病室にて
目を覚ましたのは病室だった。
窓から夕暮れの淡い光が差し込んでいる。
ベッドの傍には、椅子に腰掛けて船を漕いでいる蓮の姿があった。
「蓮」
寝起きのせいか思ったよりも掠れた声だったが、蓮には気づいてもらえたようだ。
「おはよう」
「……おせーよ、起きるの」
言葉はそっけなかったが、潤んだ瞳と微笑みに心からの安堵が表れていた。
「みんなは?」
「あたし以外はみんな、今日一日入院だって。でもみんなもう割と元気そうだぜ。愛理もさっき目を覚ましたし、斗悟が最後だ」
「そうか……良かった」
「あんたも桜力使い過ぎただけで、一日休めば元気になるってさ」
斗悟は少し四肢を動かして体の調子を確かめる。問題なさそうだとわかって、斗悟は上体を起こした。
「お、おい。無理に起きなくていいよ」
「平気さ。……凄いな、胸と腹に穴が空いたはずなのに、完全に塞がってる」
薄手の患者服をめくって、氷の棘が貫通したはずの箇所を見てみるが、傷痕すら全く残っていない。改めて蓮の歌の効果に驚嘆する。
「おおおおい、あんま、は、はだけんなよ……」
蓮が慌てた様子で目を泳がせている。しまった、女子の前で、はしたなかったな。
「ごめん。でも本当に助かったよ、蓮。オレが今生きてるのは君のお陰だな」
「それは……こっちのセリフだって」
蓮は真剣な表情になって斗悟の目を見た。
「あの時いっぱいいっぱいだったから、なんか怒っちゃったけど、ホントは守ってくれてありがとうって言いたかった。でも……でもさ。あんなのはやっぱり、もうやめて欲しいよ」
蓮が身を乗り出し、斗悟の手を握る。
「あんたが死んじゃうかもしれないって思った時、ホントに怖かった。あんな思い、もう絶対したくない。だからもうこれっきりにして。あんたに無茶させないように、あたしも気をつけるから」
「……ありがとう、蓮」
「何のお礼だよ」
「実は、この世界に来てから、内心自棄になってたんだ。自分はもう過去の人間だ、だからこの世界を救うためなら犠牲になっても構わない、みたいな……そんな悲劇のヒーローぶって、自分に酔っていた」
「え……」
蓮がショックを受けた顔になったので、慌てて「今はもう違うよ」とフォローする。
「オレはまだ生きたい。そう思えたのは君達のお陰だ。自分のことを大事に思ってくれる人がいるって、幸せなことだって痛感したんだ。……だから、そのお礼だ」
そう伝えた途端、蓮がボロボロ泣き出してしまい、斗悟はぎょっとした。
「れ、蓮⁉︎ どうしたんだ⁉︎」
「……あたしも、愛理達も、みんな、あんたのこと大切な仲間だって思ってるよ。ひとりぼっちじゃないんだよ。だから……だ、から……」
蓮はそこで言葉を詰まらせ、泣き続けている。
「蓮……」
この子は今、心から斗悟を想って涙を流してくれている。うまく言葉にできていないからこそ、それが一層強く感じられた。
本当に優しい子だ。
「ありがとうな。嬉しいよ」
蓮はこくん、と頷いた。その様子が、何だか優衣の――妹の小さい頃の姿を思い出させて、斗悟はつい蓮の頭を撫でていた。
蓮は泣き止むまでしばらく、すん、すんと鼻を鳴らしながら大人しく撫でられていたが……。
「……――⁉︎ なっ、にしてんだお前ぇ!」
ふと我に返った蓮にシャッと逃げられてしまった。猫のようだ。
「あぁ、ごめん。つい」
「つ……つい頭撫でんなァ! スケベ!」
「そ、そんなつもりはなかったんだが……」
「ねーのかよォ! ばぁあーかぁ‼︎」
「えぇ……?」
「……もういい! 帰る!」
蓮は立ち上がり、ずかずかと病室から出て行ってしまった。……だがすぐに引き返してきて、
「明日。祝勝会やるから、それまでに元気になっとけよ」
笑顔でそれだけ告げて、帰っていった。