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第13話 コゲコゲ失敗料理

「お嬢、ごめんよう」


浴衣に着替え、顔を真っ赤にして部屋の隅っこで縮こまっている美弥をうちわで扇ぎながら、チョウが眉を下げて謝った。


「いつもより早い時間に入る若が悪いよね。しかも、脱衣所にお嬢の着物が置いてあったんでしょ。普通は気づくよ」


美弥の背中に手を添えたコハクが、頬を膨らませる。


「いえ、私が贅沢に浸っていたからです。早く出て皆さんと片付けをしていれば……」

「お嬢は悪くないよ。あたしが若に伝えておけば良かったんだよ」

「でも、チョウさんがあの後すぐ来てくれて良かったです」

「若に目を閉じててもらって、その間にお嬢に出てきてもらったけど、あたしもビックリしちゃってもうてんやわんやだったよ」

「すみません……」


美弥は消え入るような声で言うと、顔を覆って両膝を立て、余計に小さくなった。


「お嬢~、大丈夫?」

「お嬢、元気出しておくれよ」


コハクが丸まった美弥の背中をさすり、チョウがさっきよりもバタバタと手早くうちわで扇いだ。その時、ボタンが廊下から声をかけてきた。


「お嬢、夕げの支度ができたぜ」

「お嬢、ご飯食べに行くよ」

「食べて忘れようよ、ね!」

「晴磨様に合わせる顔がありません……」

「お嬢とあたしたちは茶の間で、若は居間で食べるから大丈夫だよ」

「そうそう。ね、行こう」


コハクが美弥の肩を抱いて立ち上がらせるが、恥ずかしさで顔を上げられない美弥の足取りは重い。コハクとチョウは顔を見合わせて頷くと、障子を開けて、部屋の前で立っているボタンに声をかけた。


「ボタン、お嬢を連れてっておくれよ」

「よし、任せとけ」

「えっ?」


部屋の中に入ってきたボタンは美弥の前に屈む。ニッと笑みを浮かべると、美弥の体を軽々と持ち上げて、横抱きにして歩き出した。


「茶の間に行くぞ」

「えっ、ちょっ! お、おろしてください!」

「遠慮するなって。お嬢、軽すぎるんじゃないか? もっと食わねえと」

「そんなことより、おろしてくださーい!」


美弥の声はボタンには届かず、ゆでだこのように真っ赤な顔でなすすべなく、体を硬直させたまま運ばれていった。


 居間では、晴麿がクラとミチと食卓につき、そこへポンタとポンキチが、黒こげになった魚と、おこげだらけのごはんと、大きさがバラバラの野菜がごろごろ入った味噌汁を運んできた。


「主、われら頑張って作ったのじゃ」

「ボタンも手伝ってくれたのだが、コゲコゲになってしまったのだ」


晴麿は、しゅんと落ち込む2匹と、机に並べられた食事に目を向け、手を合わせた。


「いただきます」


箸を手に取り、黒こげの魚をつまんで口に入れる。バリボリと噛み砕く晴麿を、クラとミチが眉をしかめて凝視し、2匹は目を輝かせてきゅーんと鳴いた。


「せっかく作ってくれたんだ。クラとミチも食え」


クラは唇を引き結んで食事を見つめ、ミチは苦笑を浮かべた。


「いやあ、ぼくら食べなくても死なんし。ポン兄弟に譲るわ」

「クラのも、あげる」

「いらぬと言うか!」

「兄じゃ、仕方ないのだ。主も無理しなくていいのだ」


憤るポンタの肩に手を置き、首を横に振りながらポンキチがなだめた。


「いや、無理というわけではないのだが」


晴麿が箸を置いて2匹に目を向けた時、茶の間に続く襖がガラッと開いて、美弥を抱えたボタンを先頭に、チョウとコハクが現れた。

 美弥は晴麿と目が合い、気まずさと恥ずかしさで、両手で顔を覆い隠した。晴麿は美弥からさっと目をそらし、顔をしかめる。その頬はうっすら赤く、目ざといミチが、晴磨と美弥を交互に見てニヤリと含みのある笑みを浮かべた。


「おいおい、お嬢の食事まだか? 茶の間に用意しとけって言っただろ」


ボタンが2匹に文句を言うと、2匹は立ち上がって毬のようにぽんぽん飛びはねながら憤った。


「なんじゃ、偉そうに!」

「主にお出しするのが先なのだ!」

「なにぃ? お嬢は若の婚約者だぜ。先も後もねえよ。なあ、お嬢」

「あ、あの、とりあえず下ろしてください」


美弥は、恥ずかしさでふるえる声でボタンを見上げた。


「おう。ほら、ここに座ってくれ」


晴麿の向かい側に座らされ、美弥は顔を上げられず俯き、膝の上で両手を握りしめた。


「ボタン、食事ってこれかい?」


チョウが顔をしかめて黒こげの魚を指差す。


「なんだ、ここに持ってきてるじゃねえか。若、お嬢もここで一緒に食ってもいいよな?」

「ボタン、ちょっと待ってよ。こんなのお嬢に食べさせるつもりなの?」


コハクが眉を寄せて言うと、ポンタとポンキチが目を吊り上げて声を上げた。


「こんなのとは何じゃ。失礼なやつめ!」

「うまそうとは言えないが、それでも主は食べてくれたのだ!」

「そりゃあ、若は前にもあんたたちのマズイ料理食べたから、口が慣れたのかもしれないけどさ」


口を尖らせるチョウに、ポンタとポンキチは更に目を吊り上げ、顔を真っ赤にしてフグのようにぷくっと頬を膨らませた。


「マズイじゃと?」

「食べてもいないのに、分かるわけないのだ!」

「食べなくてもわかるさ。そんなに言うならあんたたちで食べてみなよ。そこに余ってるじゃないか」

「これは、クラとミチのために持ってきたんじゃ!」

「そうなのだ!」

「いやあ、ぼくらはええから食べえや」


ミチに言われ、ボタンとポンタ、ポンキチはそれぞれ魚とご飯と味噌汁を手にとって一口食べ、顔をしかめた。


「うっ、こげだらけで炭の味がするのじゃ……」

「うへっ、しょっぱいし、野菜が煮えきっていないのだ……」


べーっと吐き出すポンタとポンキチを見て、ボタンは気まずそうに頬をかき、チョウとコハクはやれやれと肩をすくめた。

 晴麿は箸を置いて咳払いをし、懐から財布を取り出して美弥に渡した。


「ゴホン。普段は炊事の上手い者がいるのだが、しばらく留守にしていて、不慣れなこいつらにやらせているんだ。悪いが、これで何か好きなものを食べてくるなり、買ってくるなりしてくれ」

「いえ、私はこのお食事で十分です。せっかくポンタさんとポンキチさんが頑張って作って下さったのですから、ありがたく頂戴致します」


首を横に振って財布を返した美弥は手を合わせ、箸を取った。


「いただきます」

「お嬢、食うつもりか?」

「無理しないでいいんだよ」

「やめといた方がいいよぅ」


付喪神たちの制止を聞かず、美弥は魚とご飯と味噌汁を一口ずつ食べて、ポンタとポンキチに笑顔を向けた。


「おいしいです。作ってくれてありがとうございます」


ポンタとポンキチは潤んだつぶらな瞳で美弥を見上げ、ボタン、チョウ、コハクは涙ぐんだ。


「美弥、いいやつじゃのう」

「いいやつなのだ」

「お嬢ぅ、マズイ飯食わせてすまねえ」

「泣けてくるよ。なんて健気なんだろうねえ」

「お嬢、すごすぎるよ~」


クラはぽかーんと口を開けて美弥を見つめた。


「みや、すごい」

「ほんまやな。美弥ちゃん、肝座ってるで。惚れてまうわ。なあ、主」


ミチがニヤッと笑って晴麿を小突くと、ふんと鼻をならした。


「うるさい。食わないなら黙っとけ」


晴麿は、ポンタとポンキチ、付喪神たちに笑みを浮かべている美弥を見て口元を緩めた。それを見逃さなかったミチは晴麿の耳元でこそっと囁いた


「主、ほんまに美弥ちゃんとの婚約は仮でええんか?」

「お前にとやかく言われる筋合いはない」


晴磨は小声で言い返し、味噌汁をすすった。


「なら、主が離縁したらぼくが美弥ちゃんもろうてもええよね」


ゲホッ、ゴホッと咳き込んでお椀を机に置いた晴磨が横目でミチを見ると、本気とも冗談ともつかない半月型に細めた目とかち合う。晴磨は睨みつけるが、何も言わずに目を逸らし、ほとんど炭と化した魚を箸でつまんでガリガリと音を立てながら嚙み砕いた。

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