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第24話 幽霊女の正体

 土蔵で聞き耳を立てていたのか、幽霊女が姿を消してからすぐ、佐吉がおそるおそる寝間を覗きに来た。滅茶苦茶に荒らされた室内に衝撃を受けて唖然と立ち尽くす。だが、美弥が抱えている茶碗に気づくと、所々擦り切れてしまっている畳の上を気にしながら、困ったような表情で近づいて来た。


「どうしてうちの商品を、こんな危険な場所に持ってきたのですか? 売りに来たやつは外道だったが、骨董屋に見てもらったら100年物の値打ちがあるっていう貴重な茶碗なんですよ」

「てめえ、幽霊女のことよりも商品の方が大事だってか? ああん?」


首に指のあざがくっきり残っているボタンが、佐吉の襟首を鷲掴みにし、今にも角が生えてきそうな般若の形相で睨みつけた。


「い、いや、そういうわけでは。幽霊は、退治できたんだろう?」


佑吉が苦しそうに顔を歪める。襖の下敷きになっていたクラを、隅に吹き飛んでいた布団の上に寝かせていたチョウとコハクが、目を吊り上げてボタンの両隣に並び、冷ややかな声を出した。


「あたいらがどんだけ大変な思いしたか。このありさま見たら分かんないもんかね?!」

「幽霊なんてもんじゃなかったんだから! あれは鬼だよ、鬼! 若の式神のクラも投げ飛ばされたんだよ! だからお嬢は、勾玉を外してあたしたちを守ってくれて……」

「あ、あの、皆さん、落ち着いてください」


声を震わせるコハクがこれ以上余計なことを言わないよう、美弥は慌てて付喪神たちに声をかけ、ボタンに佐吉を離すよう頼んだ。こめかみに青筋を立てて鼻を鳴らしたボタンは、格子のはずれた窓枠に腰を下ろし、夜明けを告げる東雲の空を見上げた。


 幽霊女の探し物はこの茶碗で、茶碗を見つけると鬼のような恐ろしい姿から普通の人の姿に変わった、おそらくこの茶碗を持ち主である当人に返せばもうここに現われることはないだろうと美弥から説明を受けた佐吉は、肩をすくめて茶碗に目を落とした。


「返すったって、どうやってですかい。相手は幽霊なんですよ。人を絞め殺そうとするほどほしいなら、持っていけばよかったのに」


佑吉には見えていないであろう、涙に濡れた茶碗の黒い瞳が、美弥を見上げてきた。


「のう、我を主の元に返してくれまいか」


すぐに返事ができず困惑していると、付喪神たちが美弥を取り囲み、茶碗を見下ろして低い声を出した。


「おまえな、これ以上お嬢を煩わせるんじゃねえよ」

「言いたかないけど、幽霊になって出てきたってことは、あんたの主はもうこの世にいないんだよ」

「いない人の所に戻せなんて、無茶だよ」


茶碗はみるみる内に目に涙をため、口を震わせる。


「皆さん、そんなはっきり言わなくても」


美弥が茶碗の目尻を袖口で拭ってあげると、茶碗は袖に顔を埋めておいおい泣き出してしまう。

 くいっと空いている方の袖を引っ張られ、そちらに目を向けると、いつの間に起き上ったのか、頬に小さな擦り傷を負ったクラが美弥を見つめていた。


「クラさん! 起きて大丈夫ですか?」

「うん。へいき。あのね、ゆうれい、いきてる」

「えっと、それはどういう意味ですか?」


舌足らずでもクラの言葉はそれとなく意味を察することができたのに、今回ばかりは意味が分からず美弥は首を傾げた。付喪神たちも理解できていないようで、首を捻っている。


「あのゆうれいは、いきりょう。クラ、しんだにんげんの、ゆうれいとのちがい、わかる」


生きている人間が鬼のような幽霊になって、クラでさえも敵わない力で襲ってくるものなのか。怪異に関しては初心者の美弥には簡単に理解できることではなかった。

 だが、ボタン、チョウ、コハクは合点がいったようで、泣き続ける茶碗に吉報だと声をかけている。主に再び会える可能性が出てきた茶碗は、泣き顔から一変、満面の笑みを浮かべて付喪神の先輩たちに頭を下げた。


「美弥様、さっきから何を話しているのですか?」


独り蚊帳の外にされていた佐吉から、気味悪さと好奇心の入り混じった顔でおずおずと尋ねられた。クラと付喪神たちについていけていない美弥は、明後日の方向を見て誤魔化すようにあははと苦笑を浮かべた。

 よく分かっていないながらも、幽霊女が生霊で、生きた人間であることを佐吉に伝えた。自分には理解し難いことだが、さすが神部家の令嬢で阿部野家の若様の婚約者は違うと褒めそやした。そして、元凶の茶碗を主に返せる可能性が見えて来たことに、佐吉は胸を撫で下ろした。


 朝日が町全体を照らし始めると、茶碗の主を探すために、まずは茶碗を売りに来た男のことを質屋仲間に聞いて回ると言って、佐吉は店を出て行った。

 その間、土蔵に畳んであった布団を敷き直した付喪神たちとクラに、美弥は無理やり寝かしつけをされた。勝手に佐吉の布団を借りて眠るのは失礼だという美弥の言葉は誰にも届かない。一晩寝ていない上に、霊力も使ったのだから休むべきだと起き上がろうとする体を、布団ごと抑えつけられてしまった。お嬢が幼子の頃を思い出すと懐かしむ付喪神たちに子守歌を唄われ、気恥ずかしくなって頬が熱くなる。だが、心地よい歌声と拍子に合わせて、トントンと叩く優しい手つきに眠気が勝り、いつの間にか目を閉じていた。


 美弥が目を覚ました時には既に太陽が天辺に昇り、戻って来ていた佐吉に昼餉の握り飯と汁物を勧められ、茶碗を売りにきた男と妻子についての情報が得られたことを聞いた。

 男の名は与兵衛。以前に聞いていた話の通り、酒飲みの遊び人であちこちで借金をこさえている。病を患いながらも細々と内職をしていた妻のおたかは、ここ最近内職をすることもままならず、医者に診せることも、薬を手に入れることも困難な状況だという。6つになるひとり息子の与助は物乞いをしたり、畑の物を盗んだり、すりをしたりしている悪ガキだと近所では有名だ。だが、周りの者たちは与助の状況を知っているため、巡査に突きつけるまではしていないらしい。

 数日前に与助が質の良い羽織を売りにきたが、どうせどこかで盗んだ物だろと疑って追い返したと言う質屋仲間の話しを聞き、自分のところにも薄汚れた着物姿の子どもが羽織を持ってきたことを思い出した。きっとそれが与助だったに違いない、追い返して正解だったと佐吉は頷いた。

 美弥の脳裏に、晴磨と初めて出会った日のことが思い出され、勾玉と巾着袋を盗って行った男の子の顔が浮かんできた。こんな偶然があるものなのか、それとも全くの別人なのか、どちらにしろ不憫な子どもに同情を禁じ得ない。


 問題は、与兵衛がどうやって誰から茶碗を手に入れたのか。幽霊女の物であるなら、与兵衛がその女から盗んだのかもしれない。茶碗を売りに回っていた与兵衛は、どの質屋でも自分の家宝だと言い張っていたという。与兵衛を探そうと、与兵衛一家が住む長屋近くまで行って近所の人に聞いたところ、長屋にはしばらく戻ってきていない、きっと他の女の所だろうと言われた。借金の取り立てなら、病に臥せっているおたかではなく、与兵衛を探せと喧嘩腰で言われたものだから、与兵衛が売りに来た茶碗の主を探していると打ち明けた。すると、おたかの物かもしれない、大事に神棚に飾ってあるのを見たことがあると有力な情報を得られた。

 とりあえずおたかに茶碗を見せに行くという佐吉は、茶碗を桐箱にしまい、風呂敷に包んだ。主に会えると浮足立つ茶碗が、嬉しさのあまり踊っているのか、中でガタゴトと動くものだから、佐吉は気味悪そうに顔を歪めた。 

 幽霊女と対峙する恐怖はありながらも、あとは自分ひとりで大丈夫だと強がる佐吉に、乗りかかった舟だからと美弥が同行を願い出ると、分かりやすく胸を撫で下ろし、お礼はきっちりいたしますと頭を下げてきた。

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