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第10話 ボタン、チョウ、コハク

 クラは美弥の袖を引っ張りながら廊下を右に左に曲がっていき、屋敷の奥に向かって進んでいく。その間に、付喪神それぞれが身に着けている本体を美弥に見せながら、名前を教えてくれた。


「おいらは、ボタン。ほら、ここに牡丹の花が彫られてるだろ」


美弥の後ろを歩いている屈強な男が、着物の袂から牡丹の花が彫られた木製の手鏡を取り出して見せてきた。


「あたいはチョウってんだよ。櫛に蝶の絵が描かれているからね」


美弥と並んで歩く面長の女性は、丸髷に挿している蝶が舞う金蒔絵が施された漆塗りの櫛を抜いて、紅をひいた唇を笑みの形にした。

 その隣を歩く丸顔の女学生風の少女は、人懐っこい笑みを浮かべながら、飴色の玉のように丸い琥珀がついた簪を抜いて見せてきた。


「あたしはね、コハク! ここに琥珀がついてるでしょ。だから、コハクなの」

「ボタンさんに、チョウさんに、コハクさんですね。皆さん、素敵なお名前ですね」

「お嬢がおいらたちの名前を呼んでいる!」

「お嬢に名前を呼んでもらえるなんて、夢みたいだよ」

「うんうん! 嬉しすぎる~!」


涙腺が緩すぎる付喪神3人は、感激の涙をだばーっと流し、喜び合った。

 そうこうしている内に、障子が閉められた部屋の前でクラが足を止めた。


「みやのへや、ここ」

「ありがとうございます」


美弥は障子を開けた途端、口をあんぐり開け、その場に立ちすくんだ。

 神部家で一番広い当主の部屋が2部屋入りそうなほど広い。濃紺の絨毯が敷かれた洋室と、小上がりの畳が敷かれてある和室が一室になっている。

 洋室の方には、1人で寝るには大きすぎる天井付きのレースがかかった寝台と、3人掛けの革張りのソファーが2つ向かい合わせに置かれてあり、壁際には背の高い洋箪笥がある。

 和室には神部家の応接間にあったような背の低い長机が置かれ、机の中央には細長い花瓶にピンク色のシャクヤクが一輪挿してある。壁際には着物をしまう桐箪笥が2つも置かれている。

 部屋の中に入ろうとしない美弥の袖を、クラがくいくいと引っ張ってきた。


「はいって」

「えっ、でも…‥」

「入るぞ」

「入って、入って」

「行こう~」


付喪神3人に背中を押された美弥は、否応なしに絨毯の上に足を踏み入れることになった。想像以上のふかふかさに思わず手で触れてみると、あまりの肌触りの良さに思わず頬ずりしたくなる。


「す、すごいわ。お日様に干した後のお布団みたいにふわふわしてる」

「お嬢、何してんだ? 荷物、畳のとこに置いとくぞ」

「あ、はい。ありがとうございます」


ボタンに訝しがられ、美弥はさっと立ち上がって頭を下げた。


「うわ~、すっごく豪華なお部屋! ステキ!」


コハクが、部屋中を見渡しながら笑みを浮かべた。

 チョウはソファーに腰掛け、立ったり座ったりして座り心地を確かめ、感嘆の声を上げた。


「あれま。上等な腰掛けだねえ。お嬢、こっち来て座ってごらんよ」

「いや、でも……」


ピカピカ輝いているソファーに腰かける勇気が出ず、美弥が言い淀んでいると、小上がりの畳に腰掛けて畳を撫でているボタンに声をかけられた。


「お嬢、新品の畳だぜ。井草の良いにおいがする。上等な部屋用意してもらったじゃねえか。若もやるな」

「本当に、良い部屋すぎる……」


いくらなんでも、こんな上等な部屋使えないわ。敷物もこんなにふわふわで畳も新品、腰掛も寝台も立派すぎる! 


「ふすま、あけて」


和室の襖を指差すクラに言われた通り、美弥は襖を開けた。

 美弥に与えられた部屋と同程度の広さの和室があり、文机と箪笥の前に布団が敷きっぱなしにされている。部屋中を取り囲む本棚に入りきらない蔵書や巻物などが散乱して、畳が全く見えない。癇癪を起こした桃華が、部屋中に着物や化粧道具などを散らかした時以上の有様に、美弥はパチパチと瞬きを繰り返した。


「あの、ここは?」

「はるまの、へや」

「ええぇっ! は、晴磨様のお部屋? ここが?!」


見てはいけないものを見てしまったような気持ちになった美弥は、さっと襖を閉めた。すると、いつの間にか背後にいた付喪神3人が、口々に呆れた口調で肩をすくめた。


「うわー。若の部屋初めて見たぜ」

「誰も部屋に入れない理由が分かったね」

「あんなに汚い部屋でよく寝られるねえ」

「あの、どうして晴磨隣のお部屋が隣に?」


美弥が困惑の表情で尋ねると、クラが首を傾げた。


「イヤ?」

「嫌とかじゃなくて、恐れ多いと言いますか」


首を横に振って否定すると、付喪神たちに、これから夫婦になるんだから、部屋が隣同士なのは当然だと笑われてしまう。婚約者というだけでも実感がないのに、夫婦になると言われても、困ってしまう。眉を八の字にする美弥に、クラが、単刀直入に聞いてきた。

「はるまのこと、キライ?」

「嫌いってわけじゃないんですよ。会ったばかりで婚約者になって、今はまだ心の準備ができていないと言いますか。それに、女中として暮らしてきた私には、こんな豪華な部屋もったいなさすぎます! こんなとこ住めません! もっと簡素で狭い部屋に変えてもらうようお願いしてきます!」


美弥は身を翻すと障子を開けて飛び出した。


 ドンッ!


「きゃあっ!」


廊下に出た途端、人影にぶつかってよろめくと、腕を掴まれて相手の胸元に引き寄せられた。


「おっと。大丈夫かいな?」


さらさらな銀色の長髪が印象的な、中性的な美形を目の前にして、美弥は目を白黒させた。


「す、すみません!」


美弥が謝ると、両腕をチョウとコハクに掴まれぐいっと後ろに引っ張られた。ボタンが目の前の美青年との間に、両腕を広げて割って入ってきた。


「お嬢に触んじゃねえ!」

「お嬢、こいつには近づいちゃダメだよ」

「そうだよ。人間の女の人が大好きで、お嬢にも何するか分かんないんだから」


警戒心むき出しの付喪神たちの背後から顔を出して、同じ人間とは思えない美しい青年を見つめた。高身長のボタンよりも少し背が高く、袖のない浅黄色の着物から伸びる腕は筋肉質で、引き締まった体型をしている。


「何言うてんの。ぼくと美弥ちゃんの待ちに待った初対面、ぶちこわさんといて」


美青年は微笑を浮かべながら、踏ん張るボタンを軽く押しのけて尻もちをつかせた。チョウとコハクが床に打ち付けた尻をさすっているボタンに心配そうな目を向けている間に、美青年は美弥の目の前に顔を近づけ、顎をくいっと持ち上げた。美しすぎる顔が間近に迫り、美弥の心臓は口から飛び出そうなほど跳ね上がった。


「ぼく、(あるじ)の式神のミチいうねん。やっぱり美弥ちゃん、美人さんやねえ。主にはもったいないわあ」


ミチの笑みが輝きを増し、直視できない。ドクドクと鳴り響く鼓動がミチにも聞こえそうで、美弥は恥ずかしさで顔を真っ赤にして、目を泳がせた。

 立ち上がったボタンがミチの手を振り払い、チョウとコハクが美弥を自分たちの後ろに隠して両腕を広げた。ミチとの距離ができたことで落ち着きを取り戻した美弥は、ほっと安堵の溜息を吐いた。


「お嬢に触るなと言っただろ!」

「お嬢は若と夫婦になるんだからね! お嬢に近づかないで!」

「この女たらしの淫乱式神! 油断も隙もありゃしないよ!」

「ひどい言われようやな。傷つくわあ」

「本当のことだろ」


ミチの背後に現われた晴磨に睨まれ、ミチは肩をすくめて唇を尖らせた。


「しょうがないやん。人間の女の子、可愛いし、ぼくが何もしなくても寄って来るんやもん。来るもの拒まずがぼくの信条やねん」

「はあ、おまえってやつは。美弥、驚かせてすまない。部屋はもう見たか?」

「えっと、それが……」

「へや、きにいらなかった。はるま、きらわれた」


後ろの方でじっとしていたクラが近づいてきて、美弥と晴磨を交互に指差した。


「ち、ちがいます。気に入らなかったわけでも、晴磨様のことも嫌いってわけでもないんです!」


美弥は首をブンブン左右に振り、クラの誤解を解こうとする。


「お前の助言を聞いたのが間違いだったか」


晴磨が眉を寄せると、ミチは顎に手を当てて首を傾げた。


「ん~? 女の子から聞いた憧れる部屋を参考にしたんやけど、美弥ちゃんの趣味に合わへんかった?」

「いえ、私には分不相応の豪華すぎる部屋で、気圧されてしまったんです。それに、まだ婚約の身で、晴磨様の隣室など使えません。女中が使うような部屋でいいですし、なんなら物置でも構いません」


一瞬場が静まり返り、いたたまれない思いで俯く美弥の耳に、すすり泣く声が聞こえてきた。顔を上げると、涙目の付喪神3人と、同情の眼差しを向けているクラに、両手と両側の袖をぎゅっと掴まれた。


「悪いが、その要望には応えられない」

「そう、ですか……」

「主、そんなぶっきらぼうな言い方したらあかんよ。女の子にはもっと優しくせんと。これから一緒に暮らすんやろ。お互いの気持ちをちゃんと話して、仲良くせな」

「きゃくま、いく。おちゃ、もってく」

「あたいも手伝うよ」

「あたしも」


言うが早いか、クラとボタンとチョウはあっという間に部屋を出て行ってしまう。


「お嬢、案内するぜ」

「あ、はい」


先に廊下に出たボタンの後に美弥がついていく。溜め息をつく晴磨をミチが小突くと、肩をすくめて一緒に客間へ向かった。

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