10歳ほどの幼い顔つきには似合わない、黒に近い藍色の羽織と着物に身を包んでいる。


「へえ。巫女の半分しか霊力がないとはいえ、やっぱりすごいな」


左隣から聞こえて来た青年の声に顔を向けると、晴れた空のような髪を腰まで垂らしている整った顔立ちの青年が、目を細めて笑顔を浮かべている。袖のない瑠璃色の着物に白い袴を着ていて、顔も体格も雰囲気もどこかミチに似ている。


「あら、よく見ると(あやめ)の面影があるわね」


美弥の目の前に、右隣りにいる女性がにゅっと顔を出してきた。色白の顔に薄くおしろいを塗り、目元にはすっと紅をひき、唇には艶やかな真っ赤な紅をさしており、美しく妖艶な印象を受ける。赤を基調にして色彩豊かな花模様が描かれた華やかな着物が、一層美しさを際立たせている。


「あ、あの、み、皆さんは、ど、どういう……?!」


突然現れた4人に興味津々に見つめられ、美弥はあたふたと尋ねた。4人の代わりに、晴彦が勾玉を手渡しながら答えてくれた。


「おおきに。こやつらは、わしの式神や。しかし、さすがやな。姿消しとったのに四神(しじん)が視えたんか」

「しじん、ですか?」


初めて聞く言葉に戸惑っていると、当主は笑みを浮かべて四神について説明してくれた。


「古来より東西南北を守護する、青龍、白虎、朱雀、玄武、これら4つの神獣のことや。阿倍野家の祖先で、1000年前の巫女、(あやめ)はんと共に闘鬼丸を退治した晴人(はるひと)はんの式神やったんや。それ以降も代を継いで当主の式神として契約しとる」


当主が4人に目配せをすると、向かいに座っている男が「白虎」、少年が「玄武」だと名乗り、左隣の青年は「青龍」、右隣の女性は「朱雀」とそれぞれ名を教えてくれた。

 一見人のように見えるが、1000年以上も生きている神獣だと聞くと、神々しく感じられ、目を合わせているのが恐れ多く、美弥は目を伏せて俯いた。

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