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第14話 小箱の付喪神

 食事がすむと、付喪神たちは美弥を部屋に連れて行ったが、美弥と一緒に部屋に入ろうとするボタンを、チョウとコハクが廊下に押しのけ、2人してボタンに指を突きつけた。


「ボタン、あんたは入っちゃダメだよ」

「そうだよ。お嬢の寝る仕度するんだからね。それに、一緒に寝るのはあたしたちだけ。ボタンは部屋に戻ってね」

「おい、お前らだけずるいぞ!」

「何言ってんのさ。あんたは男なんだから当然じゃないか。じゃあ、おやすみ」

「ボタン、おやすみ~」


チョウとコハクは勝ち誇ったような笑みで障子をピシャリと閉じた。


「くそっ、何でおいらは男の成りに生まれちまったんだ。おいらも女が良かった! お嬢、また明日な。おやすみ!」


ボタンは心底悔しそうに歯を食いしばって地団駄を踏み、障子の向こうにいる美弥に声をかけた。


「おやすみなさい……って、もういないわ」


障子をそっと開けて顔を出すが、廊下にボタンの姿は見当たらない。


「お嬢、ボタンのことはいいから、寝間着に着かえよう」

「ほら、上質な絹の白小袖だよ」


チョウが桐箪笥から真っ白な小袖を取り出して美弥に見せてきた。


「そんな上質な物、私には…‥。今着ている浴衣も十分すぎるほどで。この浴衣だけでももったいないです」

「何言ってんだい。ここにある着物も洋服も全部お嬢の物なんだよ。着ない方がもったいないよ」


チョウに腕を引っ張られ、桐箪笥の前に立たされる。その隣にコハクが来て、両手で桐箪笥と縦長の洋箪笥を指差した。


「若がお嬢のために色々揃えたんだから、若のためにも全部着ないとだよ。それに、かわいい着物とか、素敵な洋服着て着飾ったら、きっと若はお嬢のこと好きになるよ」

「すっ、好き?!」

「復讐を果たしたら婚約関係は解消するとか、何言ってるんだろうねえ。まあ、お嬢が若のこと気に入らないのに無理して夫婦になる必要はないと思うけどさ。お嬢の霊力を利用したくて婚約者にしたくせに、仮の婚約で、お嬢を愛することも、幸せにするつもりもないとか言っちゃって、本当ひどいお人だよ」


チョウは口を尖らせて晴磨への文句をぶつぶつ言いながら、テキパキ手を動かしていつの間にか美弥の浴衣を脱がせて寝間着を着せていた。

 コハクが美弥の浴衣を丁寧に畳みながらうっとりと夢見る表情を浮かべた。


「こういうのって、契約結婚って言うのかな。利害関係で結婚したけど、仮の夫婦からお互い好きになって、本当の夫婦になれたらすっごくステキじゃない? ねえ、お嬢もそう思うよね?」


コハクにキラキラと輝く瞳で見られ、美弥は戸惑いながらも愛を囁く晴磨を想像してみた。

 切れながらの澄んだ瞳で見つめてくる晴磨が美弥の顎を持ち上げ、真剣な表情で形の良い唇を耳元に近づけて「愛してる、美弥」と囁いてくる。

 美弥は耳まで真っ赤にして熱くなった耳をさっと抑えた。


「あれあれ~? まんざらでもない感じ? 若、見た目はかっこいいもんね。お嬢も美人さんだし、若とお嬢ってお似合いだと思うの。あたし、2人が愛し合って本当に夫婦になってくれたら嬉しいな」

「いや、えっと、それは……」

「ちょっとコハク、お嬢を困らせるんじゃないよ。あたいらがとやかく言えることじゃないさ。けどね、お嬢。あたいらはお嬢の幸せを願ってる。これまで苦労してきたお嬢を守ってあげられなかったけど、これからはお嬢が幸せになれるようあたいらが守るからね」


寝間着を着せ終わったチョウが、美弥の両手を包み込んで慈愛に満ちた目を向けてきた。


「あたしもお嬢がいつも笑顔で、幸せでいてほしいって思ってるよ。きっとボタンもそうだよ。これからはいつもあたしたちが一緒だからね。もうひとりにしはしないよ!」


横からコハクがチョウの上に自分の両手を重ね合わせて、大きな茶色の瞳を潤ませた。

 美弥は喉元がじーんと熱くなり、目の前のチョウとコハクが揺らめいた。瞬きをすると頬を一筋涙が伝っていくのを感じた。


「ありがとう、ございます」

「「お嬢~!」」

「きゃっ! あっ!!」


チョウとコハクに抱き着かれ、体勢を崩した美弥は畳の上に尻もちをついた。その拍子に長机に肘が当たり、机の上に置いてある風呂敷がずれて畳の上に落ちそうになる。慌てて手を伸ばし、すんでのところで風呂敷を受け止めた。


「ふうー。危なかったあ」


胸を撫で下ろす美弥に、チョウとコハクが涙目で頭を下げて謝ってきた。


「お嬢、ごめんよ!」

「ごめんね、お嬢!」

「いいんですよ。すっごく嬉しかったです。風呂敷も無事でしたし」


チョウとコハクが顔を上げて、美弥が腕に抱えている風呂敷を見て首を傾げた。


「大事な物でも入っているのかい?」

「お嬢の宝物?」

「そうなんです。でも、こんな状態でして」


風呂敷を机の上に広げて壊れた小物入れを見せると、2人ははっと息を呑んで唇を震わせ、涙をぼろぼろ流し始めた。美弥は2人の反応に胸が痛くなり、両手をにぎりしめて俯いた。


「すみません。小箱を桃華さんに取られて壊されてしまって、それから後のことは記憶がなくて。神部家で親切にしてくださった方が、小箱の破片を拾い集めてくれたんです」


チョウとコハクは涙を拭うと、それぞれ美弥の手を取って微笑んだ。


「お嬢、謝らないで。あたい、嬉しいんだよ」

「あたしもだよ、お嬢。サク兄ちゃんの本体、大事に取っておいてくれたんだね。ありがとう」

「サク、兄ちゃん? 本体? じゃあ、この子も付喪神になっているんですか?」


表情を明るくする美弥から2人共目を逸らし、壊れた小箱を悲しげに見つめた。


「そうなんだけど……。あの時、あたいらの本体を安全な所まで運んで助けてくれたの、サク兄でさ。でも、その後消えちまったんだ。あたいら付喪神は、本体の傍から長く離れることはできないんだよ。本体が見つかればまた会えると思っていたんだけど、いくら探しても全く見つからないし、気配もないから、もう二度と会えないんじゃないかって思ってたのさ」

「お嬢が気にするといけないからって、サク兄ちゃんのことは黙っていようって3人で話したの。あたしそそっかしいから、つい口に出しちゃったけど。でも、お嬢が持っててくれて本当に良かったよ。小箱を直せばサク兄ちゃんにまた会える、はずなんだけど……」


コハクは声を震わせて唇を噛みしめる。チョウは険しい顔で唇を引き結んでおり、2人の深刻な雰囲気に美弥は胸がぎゅっと締め付けられた。


「もう、会えないのでしょうか」

「本体から、サク兄の気配がしないんだよ」

「それって、どういうことですか?」


美弥が尋ねると、チョウはコハクと一緒に涙をポロポロこぼし始めた。


「ほんたい、こわれたつくもがみは、きえる」


突然背後から声がして、振り向いた美弥の目の前にクラの顔があった。


「きゃあっ!」


美弥はビクッと肩を震わせて悲鳴を上げ、思わずチョウとコハクに抱き着いた。


「ちょっと、クラ。脅かさないでおくれよ」

「急に現われるからあたしもビックリしちゃったよ」

「クラ、みやとねる」


クラはそう言うと、ちょこんと美弥の膝の上に座った。チョウとコハクは、美弥と一緒に寝るのは自分達だから、クラは部屋に戻れと言うが、クラは晴磨の命令だと美弥の腕にしがみついた。クラを引きはがそうとするチョウとコハクを宥め、寝台は広いから皆で一緒に寝ればいいと言うと、2人はしぶしぶ頷いた。風呂敷の上の小箱を見つめるクラに、サクは消えてしまったのか尋ねると、分からないと首を横に振った。美弥が肩を落とすと、チョウが何かを思いついたようにパンと手を叩いた。


「そうだ! 長安様がいるじゃないか!」

「そっか! 長安様ならなんとかしてくれるかも。あたしたちの本体を直して、助けてくれたもんね」

「長安様?」


サクが連れて行ってくれた安全な場所が、長安という僧侶がいる寺だったのだと説明してくれたチョウが、早速明日行こうと言い出すと、コハクも賛同して長安なら直してくれると期待に目を輝かせた。


「皆さんのことが視えて、直してくれる力があるなんて、凄いお坊様なんですね。私も一緒に行ってもいいですか?」

「もちろん。ボタンにも話して皆で行こうじゃないか」

「明日楽しみだね、お嬢」

「はい。長安様は、ここの近所のお寺にいらっしゃるのですか?」


美弥が聞くと、コハクとチョウは顔を見合わせて首を捻った。


「あれ? どこの寺だっけね?」

「そういえばあたしたち、意識がないなかサク兄ちゃんにお寺まで連れてってもらったし、本体が直ったら、お寺で修業してる猫又のトラくんにここまで連れてきてもらったから、長安様のお寺がどこにあるのか分からない!」

「あら、どうしましょう」


クラが、眉を八の字にする美弥を見上げて口を開いた。


「かんべけの、となりまち」

「えっ、神戸家の隣町?」

「そうだったのかい?」

「えー、知らなかったぁ」


目を丸くするチョウとコハクに呆れ顔を向けたクラは、小ばかにするようにふっと鼻で笑った。チョウとコハクは、バカにしたなと口を尖らせるが、美弥になだめられると、何事もなかったように笑顔を向けて来た。猫だったら喉をゴロゴロ鳴らしていそうだと、美弥は内心くすりと微笑んだ。


「神部家とここじゃあ、随分と距離があるらしいじゃないか。お嬢がここに来た時みたいに、ポン兄弟に馬車になってもらって、影の道で行こうかね」

「あの馬車、ポンタさんとポンキチさんだったんですか?!」

「豆狸だから、変化できるんだよ。でも、御者は若が紙で作った式だったよね?」

「紙の式、ですか?」


美弥は、黒い外套を着て背高帽子を被っていた御者の姿を思い浮かべた。


「召使みたいに動く人形のことさ。人型の紙に力を注いで、一時的に動かすことができるんだってさ」

「きっと紙の式が長安様のお寺まで案内してくれるよ」

「すごいわ。晴麿様はそんなことまでできるんですね」

「あした、はるまにおねがい、してみて」

「そうしよう。お嬢の頼みだったら断らないよね」

「断ったらあたいたちが黙っちゃいないよ」

「でも、急にお願いして大丈夫でしょうか」

「だいじょぶ。みや、くらいみち、へいき?」

「皆さんと一緒なら大丈夫です。クラさん、ありがとうございます」


美弥が微笑むと、クラはこくんと頷き、チョウとコハクは小物入れを見つめて笑みを浮かべた。


「よしっ、今日はもう寝ようじゃないか。あたい、お嬢の隣だからね」

「クラも」

「あたしもお嬢の隣がいい!」


チョウとコハクに両腕を捕まれ、クラに抱きつかれた美弥は苦笑を浮かべて、洋室の寝台に目を向けた。


「あの寝台なら、皆で並んで寝られますよ」

「あたいはお嬢の枕元でいいよ」

「あたしはお嬢の頭の横がいいな」

「はい?」

「あたい達は寝るとき本体に戻るから、この櫛を近くに置いておいてほしいんだよ」

「あたしの簪もね」


チョウとコハクは寝台の横に立つと、櫛と簪を美弥に渡し、ポンと姿を消した。


「あっ、もういない。寝相に気を付けないと」


美弥は手渡された櫛と簪を枕の上にそーっと置いた。


「クラ、みやにひっついて、ねる」


そう言うと、クラの姿が一瞬にして消え、着ていた藤色の着物がパサッと布団の上に落ちた。


「あら、クラさん?」


クラが脱いだ着物の中で何かがごそごそ動いている。すると、襟の辺りからムササビに似た小動物が、ぴょこんと顔を覗かせた。触り心地のよさそうな朱色のふわふわな毛に包まれ、真ん丸の大きな朱色の瞳が愛くるしい。


「な、なにこの子! かわいい!」


美弥が手を差し出すと、腕の上をさささっと駆け上がっていき、反対側の腕を伝って下りてきて、枕の横に小さな両腕を広げて大の字のような形になった。腕と胴体を繋ぐ、油揚げを開いたような形の毛皮がまるで敷布団のようだ。

 美弥が横に寝転ぶと、小指と薬指を、細くて小さい指でぎゅっと掴んできて、美弥の心もキュッと掴まれてしまった。


「かわいすぎる~。クラさん、なのかしら?」


美弥が呟くと、クラと同じ声で目の前の小動物が話し出した。


「クラの、ようかいのすがた。トビクラ」

「トビクラっていう妖怪なんですね。すっごくかわいいです!」

「にんげんおそって、ちをすう」

「はい?」


 なんだか今、恐ろしい言葉が聞こえたけど、気のせいよね?


「でも、クラ、にんげんにつかまった。はるまが、たすけてくれた。しきがみになって、おんがえし」

「晴磨様に助けてもらって、その恩返しのために式神になったんですか?」

「クラ、つよい。にんげんのち、いっぱいすった」

「ク、クラさん?」


さっきのは気のせいじゃなかったの?! こんなにかわいいのに、恐ろしい妖怪なのかしら。そういえば神部家でも、恐ろしい姿になってお父様たちを怖がらせていたわ……。


 黒獅子の姿で不気味な笑い声を上げていたクラのことを思い返していると、クラは目を閉じて美弥の手にちょんと頭を乗せた。顔回りのもふもふの毛が指先に触れると、恐怖心は吹き飛んでズキュンと胸を撃ち抜かれた。


「クラ、みやのこと、きにいった」

「クラさんっ、かわいすぎますっ」


美弥は心の中で悶絶し、クラの小さな頭を優しく撫でた。

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