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戦場の少女達

「愛理! 大変だ!」

れん。なにがあったの?」


 真っ先に愛理のもとに駆け寄ったショートカットで吊り目の少女――蓮の頭部には、初対面のときにはなかった、ヘッドセットとバイザーのようなものが装着されていた。


「イーターだ……! それもすごい数! ここに集まって来てる!」

「なんだって……!?」


 蓮がバイザー越しに視線を空中に向けると、そこにおそらく現在地を含む周辺地図の立体映像が投射された。中心にわかりやすく表示された青い点が斗悟達だろう。それを目掛けて、周囲に表示された無数の赤い点が移動してきている。

 

 多分この赤い点が、斗悟を襲った、そしてこの世界の人類を滅亡の間際まで追い詰めた化物――イーターなのだ。


「どういうこと? この地域は結界拡張拠点に選定されるくらい、イーター残存数が少ないはずじゃなかった?」

「そのはずなんだ、だからワケわかんねー…!」


 頭を抱える蓮をよそに、ウェーブした茶髪の大人びた少女――確か比奈子ひなこと呼ばれていた――が、頬に人差し指を当て、考えるような仕草をしながら言った。


「この数……普段はこの辺りに生息してない遠くのイーターまで集まってるんじゃない?」

「な、なんでそんなこと起きてるんだ?」

「それはわからないけど……でも、ひょっとしたら彼の存在が関係しているのかも」


 比奈子が斗悟の顔を見て、他の少女たちもそれに続いた。全員の視線を受けて斗悟はたじろぐ。


「オレを狙って……?」


 確かに、その可能性は否定できない。


 さっき襲ってきたイーターは明確に斗悟を狙っていた。それに、ここに来る前――異なる世界を繋ぐ「道」でも、斗悟はおそらくイーターに襲撃されている。


 イーターが世界を越えることができるとするなら、同じく異世界を渡って来た斗悟を特別に敵視していてもおかしくないのではないか。


 だとすれば。


 自分を助けたことで、彼女たちの身にも危険が及ぶことになってしまったのでは……。


 考えても仕方のない自責の念に囚われそうになっていると、パン、と愛理が手を打って皆の注目を集めた。


「真実はわからない。だがもしイーターが彼を狙って集結しているのだとすれば、……それだけ彼は、イーターにとって厄介な存在というわけだ。彼を守ることがイーターへの打撃に繋がるかもしれない」

「……!」

「加えてこれはチャンスとも言える。奴らを一網打尽にするためのね」


 不敵に笑う愛理の檄を受けて、3人の少女たちも頷いた。


「この数と距離ではもう逃げられない。どの道私たちは迎撃するしかない」


 4人の中で最も小柄な金髪碧眼の少女が、初めて口を開いて淡々と言った。まるで精巧な西洋人形の如き美貌で、十代前半に見えるほど幼い容姿だが、精神的には一番落ち着いているようだ。


「確かにノルファの言うとおりだ。もう覚悟を決めるしかねぇぜ……!」

「そういうことだから、キミはしばらくここに隠れててね。勇者くん」

「行くぞ、みんな!」


 愛理の号令で、少女たちは扉を開け放ち装甲車から飛び降りた。4人は横一列に並び、それぞれに異なる構えを取る。そして。


「"移植(グラフト)"!」


 愛理が右手を左胸に当ててそう口にすると、彼女の全身から桜色の粒子が溢れ出した。粒子はまるで風に舞う花びらのように愛理の周囲を旋回し、やがて明確な意味を持った形状へと集束した。


 左右一対の刀、そして背中には翼。「二刀流の天使」とでも形容すべき、荘厳にして華麗な姿だった。


「"移植(グラフト)"」


 比奈子が囁き、左手を右腕の肩から指先まで撫でるようにスライドさせた。彼女が撫でた軌跡に沿って桜色の粒子が浮き出し、それは瞬く間に大型の銃器を形作る。


「"移植(グラフト)"ォ!」


 蓮が喉に両手を当てて吠えるように叫んだ。途端、彼女の首元から同心円状に桜色の粒子が噴き出し、その軌道上を3つの星形結晶が緩やかに回転し始める。それはあたかも、蓮を中心にした惑星系のようだった。


「……"移植(グラフト)"」


 金髪碧眼の小柄な少女、ノルファが両手を絡めて自らの両手首を握り、静かに呟く。漏れ出した淡い桜色の光がリストバンドのように彼女の両手首を囲い、更に鎖状に伸びて先端に刃を形成した。まるで手錠を鎖に繋いだ拘束具のような、異様な形の武具だ。


 ――これが、「桜花武装」。


 淡い桜色の光を放つ武装を展開した少女4人が並び立つ姿は、神秘的とすら思えるほど美しかった。


 そして気づく。これは、この力は――


「……魔力、だ」


 4人が桜花武装を展開した瞬間から、つい先ほどまでは感じられなかった魔力が迸っている。


 発動と同時に魔力を獲得する技能なんて、異世界ロイラームでも見たことがなかった。これが100年前に人類を滅びの危機から救った「救世の聖女」の力だというのか。


「来やがったぜ!」


 蓮が叫ぶ。彼女が示した方角から、無数の異形の群れが、廃墟を割って迫り来る様が見て取れた。


「……ッ!」


 おぞましく、恐ろしい光景だった。


 四足歩行の獣型、二足歩行の亜人型、翼を持った飛行型…中にはキャタピラのようなもので移動する機械型すらいる。だがそのどれもが共通して、体に対して巨大すぎる「顎」を持っていた。それこそが、奴らが「イーター」と呼ばれる所以なのだろう。


「蓮は結界で少年を保護しつつ後方支援! 私が前線で奴らの群れを掻き乱すから、ノルファと比奈子のペアで敵の数を減らしてくれ!」

「了解!」


 愛理の指示を受け少女たちが配置に付く。蓮のバイザーから、空中にコンソールのようなものが投写され、彼女がそれを操作すると、半径10メートルほどの――ちょうど斗悟たちが今いる場所から装甲車が収まるくらいの、ドーム状の透明な障壁が展開された。


「ここから出るんじゃねーぞ! 見りゃわかると思うけど外は危険だ。それと……」


 蓮がヘッドセットのマイクに小声で「エンチャント:身体強化レベル1」と呟いた。その声は不思議なことに、耳を通してではなく、斗悟の脳内に直接響き、それと同時に何か温かいものが体を包んだような気がした。


「これは……」

「あたしの技であんたの身体能力を底上げした。気休め程度だけど、万が一結界が破られてもアイツらから逃げ回れるようにな」


 確かに、ロイラームで身体強化魔法を使った時と似た感覚だ。どうやら桜花武装の力は、ただ単にイーターに効果のある武器を扱えるだけでなく、それぞれの武装者に応じた特殊な能力を使用できるようになるらしい。蓮の場合は、索敵や通信、味方の強化といった後方支援能力に特化しているようだ。


「あ、ありがとう」


 お礼を言うと、蓮は微かに頬を赤くした。


「カン違いすんなよ、別にあたしはまだお前のこと信用してねーからな! ただ、目の前で死なれたら流石に寝覚めが悪いから……っと、比奈子、8時の方向だ!」

「おっけー」


 蓮に応える比奈子の声が頭の中に響く。同時に彼女の構えた大型ライフルの銃口が指示された方向に照準を合わせ、そこから一条の閃光が迸った。発射された魔力の光線は、飛行型イーター群の手前で花火のように拡散し、大半の個体を撃ち落としてみせた。


 その一発が開戦の狼煙となった。比奈子の銃撃を免れた飛行型が加速して突っ込んで来る。タイミングを合わせるように、別方向から四足獣型も速度を上げて迫っていた。


 イーターにどの程度の知能があるのかは定かでないが、少なくとも遠距離攻撃が可能な比奈子を真っ先に仕留めるべき敵と捉える判断力はあるらしい。ほとんどのイーターが彼女に狙いを定め、全方向から包囲するように襲いかかった。そして――その(ことごと)くが、桜色の旋風によって弾き返された。


 ノルファだ。比奈子を守るように陣取った金髪の小柄な少女が、手首から伸びた桜色の鎖状武具を手足のように操って、接近するイーターを軒並み叩きのめしている。


 彼女の鎖状武具の動きは、あまりにも不規則かつ自由自在で、それ自体がひとりでに動いているとしか考えられなかった――単に鞭のように手元で操作しているというだけでは説明がつかない。


「さんきゅー!」


 比奈子がお礼を言いつつ、大型ライフルを腰だめに構え直すと、ライフルは一瞬の発光とともにガトリング砲に形を変えた。そのまま扇形に掃射して、接近していたイーターを薙ぎ払う。どうやら比奈子の桜花武装は敵の数や距離に合わせて銃器の切り替えができるらしい。


 ノルファと比奈子のコンビネーションは完璧だった。攻撃力にはやや劣るが精密な動きで鉄壁の防御布陣を展開する鎖の結界と、機動力に欠けるが中・遠距離で射程と攻撃範囲を切り替えながら高い殲滅力を発揮する火砲の連携。互いの短所を補い長所を伸ばす戦法で、イーターの大群を次々に葬っていく。


 ――だが、それ以上に。


 この二人を超える戦果を一人で叩き出しているのが、愛理だった。


 敵の大群の只中に臆することなく突撃し、二刀の連撃で片っ端から切り刻んでいく。


 背中に形成された翼の効果なのか、天地を問わず駆け抜ける愛理の機動力は異次元という他なかった。ただ単に速いだけでなく、慣性や重力といった物理法則を無視した急加速・急制動・急旋回を繰り返してイーターを完全に翻弄している。愛理が描く美しい桜色の軌跡の後には、見るも無惨に細切れにされたイーターの破片だけが散らばっていた。


「つ……強い……!」

「あったりまえだろ!」


 思わず零れた独り言は蓮にも聞こえていたらしい。ふふん、と誇らしげに鼻を鳴らして、


「アイツらは桜花部隊の中でもトップクラスのエリート隊員なんだからな! 中でも愛理は、歴代最高の適合率を誇る最強の戦士なんだぜ」

「適合率……」


 それが何なのかはよくわからないが、とにかく愛理が、超常の能力を持つ桜花戦士たちの中でも際立った強さであるということは確かなようだ。


 彼女たちの活躍で、イーターの群れは次々に倒されていった。夥しい数の死体――と言っていいのか、残骸というべきか――が折り重なって、周囲の景色を埋めていく。


 しかし。


「……おかしい。いくら何でも数が多すぎる」


 脳内にノルファの声が響いた。蓮の能力が斗悟にも働いているためか、彼女たちの通信を聞くことができるようだ。


 ノルファの声は冷静だったが、隠し切れない疲労が滲んでいる。無理もない、もう数十分戦いっぱなしだ。桜花武装の力によって身体能力そのものも強化されているようだが、それにしたって彼女たちは生身の人間て、当然体力には限界がある。


「どうなってんだよコレ……! こいつら全滅するまでここに集まってくるつもりか!?」


 蓮が表示している立体レーダー上では、周囲から途絶えることなくイーターが集まり続けている。数十……数百……或いは千を超えるかもしれない。いくら個々の戦闘力で愛理たちの方が上であっても、これほどの数の暴力を前に、勝ち切ることができるのだろうか……?


「蓮、救援要請は?」

「さっき出した。けど……ここに到着するまで、あと20分はかかる」

「20分……。ちょっと、しんどそうね」


 呟くような比奈子の声に絶望が滲んでいた。増え続ける敵の数と彼女たちの消耗具合からして、それだけの時間を持ち堪えることが困難なのは火を見るより明らかだ。


「やむを得ない。撤退しよう」


 意を決したように、愛理の重い声が告げた。


「撤退って……でも、どうやって」

「蓮、バリアを展開しながら装甲車を走らせることはできるな?」

「あ、ああ」

「比奈子の砲撃で桜都方向への撤退路を切り開き、バリアを纏った装甲車で一点突破するんだ。こちらからも救援部隊に近づけば合流までの時間も短縮できるだろう」

「た、確かに……。でも、今集まってる奴らが全員で追っかけてきたら逃げ切れないぜ?」

「追ってくるイーターは、私が装甲車と並走しながら斬り払う。さあいくぞ、みんな装甲車に――」

「……ッ! 危ない!」


 地下(した)から来る。地中からの魔力を察知した斗悟は、咄嗟に近くにいた蓮を抱きかかえてその場から飛び退いていた。


 直後、さっきまで蓮が立っていた場所の真下から、地面を割って巨大な顎が飛び出した。蓮のバリアは地上にしか発生していない――地中からバリアの内側に入り込まれてしまったのか。


 ミミズの化け物に顎が付いたようなそのイーターの奇襲を、斗悟たちは辛うじて躱すことができたが、ミミズ型イーターは即座に斗悟たちから狙いを変え、装甲車に喰らい付いたのだ。噛み潰された装甲車の車体は、まるでアルミ缶のようにひしゃげてしまった。


「なっ……!」


 これでは逃げることすら――と嘆く暇もなく、ミミズ型イーターの尻尾が斗悟と蓮を薙ぎ払った。


「うわああぁぁああ!」


 巨大な尻尾が鋼の鞭となって襲い来る。蓮が防ごうとしたが間に合わず、形成途中のバリアもろとも斗悟たちは吹っ飛ばされた。


 

 ……戦いの気配がする。


 魔力の波動を感じてぼんやり目を開けると、イーターの大群相手に奮戦する少女たちの姿が見えた。どうやら気を失っていたらしい。斗悟は蓮が張り直したバリアに守られているが、蓮自身はかなりの傷を負っていて、立っているのも辛そうだ。ノルファと比奈子もまだコンビで戦い続けているものの、表情からは余裕が消え肩で息をしている状態だった。感じる魔力も弱々しくなっている。


 唯一、愛理だけがまだ余力を残しているようだ。ミミズ型イーターも彼女がやってくれたのだろう、既に全身を斬り刻まれて倒れていた。


「みんな踏ん張れ! あと少しで救援が来るはずだ!」


 愛理が鼓舞し、蓮たちもそれに応じようとするが、しかしどう見ても限界が近い。助けが来るまで保つとは到底思えない。


 いくら愛理が強かろうと、敵の圧倒的な物量の前には手が足りていなかった。二刀を用いた接近戦を主とする彼女の戦闘スタイルでは、一度に攻撃できる敵の数が限られてしまう。


 愛理の魔力はまだ充分に残されているのに。


 それを出力するための手段が足りない。


 そう理解したとき、斗悟はこの状況を打破し得る可能性を思いついた。


 しかし……。


 ――できるのか? 今のオレに。


 縋るにはあまりにも儚い、奇跡を願うような可能性だ。勇者の力のほとんどを失った自分に叶えられるとはとても思えない。


 ……それに、もしうまくいったところで、その先に何があるというのか。


 もう桜夜には会えないのだ。斗悟は既に最大の生きる意味を失っている。希望もなく滅亡寸前の世界で戦い続けることに、一体、何の意味があると――



「斗悟はかっこいいね!」



 ――その瞬間。


 沈みかけた斗悟の思考を引き上げたのは、脳裏によぎった彼女の声だった。


 思い出す。


 花開くような笑顔と共に紡がれた、桜夜の言葉を。

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