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第12話 豆狸のポン兄弟

 離れを案内しろと晴麿に言われたボタン、チョウ、コハクは、意気揚々と美弥を廊下に連れ出して次々と襖を開けていった。


「お嬢、客間の隣が居間と茶の間だぜ」

「居間は、若とクラとミチがご飯を食べるときに使ってて、茶の間はあたいらや、若が使役してる妖怪が使ってるのさ」

「若達も一緒に食べれば楽しいんだけどねえ。あっ、お嬢はどうするんだろう? 若と一緒に食べるのかな? そうしたらあたしたちとは食べられないの? そんなのイヤだよ~」


コハクが泣きそうな表情で美弥の腕にしがみつくと、もう片方の腕をチョウが掴み、眉を下げた。


「あたいもお嬢と一緒がいいよ」


前を歩いていたボタンが振り返り、首をかしげた。


「若はおいら達にお嬢の身の回りのことを任せてくれたんだぜ。だったらお嬢と一緒に飯食って何が悪いんだよ。そもそも、仮の婚約なんだろ。だったら若がお嬢と食べる必要ないんじゃねえか?」

「それもそうだね」

「やった~。ずっとお嬢と一緒だね!」


ぎゅっと腕に抱きついて満面の笑みを浮かべるコハクに、美弥は胸の内がじんと温かくなり、自然に笑みがこぼれた。


「お嬢、さっきは縁側から入ってもらったけど、あそこが玄関な」


ボタンが前方を指差した先には、壁際に備え付けられた靴箱以外何もない広々とした玄関がある。チョウが美弥の袖を引いて右に曲がる細い廊下を指差した。


「ここから奥があたい達と、クラとミチと、他の妖怪の部屋だよ」

「お嬢の部屋とだいぶ離れてるんだよねえ。あたしもお嬢と同じ部屋がいいなあ」

「あの部屋は広すぎるから、皆さんが一緒にいてくれたら私も嬉しいです」

「ほんと? じゃあ、あたし今日からお嬢の部屋に住む!」

「じゃあ、あたいも」


コハクが片手をピンと上げると、チョウも顔の横に片手を上げた。


「なに?! おまえら女だからってズルいぜ」

「ボタンは、隣の若の部屋に住んだら?」


コハクに言われたボタンは顔をしかめて、首を左右に激しく振った。


「いやいや、何言ってんだよ。若と同じ部屋とか気が休まらねえし、機嫌損ねたら本体ごと蔵に閉じ込められそうじゃねえか」

「ああ、あり得るかもね」

「若、不機嫌な時こわいもんね」

「晴磨様は、怖い方なんですか?」


美弥がおそるおそる聞くと、付喪神たちは首をかしげてうーんと考え込んだ。


「普段からあんま笑わねえからな」

「こわいというか、頑固で偏屈なところがあるから、取っつきにくい感じはするよねえ」

「でも、お嬢の所に戻れないあたしたちのこと住まわせてくれて、お嬢にも会わせてくれたよ。あたしは若のこといい人だと思う」

「晴麿様が私の代わりに皆さんのことを大事にしてくれたんですね」

「恩は感じてるけどよ、働かざるもの食うべからずってやつで、掃除に洗濯に炊事に薪割りに、雑事ばっかやらされてるけどな」

「母屋には妖狐たちがたくさんいて使用人やってくれてるから、昔から母屋に住み着いてる付喪神たちは呑気なもんだよ。離れもさ、普段は若の母親代わりの、妖狐のおはる姐さんが仕切ってるから、手伝い程度なんだけどね。先月からひと月、娘のおなつと妖狐の里に帰ってるもんだから、仕事が多くてねえ」

「ヨウコ、ですか?」


聞き慣れない言葉に首を傾げる美弥に、コハクが笑顔で答えた。


「キツネの妖怪だよ。おはる姐さんもおなつちゃんも美人さんでね、人間に化けるのも上手なの。あたし2人共大好き。お嬢のこと早く紹介したいなあ。あと数日で帰ってくるんだよ」

「おはる姐さんはともかく、キャンキャンうるせえおなつが帰ってくんのは憂鬱だぜ」

「もう、ボタン、そんなこと言わないの!」


コハクが頬を膨らませてボタンの腕をポカポカ叩く。チョウが苦笑を浮かべてコハクの腕を取ってなだめた。


「おなつは男に手厳しいからねえ。あ、若は別だけど。兄妹みたいに育ってきたみたいでさ、若に懐いて甘えちゃって、かわいいところある……ん? なんか臭くないかい?」


チョウが鼻をつまんで眉を寄せる。ボタンとコハクは鼻をひくつかせると同じく眉を寄せて鼻をつまんだ。


「うっ、焦げ臭いな」

「今日の炊事当番、ポン兄弟だよね? また失敗したのかな」


廊下の先を早足で進んでいく3人の後についていくと、次第に臭いがきつくなり、もくもくとした黒煙が廊下にまで漂ってきた。付喪神たちが咳き込みながら、黒煙で何も見えないが、台所らしき所に足を踏み入れていく。

 入り口付近で、美弥が鼻と口許を押さえて咳き込んでいると、黒煙の向こうから子供のような高い声が2人分聞こえてきた。


「ゴホッ! 目にしみる~」

「ゲホッ! こりゃたまらーん」


煙の中から突然何かが飛び出してきて、美弥の顔面と胸辺りにビタッと引っ付いてきた。


「きゃあっ! な、何?……あら?」 


驚いて尻餅をついた美弥は、慌てて顔の辺りに張り付いている何かに触れてみるともふっとした柔らかい肌触りがした。両手で簡単に持ち上げられるほど軽い。真っ黒な毛玉に見えるが、よく見ると小さくて丸い瞳に、ひくひく動いている鼻が見え、見知った生き物だということが分かった。


「たぬき、よね?」


涙目の子狸が咳をしながら、怪訝な顔で美弥を見てきた。


「おぬし、だれじゃ?」

「しゃべった! あっ、たぬきみたいな妖怪ってことかしら?」


美弥が困惑していると、胸元辺りからよく似た子狸が毛を逆立て、威嚇するように見上げてきた。


「兄じゃをはなすのだ!」

「おまえが離れろ!」


ボタンが2匹の子狸を美弥からさっと引き剥がし、首根っこを掴んで睨み付けた。


「お嬢、大丈夫かい?」

「びっくりしたよね?」


チョウが美弥の腕をとって立ち上がらせ、コハクが着物の汚れを払った。


「ありがとうございます。この子達は?」

「若が使役してる豆狸の兄弟で、兄がポンタで弟がポンキチってんだ。おい、おまえら、お嬢に飛び付いてんじゃねえよ」

「お嬢じゃと? ほんとじゃ。主の婚約者ではないか」

「なぜ顔も着物も煤だらけなのだ?」

「それはあなたたちのせいでしょ。毛が煤だらけじゃないの~。きたなーい」


コハクが口をへの字にして、全身の毛が煤汚れで黒くなっているポンタとポンキチの体を手ではたくと、もわっと煤が舞い上がった。


「竈の火を強くしようとしたら爆発したのじゃ」

「こうなるとは思わなかったのだ」

「火の扱いには気を付けろって言われてただろ」

「火事なんか起こしたら大変なことになってたよ」

「2人とも、火の用心だよ」


しゅんとなって縮こまるポンタとポンキチに、美弥は微笑んだ。


「でも、おいしいご飯を作ろうと頑張っていたんですよね。私もよく失敗して怒られました」

「おお、分かってくれるか」

「そうなのだ、われらは頑張っていたのだ」

「そうですよね。まずは土間が煤だらけになっちゃったから、お掃除しなきゃ。私も手伝いますね」


美弥が袖をまくろうとすると、付喪神たちが慌てて止めに入った。


「お嬢にそんなことさせられねえよ」

「それよりさ、汚れちゃったんだから、お風呂できれいにした方がいいよ」

「そうだね。ここはあたしたちがやっておくから。ポンタとポンキチも、井戸で体洗っておいでよ」

「ほら、行ってこい」

「おぬしらに言われずともやろうと思ってたところじゃ」

「洗ってくるのだ」


ボタンが2匹を床に下ろすと、外に通じる土間の扉を開けてすたこら走っていった。


「お嬢、お風呂こっちだよ。これ履いて」

「あ、はい」


土間に置いてある草履を履き、チョウの後について外に出た。

 裏門とは反対側に歩いていくと、板で囲まれた空間があり、チョウが木戸を開けると硫黄の臭いがもわっと漂ってきた。岩で囲われた露天風呂のような作りになっている。温泉が湧いているからいつでも入れるのだとチョウが説明してくれた。付喪神たちは、本体さえきれいにしてたら体を洗う必要がないから風呂は使っておらず、ポン兄弟も、クラとミチも使わない。普段は晴磨しか使っていないが、この時間なら使わないはずだからゆっくり入ってと言われた。着替えと手拭いを持ってくるからと、チョウは片手をヒラヒラ振って木戸を開けて出ていった。

 着物を脱いで引戸を開けると、辺り一面湯煙に包まれており、煙の中にうっすら見えるごつごつとした岩を頼りに手を伸ばして、風呂桶でお湯をすくって体にかけた。汚れを落としてから、1人で入るには広すぎる湯船につかる。熱めのぬるっとしたお湯に身体が包み込まれていき、足先から頭の天辺までじんわり温まっていくのが感じられた。


「んー、気持ちいい~。こんな贅沢な温泉初めてだわ」


 乳白色のお湯を両手ですくい、顔にかける。腕を伸ばして皮膚を撫でると、つるつるした肌触りが心地良い。顎の先までお湯に浸かり、至福の一時に頬を緩めた。


「早く出て片付けを手伝った方がいいんだろうけど、もう少しだけゆっくりしちゃおうかなあ」


首にかけている勾玉をつまんで、いつの間にか陽が沈みかけている茜色の空に掲げた。


「お母様、私を守るために渡してくれたのね。あの蜘蛛のような鬼、本当に恐ろしかったわ。鬼の姫と鬼の大将はもっと恐ろしいのかも。……私、本当に1000年前の巫女の霊力を受け継いでいるのかしら」


勾玉から指を離して目を閉じ、背中側にある岩に頭をもたれかけ、胸に詰まった息を吐き出した。

 よく分からないまま晴麿の婚約者になり、付喪神になっていたボタン、チョウ、コハクと出会い、美弥の霊力を利用して晴麿が復讐を終えたら離縁すると言われた……。

 ここ数日訳の分からないことだらけで、現実味が全くなく、まるで夢の中にいるようだ。


 このお風呂も全部夢だったらどうしよう。

 目を開けたらあの狭い部屋に戻っていたりして。


 ガラッ。


 引き戸の開く音にはっとして、目を開けた。辺り一面の湯煙と、全身を包む温泉の熱が夢ではないことを分からせてくれる。

 チョウが来たのかと引き戸に目を向けると、湯煙に人影が浮かび上がり、声をかけようとする前に湯船に入ってきた。


 チョウさん、さっきは入らないって言ってたのに。でも、何も言わずに入ってくるかしら? 

 もしかして他の人?

 ……って、晴麿様しか使わないって言っていたじゃない!

 じゃあ、今入ってきた人って、まさか!


  パシャパシャとお湯が波打ち、人影が近づいてくる。美弥は声を出すことも身動きもできず、体を強ばらせて背中を岩に押し当てた。


「ん? 誰かいるのか?」


晴麿が顔をしかめて顔の前の湯煙を手で追い払う。

 晴れた煙の合間に、青ざめた顔の美弥と、目を丸くした晴麿は顔を見合わせ、お互い声にならない声を上げた。


「っ~~!」

「っっっ?!」


カポン。


 風呂桶が床板に転がる音が響き渡る。茜色から次第に濃紺に移り変わる上空を、群れから外れたカラスが一羽、アッ、ホーッと鳴いて通り過ぎて行った。

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