未来へ続く星空
「祝! 勝! 会! だーっ!!」
「イエーイ! カンパーイ!」
こういう場を盛り上げるのはやはり、愛理と比奈子である。
ウェンディゴ・メナスとの決戦から一日が過ぎた夜、すっかり全快した斗悟と特務分隊の少女達は、神田や鞠原の計らいによりミーティングルームの一つを貸し切ってささやかな祝勝会を開いていた。
ささやか――と言っても、ビュッフェ形式でテーブルに並ぶ料理はどれも、生体培養食品を使った、この時代では非常に貴重な「限りなく本物に近い」逸品ばかりだ。滅多に味わえない美食の数々に、みんな目を輝かせて舌鼓を打っていた。
「ほら蓮ちゃん、このお肉美味しいよ〜。食べて食べて」
「蓮! なんかこのフワフワしたやつ、おいしい! あげる!」
「……デザートもあるわ」
「ちょ、ちょっと⁉︎ 何でみんなあたしのお皿に勝手に乗っけてくの! 食べ切れないって!」
蓮がみんなに餌付けされている。気持ちはよくわかる。かわいいからだ。
斗悟も少女達に混ざって料理を楽しんでいたが、ふと視界の端に神田の姿を見つけた――祝勝会には斗悟達の他に、鞠原と東條と神田の三人の大人が参加(監督?)しているが、鞠原と東條が二人で何やら話し込んでいるからか、神田は壁に持たれかかって一人でグラスを傾けていた。
……近づいてくる斗悟に気付き、神田の視線が鋭くなる。
「何だ」
「い、いや別に何というわけじゃないんですが……その、ちょっとお話でも、と思って」
「……………………」
そんなに睨まなくても……。
「それ、お酒ですか?」
「違う。子ども達の前で酔えるか」
「あ、ああそうですよね。すみません……」
冷静に考えれば謝る必要はなかった。
正直会話を弾ませられる自信はないので、早速本題に入る。
「あの……今更ですけど、首輪、外してくれてありがとうございました。任務にも選抜してくれて」
「決めたのは俺じゃない。上の指示に従っただけだ」
「そ、そうだったんですか」
……「上」、とはどこの誰だろうか。神田は桜花戦士部隊の統括司令官であり、桜花戦士の任務や作戦運用については最高責任者の立場にあるはずだ。その彼に指示を出せる存在とは――政府? とか、そういうものか?
「話はそれだけか」
「いえ、あと一つ。ウェンディゴ・メナスとの戦いで死にかけた時、この前奢ってもらったラーメンのお陰で助かったので、そのお礼も改めて」
「……何を言ってる?」
「蓮の歌で体の傷は治ったんですけど、そのあともオレ、すぐに意識が戻らなかったそうで……。その時、夢――の中で、あのラーメンの味を思い出してたんです。『もう一度食べたい』って強く思ったのが、目を覚ました理由の一つでした。……だから、まぁ、つまり」
斗悟は苦笑して言った。
「あのラーメンが、今はオレの、生きがいの一つみたいです」
神田が目を丸くした。
それまで眉間に皺を寄せた表情しか見たことがなかったからか、ポカンとする彼の顔は、それまでに比べてやけに幼く見えた……気がした。
斗悟の反応を見て、神田は自分の表情が崩れていたことに気づいたらしい。露骨に舌打ちをして目を逸らした。
「妙なところで舌が回る。当てつけか? それは」
「え⁉︎ いや、そんなつもりは全然! オレはただ――」
「どうだかな」
斗悟の弁明を遮って、神田はグラスを煽る。
「……少しは、子どもらしい顔になった」
呟くように言った神田の口元が、少しだけ綻んでいたような気がした。
「そろそろ時間だ。出ろ」
楽しい時はあっという間に過ぎ、いつのまにか時刻は21時を回っていた。淡々とした口調で解散を告げる神田に、愛理は「えー」と唇を尖らせる。
「まだいーじゃーん」
「駄目だ、出ろ。次の予定に間に合わなくなるぞ」
「次?」
この後――こんな時間から後に、まだ何かあるのだろうか? 神田の言葉に心当たりがないのは愛理や比奈子、ノルファも同じだったらしく、きょとんと顔を見合わせている。そんな中、蓮がおずおずと手を上げた。
「その……あたし、みんなに見てもらいたいものがあって、この後勝手に時間取っちゃった。いいかな?」
「え〜! 蓮ちゃんからのサプライズ⁉︎ やったー!」
比奈子が目を輝かせる。もちろん誰も反対するはずはなく、皆が蓮に続いて部屋を出た。
エレベーターに乗り、案内されたのは屋上だった。本来は立入禁止のはずだが、
「神田司令官にお願いして鍵を貸してもらった」
だそうだ。
……地下室の件といい、厳格そうに見えてめちゃくちゃ融通を利かせてくれるな、あの人。
大人達がついてこなかったのは、本当はダメなのをこっそり見逃しているからか。
「見て」
と、蓮が空を指差す。
満天の星空だ。今日は雲も月もなく、夜の天井を流れる天の河の雄大で幻想的な輝きが一層美しく見える。
皮肉なことだが、星空は、斗悟の生まれた時代よりも今の方が――滅亡寸前のこの未来の方が、ずっと綺麗だ。人間が減って地上の光量が減ったからだろう。
「綺麗……」
思わず愛理が零した呟きに応えて、蓮が笑った。
「桜都であたし達が入れる場所の中で、一番星が綺麗に見えるのは多分ここなんだ。入り方ちょっと反則だけど」
確かにこのソフィア本部ビルは、桜都の建物の中でも一際高い。屋上は地上100メートルはあるだろう。視界を遮るものはなく、今日のような日は目に映る全ての光が星になる。
「花凛姉と一緒に、よく来てたんだ。だからみんなにも、見て欲しくて」
驚きと、それをできるだけ表に出すまいとする愛理達の表情から、蓮が花凛の思い出を皆の前で語ったのはおそらく初めてだと推測できた。
当然、愛理達の方からも触れることができなかった話題に違いない。
……そうか。スタースケールの『開花形態』が模していたのは、この星空だったのか。花凛と一緒に見た、思い出の……。
気付いた瞬間、思わず涙ぐみそうになり、斗悟はこっそり目元を拭った。
「あたし今まで、みんなに遠慮してた。でももうやめる。だって、みんなともっと……仲良くなりたいし。変にカッコつけようとしないで、本音で話せるようになりたいから。だから今日はそのキッカケになればいいなって……あたしが好きなものを、みんなに紹介したくて」
たどたどしい口調で、しかしはっきりと蓮は言った。
「だ、だから……これからはもっと、みんなと一緒に遊びたい」
「蓮ってば、もおぉぉー!! なんってかわいいんだろ!!」
「うぶぅ!」
感極まった愛理が蓮を抱きしめる。顔を胸に埋められれて呻き声を発する蓮。
「蓮ちゃんがそう言ってくれるの嬉しー! いっぱい誘うからね!」
「あなたは根を詰めすぎるところがある。これからは息抜きも大事にしましょう」
比奈子とノルファも、それぞれの言葉で蓮を歓迎する。蓮は満面の笑顔で「うん!」と応えた。
「蓮。……『星の音階』を、また歌ってくれないか? あの歌はきっと、今日みたいな夜によく合うはずだ。昨日は戦闘中だったから、みんなももっとゆっくり聴きたいだろ?」
斗悟の提案に、愛理達が湧く。蓮は照れながらも頷き、一呼吸おいて歌い始める。
煌めく星々の光の下で、澄み切った蓮の歌声がゆったりと流れていく。
それはこの世で最も尊い時間のように思えた。
隣に座る愛理の横顔に、一瞬、桜夜の面影が重なる。
しかし、
「……? どうかしたか?」
斗悟の視線に気付いた愛理が首を傾げて聞いてきた時にはもう、桜夜の笑顔は、軽やかな余韻を残して夜の暗さに溶けていた。
「……いや。生きてて良かったなって……思っただけさ」
「……うん」
この夜のことを、斗悟は生涯忘れないだろう。
星の音階を奏でる蓮の歌声を。
四人の少女達と共に見上げた星空の美しさを。