第22話 付喪神たちの名付け親
付喪神になったばかりの茶碗を寝間に連れていくと、茶碗は3人の付喪神の先輩を大きな瞳を輝かせて仰ぎ見て、歓喜の声を上げた。気を良くした付喪神たちはそれぞれ本体を茶碗に見せて名を名乗り、主である美弥のことを自慢げに語った。
「生まれてすぐに付喪神の先輩方にお目にかかれるとは! 大変嬉しく思います! なんと、代々受け継がれる嫁入り道具様方でいらっしゃいますか。こちらのお嬢さんがお三方の主ですとな。ほう、稀代の巫女の生まれ変わりで、この国を悪鬼から守っている阿倍野家の若様の奥方でいらっしゃると。ご立派なお方が主で羨ましい限りですなあ」
美弥を誉められた付喪神たちは満足気に目を細めて、茶碗に優しい眼差しを向けた。
「ねえ、茶碗さんは名前ないの?」
「名はありませぬ。皆様は主につけて頂いたのですか?」
コハクに問われた茶碗は、寂しそうに顔の前で小さな手を左右に振り、首を傾げた
「そういえば、皆さんのお名前はどなたがつけたのですか?」
美弥が尋ねると、付喪神たちは美弥に目を向けながらも、昔を懐かしむようなどこか遠い目をして微笑んだ。
「おいらたちの名付け親は、美鈴様だよ」
「あたしたちね、お嬢が生まれた日に付喪神になったの。だから、お嬢の名前がつけられた時、あたしたちの名前も一緒に美鈴様がつけてくれたんだよ」
「あたいらよりもずっと先に付喪神になっていたサク兄と一緒に、皆で小さかったお嬢のお世話をしてたのさ。あの時のお嬢は本当に愛らしくて、お転婆なところもあって目が離せなかったけど、毎日が楽しかったねえ」
自分の記憶にない過去を懐古する3人の話を聞いて、目には見えなくてもずっと傍にいてくれたことが嬉しい一方で、付喪神たちの存在に気づいていなかったことが申し訳なくなる。
名無しの茶碗は深い溜め息をついて、付喪神としてうっすら意識が芽生えてきた数カ月前までは、神棚に置かれて主が毎日大事に磨いてくれていたのにと、離ればなれになってしまったことを嘆いた。
「茶碗さんの主は、どんな方だったのですか?」
「うむ。今みたいに目が開いていなかったから、はっきりと見えたわけではないが、髪の長い女子で、他の人と比べると随分痩せていたように思う。よく咳き込んでいて、起きているよりも寝ている方が多かったような」
茶碗を囲んでいた皆の視線が一斉に交わされ、誰もが同じことを考えていることが、口を開かないでも分かった。
「こんな偶然あるもんなのか?」
「まだ決まったわけじゃないけど、その確率は高いね」
「あれ、幽霊女の探し物がこの茶碗だとしたら、主はもう」
コハクは言いかけた言葉を吞み込んで口を塞ぐ。怪訝な顔でコハクを見る茶碗に、美弥が慌てて話しかけた。
「ちゃ、茶碗さん。主の方のことで他に覚えていることはありませんか?」
「他に、とな?」
考え込む茶碗に、独り身だったのか、それとも一緒に住んでいた者がいたのか美弥が尋ねると、茶碗は左手の平に拳を作った右手をポンと乗せてはっと目を見開いた。
「ああ、そうだ。主には旦那と子どもがいた。我を主と引き離したのはあのろくでもない旦那だった。いつも酒の臭いをさせて、ろくに仕事もしないで、主が寝込みながらもせっせと縫物をして稼いだ金を奪っては、出歩いておった。主が我を磨きながら涙を流して旦那のことを話しておったな。我は付喪神になったら旦那を見つけてこらしめてやろうと思っておったのだ。思わぬ先輩方との出会いにすっかり忘れておったわ」
思い出させてくれたこと感謝すると重そうな頭を下げると、よろめきながら立ち上がり、障子を開こうとする。美弥が慌てて茶碗を持ち上げ、膝の上に置いた。
「何をする! 我は行かねばならぬのだ!」
「待ってください。この部屋は護符だらけなんです。触ってしまえば、せっかく付喪神になれたのに、浄化されてしまうかもしれません」
「なにっ!? 気づかなんだ」
部屋中を見回した茶碗は、怖気づいた様子で大人しく美弥の膝の上におさまった。
「どっか抜けてる茶碗だな。こんだけ護符貼られてるんだから、普通気付くだろ」
ボタンに鼻で笑われ、茶碗はしゅんと俯いてしまう。
「ちょいとボタン、あんまり言うもんじゃないよ。主と引き離された上に、主がどうなってるか分からないんだからさ、もう少し優しくして」
「チョウ!」
嗜めるようにコハクに名前を呼ばれ、チョウはしまったと口をつぐんだ。聞き逃さなかった茶碗は、美弥の膝の上から降りて、チョウの目の前まで短い手足を精一杯動かして走っていき、不安そうに揺れる瞳で見上げた。
「今のはどういう意味です? 我の主をご存知か?」
「いや、知ってる仲ってわけじゃないけど、あたいらがここでこんなことしてる原因があんたの主かもしれないってだけで」
助けを求めるように見てくるチョウに苦笑して、美弥は茶碗に幽霊騒動について話し、幽霊女が大切な物を探していることを伝えた。
「その幽霊が、我の主だと?」
「今晩も現れると思うので、茶碗さんに確認して頂きたいんです」
「しかし、我の主は幽霊ではない」
きっぱりと断言する茶碗は、美弥が件の幽霊を主だと疑う理由が分からないという様子だ。確信があるわけではないので、美弥は言葉に詰まり目を泳がせた。
「でもよ、お嬢。この茶碗が幽霊女の探し物じゃなかったらどうするつもりだ? 佐吉の首を絞めたんだぜ。呑気に会話できるとも思えねえよ」
頬杖をついて眉をしかめるボタンの目の奥に、心配の2文字が見えそうだ。チョウとコハクも似たような表情で美弥を見つめてきた。
「クラ、つよい。みやのこと、まもる」
胸元の勾玉を着物の上から押さえる美弥の手をクラが掴んで、朱色の大きな瞳を向けてきた。
「クラさん、ありがとうございます。頼りにしています」
クラにだけ良い格好はさせられないとばかりに、付喪神たちは自分たちも頼りになると主張してくる。微笑みながらも、美弥はもしもの時のことを考えて右手首を握りしめた。
もし、幽霊さんと会話ができなくて襲われそうになった時には、皆さんが私を守ろうとして怪我をする前に、勾玉をはずして霊力で退治しないと。でも、この前の悪鬼の時は晴磨様がいらっしゃったから助かったけど、力の使い方も、どう退治すればいいかも分からないわ。私にできるのか不安だけど、私も皆さんを守りたい。
美弥の心の中に芽生えてきた強い意志に応えるかのように、右手首がじんわりと熱を帯びてきているような気がした。




