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第15話 妖怪だらけの賑やかな朝食

 チュン、チュン。

 寝台の上で眠っているクラの顔に朝日が差し込む。庭から聞こえる小鳥のさえずりが目を覚ましてくれる。クラはムササビに似た体をむくっと起こして小さな手で顔をこすり、広々とした寝台を見回した。


「みや?」


美弥の姿がないことに気づき、体をぐっと丸めて縮こまると、次の瞬間人の姿になった。布団の上に丁寧に畳まれている自身の着物に袖を通しながら、美弥の使っていた枕の上に置いてある櫛と簪に向かって声をかけた。


「チョウ、コハク。みや、いない」


櫛と簪がぶるぶるっと震えた途端、寝台の上に寝ぼけ眼のチョウとコハクが姿を表した。


「ふわぁ。クラ、お嬢がなんだって?」

「うぅ~ん、あれ、お嬢は?」

「いない」

「いない?!」

「お嬢、どこ行ったの?」


チョウとコハクは辺りを見回して目を見開き、ドタバタと部屋を飛び出して行った。



「よし、できたわ。竈さん、お鍋さん、包丁さん、みんなありがとう」


台所で朝食の準備をしていた美弥は、満足気な笑みを浮かべて、竈と調理道具に声をかけた。


「なかなか良い使われ心地じゃった」

「あら? 何か声がしたような?」


台所を見渡すが、美弥以外は誰もいない。首を傾げていると、また先ほどと同じ老人のような声が聞こえてきた。


「ここじゃ、ここ。竈じゃ」

「竈?」


ご飯を炊くために使っていた竈の前にしゃがんでじっと見つめていると、竈の表面にふさふさの白い眉毛に細く垂れた目と、白い口ひげが浮かんできて、美弥は息を呑んで目を丸くした。


「っ! か、竈に、おじいさんの顔が?!」

「そう驚くことではないじゃろ。ここでは付喪神が当然のように人と暮らしておるではないか」

「付喪神、なんですか?」

「人の姿にはなれんし、動くこともできぬが、話すことができる程度のひ弱な付喪神じゃ」


口ひげをもごもご動かして話す竈の付喪神に、美弥は興味が湧いてきて観察するようにじっと見つめた。


 すごいわ。ボタンさんたち以外にも付喪神はいるのね。晴磨様から頂いたお札のおかげでお話もできちゃうなんて。お母様が物を大切に、声をかけてあげなさいって言ってたのは、お母様も付喪神が見えてお話ができたからなのかもしれないわ。


「何を不思議そうに見ているのじゃ。阿倍野の者なら付喪神ぐらい見慣れておるじゃろ」

「私、昨日から阿倍野家にお世話になっているんです。一応、晴磨様の婚約者です。まあ、“仮”なんですけど……」

「よく分からんが、若様の嫁御ということか。わしは、かまじいと呼ばれておる。おぬしは?」

「美弥と申します。これから宜しくお願い致します」


美弥がかまじいに頭を下げると、かまじいは更に目を細めて口ひげを持ち上げて笑顔を浮かべた。


「美弥というのか。うむ、気に入った。おはるがいなくてぽんこつ妖怪どもが台所を荒らすもんじゃから、昨日は怒りを爆発させてしもうてのう。おまえさんが使ってくれるなら安心じゃ。他の道具は付喪神にはなっておらんが、美弥に使ってもらって嬉しそうにしておる。おまえさんに使われると、不思議と力が湧いてくるのじゃ。良い霊気をまとっておるのう」

「良い霊気、ですか?」


美弥は首にかけている勾玉を着物の上から抑えた。


 お母様の霊力を感じ取っているのかもしれないわ。私には全然分からないけど…‥。霊力とか、妖怪とか悪鬼とか、まだよく分からないことだらけ。1000年前の巫女の霊力を受け継いでいるっていう自覚もない。こんなので本当に晴磨様のお役に立てるのかしら? 


だんだん表情が曇っていく美弥に、かまじいが心配そうに声をかけた。


「美弥、どうしたのじゃ。長話しすぎたかのう。ほれ、はよう皆に朝食を持ってってあげるのじゃ。せっかく作ったのに冷めてしまうぞ」

「あ、そうでした。かまじいさん、ありがとうございました」


美弥は立ち上がり、炊き立ての白米と、鮭の塩焼き、卵焼きに、根菜の味噌汁を並べたお盆を持って台所を後にした。

 廊下に出ると突然現れた腕がひょいとお盆を持ち上げ、美弥は驚いて腕の主を見上げた。


「きゃっ!」

「うまそうやな~。これならぼくも食べてみたいわ」

「ミ、ミチさん!」

「おはようさん。うまそうな匂いにつられて来てもうてん。みんな喜ぶで」


お盆を持ったままスタスタと廊下を歩き出すミチの後を、美弥は急いで追いかけていった。


「ミチさん、私が持ちます」

「ええよ、これぐらい」

「でも……」

「ほな、そこの襖開けてくれへん?」

「はい」


美弥が急いで襖を開けると、不機嫌そうな低い声が聞こえてきた。


「ミチ、茶はまだか」


前髪がぐしゃぐしゃに乱れ、青白い顔でしかめ面をしている晴麿と目が合った美弥は、ビクッと肩を震わせて頭を下げた。


「今すぐお持ちします!」


晴麿は目をしばたたかせ、慌てて立ち上がって美弥に腕を伸ばした。


「美弥?! なぜここに? 俺はミチに」

「美弥ちゃん、ぼくがお茶持ってくるから、あとよろしくな。主はその顔と頭、どうにかしいや」


くすくす笑いながらお盆を机の上に置くと、ミチは居間を出ていった。

 晴麿は気まずそうに髪を撫で付けながら、食器を並べていく美弥に目を向けた。


「悪いな、こんな見苦しいところを。それに、朝食もこんなにたくさん」

「いえ、勝手に台所をお借りしてしまってすみません。お口に合うといいのですが」

「昨日も言ったとおり離れなら自由に使ってもらっても構わないが、炊事はやらなくてもいい」

「いつも怒られてばかりでしたが、私にできることは家事と炊事しかないので、やらせてください」

「なら、あと数日でおはるとおなつが戻ってくるから、それまでは頼む。できる範囲で構わない」

「はい! 晴麿様、よろしければ召し上がってください」


食器を並べ終わり、一礼をする美弥から目をそらし、晴麿は頬をかきながら美弥の名前を呼んだ。


「美弥」

「はい?」

「昨日の風呂は、その、悪かった」


頭を下げる晴麿に、美弥は顔を赤くしてさっと頭を下げて畳に額をこすりつけた。


「わ、私の方こそ、申し訳ございませんでした!」

「いや、昨日は疲れもあって早めに入ろうとしたのが間違いだった。確認しなかった俺が悪かったんだ」

「いえ、そんな」


2人が頭を下げ合っていると、襖が勢いよく開き、血相を変えたコハクとチョウが飛び込んできた。その後ろから、クラがひょいと顔を覗かせた。


「お嬢!」

「よかったあ、ここにいたんだね」


その後ろから、朝食のにおいにつられてきたボタンとポン兄弟が、鼻をひくつかせながら居間に入ってきた。


「おお、うまそうなにおいだぜ」

「これは鮭の塩焼きのにおいじゃ」

「白米と味噌汁のいいにおいもするのだ」


最後にお茶を運んできたミチが入ってきて、晴麿の前に湯飲みを置いた。


「美弥ちゃんが全員分作ってくれはったし、みんなで食べよか」


付喪神たちとポン兄弟、クラは目を輝かせ、さっさと食卓につくと手を合わせた。


「いただきまーす!」


声を揃えて言うと、パクパク食べ始め、付喪神たちは目に涙をためてご飯を噛み締めた。


「くーっ、お嬢の作ってくれためしは最高だぜ」

「あの小さかったお嬢に作ってもらう日が来るなんてねえ」

「お嬢、おいしいよ~」


ポン兄弟は頷きながらもぐもぐ、むしゃむしゃ食べ続けている。


「うむ、確かにうまいのじゃ」

「美弥、料理上手なのだ」

「お口に合って良かったです」


微笑む美弥に、クラが鮭を頬張りながら箸を差し出した。


「おいしい。みやも、たべて」

「はい。ありがとうございます」


手を合わせて食べ始める美弥を見つめている晴麿に、ミチが耳打ちをした。


「美弥ちゃんが来て、邸が華やかになったわ」


晴麿は無言で卵焼きをつまみ、口に入れた。一瞬ぴたっと動きを止め、目を見開く。


「うまいやろ」

「何でおまえが得意げなんだ。うまいけど」

「もっとうまそうな顔せな。仏頂面してたら美弥ちゃんが他に好きな人つくって、『あなたとは一緒にいられない』って逃げてくかもしれへんで」

「何を馬鹿な」

「いやいや、美弥ちゃんかわいいからあり得るて。まあ、その前にぼくがもらうけど」

「またその冗談か」


ミチは笑顔を消すと、目を細めて美弥に熱い視線を送った。


「冗談やない。気立ての良さもあるけど、何よりあの霊力、魅力的やわ。1000年前の巫女も悪鬼や妖怪から霊力を狙われとったらしいやん。近づこうもんなら即浄化されてたと思うけど。せやけど、美弥ちゃんは浄化する術を知らんから、悪鬼に心の隙つかれて邪心にとりつかれたら操られてしもうて、1000年前の悲劇を繰り返すことになるかもしれへん。悪鬼を消滅させる前に逃げられたら、何が起きるか分からへんで。そうなる前にぼくがもろた方がええやろ」


晴磨はじとっと冷めた目をミチに向け、何故逃げられる前提で話すのかと眉をしかめた。


「美弥の霊力は誰にも渡さない。復讐が終われば、俺の命に代えてでも霊力は封印する。霊力が何もない普通の人間に戻す」


晴麿は、付喪神たちと笑顔で話す美弥の横顔を見つめた。その視線に気付いた美弥に笑顔を向けられると、気まずそうにさっと目をそらし、味噌汁に口をつけた。


「そないなこと美弥ちゃんは望んでへんと思うけど」

「おまえに何が分かる。復讐が終ればおまえとの契約も終わりだ。好きに生きろ。霊力がない美弥には興味ないだろ」

「そんなことあらへんよ。ぼく、人間の女の子好きやし。人に化ければ人間にもぼくの姿見えるしな。美弥ちゃんを惚れさせるのも楽しそうやけど。……主、ぼくとの契約条件覚えとるよな?」


晴磨が呆れ顔で横に座るミチを見ると、ニヤリと不敵に笑い、耳打ちをしてきた。


「復讐を果たした後、主の大事なものをもらう」

「それがどうした」


ミチは、卵焼きの取り合いをしているボタンとポンキチの間に割って入ってなだめている美弥に目を向けた後、晴磨を見て目を三日月形に細めて微笑んだ。


「まあ、気長に待つわ。主といたら退屈せえへんなあ」


晴磨が舌打ちをした時、晴磨とミチの間にクラが割って入ってきて、ミチを睨みつけた。


「クラ、みやのこと、まもる」


晴磨がクラの頭に手を置き、ポンポンと軽く叩いた。


「ミチからも美弥を守ってくれ」

「なんやねん、それ。小妖怪がぼく相手に敵うわけないやろ」


ミチがクラの額を人差し指でちょんと小突くと、クラは目を吊り上げてミチの指に嚙みついた。


「いたっ! 何すんねん! 冗談やないか。かわいい顔してえげつないわあ」


噛まれた指をさすって涙目になるミチに、クラは腕組をしてふんぞり返り、ふんと鼻を鳴らした。


「よくやった。この調子で頼む」


晴磨に頭を撫でられたクラはこくこくと頷き、向かいの席に戻っていった。

卵焼きの奪い合いをしていたボタンとポンキチが、チョウとポンタにそれぞれ殴られて倒れ込み、心配そうにおろおろしている美弥の膝の上にクラがちょんと座った。クラが美弥の両腕をぎゅっと掴むと、美弥は嬉しそうにクラに微笑んだ。ミチがご飯を口に運びながら悔しそうな顔をすると、クラがふっと口角を上げて勝ち誇ったような表情をした。


「あいつ、笑うたで」

「初めて見た」


ミチと晴磨は唖然として、美弥の腕にしがみつくクラを見つめた。


「おまえがつけいる隙はなさそうだな」

「人間嫌いのクラを手懐けるとは、とんでもない妖怪たらしや。美弥ちゃん、恐ろしい子やで。あー、せやけど、おなつちゃんはどうやろ。敵対視しそうやなあ」

「会ってもいないのに分からないだろ」

「分かるわ。ほんま、主は色恋沙汰に関心なさすぎるて。そんな顔してもったいない」

「ごちゃごちゃうるさい。早く食え」

「はいはい。言われんでも食べるて」


ミチは呆れ顔で、眉間に皺を寄せた晴麿を見た。ちらりと妖怪に囲まれて笑顔を浮かべている美弥に目を向けると、真っ赤な舌で唇をぺろりとなめた。

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