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世界を繋ぐ旋律

 斗悟が目を覚ますと、真っ白な空間にいた。


 前後左右上下、視界の全てに白しか映らない。あまりにも白すぎて距離感覚も方向感覚も麻痺しているし、地面の境界すらもよくわからない。


 完全な白の世界に、自分だけが唐突に放り込まれたような異物感。


「ここは……」


 初めて見る場所のはずだ。だがなぜか知っている気がする。


 この現実感の無さ……、これはまるで――。



「トウゴ」

 


 背後の声に振り返ったとき、そこに立っていた人物の姿に斗悟は目を疑った。


「…………ルチア?」

 

 神秘的な銀色の髪にエメラルドの瞳。


 異世界ロイラームにおいて、共に魔王と戦った仲間の一人。


 聖女ルチアだった。


「……トウゴ!」


 斗悟と目が合ったルチアは感極まったように瞳を潤ませ、飛びついてきた。戸惑いながらも彼女を受け止める。


「る、ルチア? 本当にルチアなのか?」

「そうよ。何? 一緒に旅した仲間の顔を忘れちゃったわけ?」

「いや、そんなことはないけど……まさか、こんなに早く再会できるなんて思ってなくて」

「……そっか。あんたにとってはすぐなのね。こっちは色々あったんだから」


 改めてルチアの姿を確認すると、ロイラームで別れた時より少し大人びたように見えた。それに、服装が――見慣れた聖女の装束ではなく、赤を基調とした華やかなドレスを纏っている。


「ルチア、何だか大人っぽくなったか? それに、その格好……」

「ああ……これ? あんたに歌を褒められたから、ちょっと頑張ってみたの。今は、ステージに立って歌ったりしてる」

「そうか……! おめでとうルチア! そのドレスも似合ってるよ」

「……ありがと」


 ルチアは顔を赤らめて微笑んだが、すぐ何かを思い出したように首を振った。


「……って、そんなことより! トウゴ、あんた今大変なことになってるのよ。ここに来る前のこと、覚えてる?」


 問われて、記憶を辿る。


 倒したと思ったウェンディゴ・メナスが復活し、そして――。


 ――刺された、のか? オレは。


「……そうだ。みんなが危ない……! 戻らないと! ルチア、どうすればいい? オレはどうすれば現実世界に戻れる⁉︎」


 斗悟はルチアの肩を掴んで詰め寄った。


「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ」

「仲間がまだ戦ってるんだ! オレも戻って加勢しないとみんながやられてしまう! 早く――」

「――どうして戻りたいの?」


 予想外の問いに、一瞬、言葉が詰まった。


「……な、何言ってるんだ? 仲間が危ないからだって言っただろう!」

「あんたが戻って助けられるの? 結局負けちゃったからここに来たんでしょ? この生死の狭間――『次元の境界線』に」

「だからって……! 何もせずにいられるか! オレがあの世界を守らなきゃ……それが勇者としての役割で、今のオレが生きる意味――」

「じゃあ、あたしがあの世界を救ってあげる」

「……な、何を言って」

「イーターって化け物も全部消して、あの世界に残ってる人間みんな助けてあげる。ただし条件は、()()()()()()()()

「…………‼︎」


 ルチアの言っていることが、まるでわからない。


 斗悟が死ねば、世界を救える? そんなことできるはずないのに。


 ……いや、しかし。


 できるのか?


 少なくともルチアは、なぜか斗悟のいた現実世界の状況を把握している。斗悟より多くの情報を持っているのは間違いない。


「簡単な話よ。あんた一人の命と引き換えにあの世界を救えるとしたら、あんたは自分の命を差し出せるかって聞いてるの。どうする?」

「…………」


 何かがおかしい。ルチアがこんなことを言うだろうか? 


 だが、もし本当にそんなことが可能だとするなら……。


「本当に……みんなを助けてくれるのか? オレが死ねば……」


 ルチアは答えない。


 ただ、真っ直ぐに斗悟の目を見据えていた。


「オレは……」


 それが本当なら――願ってもない話、のはずだった。


 過去の全てを失った今の斗悟が生きている意味は、勇者として人類のために戦うことだけ。絶望の未来から人類が救われるというのなら、勇者(斗悟)はもう必要無くなる。その存在を引き換えにしても何の問題もない。


 ……はず、なのに。


 即答、できない。


「どうしたのよ?」

「いや……わかった。頼む、ルチア。オレの命と引き換えで構わない、みんなを助け――」


 そう答えようとした時。


 桜都で過ごした日々の記憶が、脳裏を駆け抜けた。


 愛理と一緒に見た夜景が。

 神田に奢ってもらったラーメンの鮮烈な味が。

 みんなで聴いた蓮の歌が。


 ……斗悟の選択を、止めようとする。


 命を捨てる選択を、拒もうとする。


「…………」

「良かった。ちゃんと生きたいみたいじゃない、あんた」


 そう言ってルチアが顔を綻ばせた。


「義務感じゃ出られないのよ、ここからは。あんた自身にちゃんと、生きたいって意志がないと」

「……生きたいと、思っているのか? オレは……」

「そうよ。だからあたしの提案を呑めなかったんでしょ」


 そうだ。「人類の未来を救えるなら、自分は犠牲になっても構わない」なんて、本当は思っていない。


 本当は……生きていたいんだ。


 どんな絶望の未来であっても、最期まで精一杯生きていたい。勇者の役割としてではなく――会崎斗悟の人生として。


 でも。


「認めたく、なかったよ。オレは」

「どうして?」

「……桜夜が、いないのに。父さんも母さんも、優衣も……大切な人がみんないなくなってしまったのに、オレは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 初めて向き合った本音を、噛み締めるように吐き出しながら、斗悟は涙を流していた。


「大好きだったんだ。心から。桜夜がいなければ生きていけないと……思っていたのに。


 オレは、今でも生きたいと思っている。


 桜都(ここ)での生活を、楽しいと思う瞬間がある。それが、……桜夜を、何より大切だったはずの人達を、裏切っているような気がして――嫌だった」

「あんたねぇ……。ま、らしいっちゃらしいけどさ」


 ルチアが呆れたように溜息をついた。


「あんたが大好きだった人が、あんたの幸せを願ってないわけないでしょ。っていうかさぁ、あんた、自分がレンって子になんて言ったか忘れたの? 今のあんたと同じ悩みを抱えてた子に、かけてあげた言葉があるでしょ」

「あ……」


 雷に打たれたような衝撃だった。


 そう、だ。同じじゃないか、蓮と。


 花凛達を失っても、歌うことをやめられなかった蓮に、斗悟は「それでもいい」と伝えたはずだ。


「……そうだった。人にはそんな風に言えたくせに、自分のことは見えてなかったなんて……バカだな、オレは」

「いいんじゃない? 案外そんなもんよ。だからこそ、自分じゃ見えない、気づけないことを教えてくれる仲間が必要なのよ」

「そうだな。その通りだ」


 斗悟は改めてルチアを見つめた。


「オレはまだ生きていたい。勇者の使命としてじゃなくて、一人の人間として。そのために……まだ戦っている仲間達を助けたいんだ。オレ自身の未来を掴み取るために」


 ――そう、宣言した途端。


 まるで舞い降りるように、美しい歌声が響いてきた。


 これは……蓮の歌だ。


 蓮が歌っている。『星の音階』を!


「聴こえる。蓮の歌が……オレを、呼んでいるのか!」

「ようやく準備できたみたいね」


 ルチアが両手で斗悟の両頬を包み、目を瞑ると、自分の額を斗悟の額に当てた。


「る、ルチア?」

「いい、トウゴ。よく聴いて。今からあたしとあの子の歌で、あんたを()()()()()()に送り返す。向こうで目が覚めるまで、絶対『生きたい』って気持ちを曲げちゃダメよ。それから――」


 額を離し、ルチアが目を開ける。その瞳には、いっぱいの涙が溜まっていた。


「ここであたしに会ったこと、忘れないで。そうすればきっと、またいつか、あたし達の道は繋がるから」


 ……ルチアの言葉の真意は、斗悟にはよくわからない。だが、斗悟は頷いた。彼女を心から信じている。


「わかった。忘れない。何があっても」


 ルチアは微笑み、斗悟から一歩離れた。


 ――そして、歌い始める。


 蓮と同じ、『星の音階』を。


 二つの世界、二人の歌姫が紡ぐこの上なく美しい旋律が、斗悟の体を包み込み、やがて空中へと舞い上げた。ルチアの歌に押し上げられ、蓮の歌に引き上げられて、斗悟は純白の世界の果てまで昇っていく。


 眼下に小さくなっていくルチア。


 ……なぜ彼女はここにいたのか? なぜ斗悟の状況を、こちらの未来で起きていることを把握しているのか?


 なぜこの歌を――『星の音階』を、知っているのか?


 聞きたいことは山ほどある。だがそんなことより、伝えたいことがあった。


「ありがとう、ルチア! 会えて嬉しかった! また……会えるよな⁉︎ ()()()()にも!」


 思い浮かぶのは、ここにはいない異世界の仲間達の姿。


 ――最後に見えたルチアの笑顔が、答えを物語っていた。




 世界の境界を越える。


 眩い光の中で、斗悟は『星の音階』を――重なった二人の歌声を聴いていた。




『君のいない夜空に引いた五線譜が


手が届きそうなほど鮮やかに思い出を歌う


いつかあの日の答え合わせをしよう


二人描いた星の音階を


眩しさに押し込んだ本当の気持ちを』

 



 この歌を聴くと、やはり思い出す。


 桜夜と過ごした最後の夏を。


 ――桜夜。もう君に逢えないなんて、寂しくてたまらない。


 大好きだった。心から。


 でも、君がいない世界でも、オレは生きていくよ。


 それでも……許してくれるか?


 光の向こうに、彼女(桜夜)の笑顔が見えた、気がした。



 目を開けると、『星の音階』を歌う蓮の顔を見上げていた。


「蓮」


 その声で、蓮は斗悟の意識が戻ったことに気づいたようだ。ハッと斗悟を見た顔に、みるみる涙が溢れていく。


「蓮、ありがとう。君の歌が聴こえて、戻って来ることができた」

「――ばかっ‼︎」


 上体を起こした斗悟の胸板を、蓮が泣きながら叩いた。


「何勝手に死にかけてんだよ……! それもあたしを庇おうとして! 全然嬉しくねーんだよ‼︎」


 ポカポカと斗悟を叩き続ける蓮の腕からは、次第に力が抜けていく。


「嫌なんだよ、あんたが死ぬなんて……! そんなんでイーターに勝っても意味ねーんだよ! だから……! 死ぬなんて、絶対、許さねーからなっ!」

「蓮……」


 やがてほとんど斗悟に縋り付くような格好になって泣き続ける蓮を、斗悟は抱き締めた。


「……そうだな。ごめん。ありがとう」


 顔を上げた蓮は、涙を拭いて頷き、微笑んだ。


「さて――後はあいつを、倒さなくちゃな」


 斗悟はふらつくノルファに駆け寄り、魔力障壁で皆を守った。


「ありがとう、会崎くん」

「ノルファ、大丈夫か? 戦況はどうなってる?」

「愛理が、最後の切り札を使ってウェンディゴ・メナスと戦ってる。だけどそろそろ時間切れ。多分奴は倒し切れない」

「そうか。……オレも、助太刀に行かなきゃ」

「ウェンディゴ・メナスはおそらく塵のように分裂して吹雪の中に隠れ潜んでいる。あなたが行って勝算はあるの?」

「わからない。だが少しは力になれるはずだ」


 そう言って、愛理の元へ向かおうとする斗悟の服の裾を、蓮が掴んだ。


「蓮? どうしたんだ?」

「ちょっとだけ、ここにいて。……あんたがいればできる気がする」


 蓮が喉に両手を当てる。

 桜花武装を展開する時の仕草――だが、彼女は既に武装を展開しているはずだ。


「蓮、何を……?」

「やっとわかったんだ。あたしの桜花武装の、本当の力」



 もう誰も失いたくない。みんなと一緒に戦いたい。


 そのために、花凛姉みたいに強くなりたい。


 桜花武装を授かった時は、その願いが叶ったんだと思って、嬉しかった。でもあたしの桜花武装は、花凛姉のとは全然違って、攻撃する力を持っていなかった。


 どうしてって思った。やっぱりあたしは花凛姉みたいにはなれないんだって、がっかりした。


 でもホントは……ほっとしてた。あたしは花凛姉にはなれない。ならなくていいんだって。


「別にいいだろ? それでも。そーゆー優しいトコがお前の良いトコなんだよ。無理に戦おうなんて思わなくていーんだ」


 最初の適合検査で、適合率がギリギリ40%に届かなくて、「もう少し自分が勇敢だったら正規隊員になれたんじゃないか」と弱音を漏らした時に、花凛姉がかけてくれた言葉。


 ……花凛姉を亡くしてから、すっかり忘れていた。


 花凛姉はずっと、戦いが嫌いなあたしを、そのままのあたしを、肯定してくれていたこと。


 今の、みんなと一緒に戦いたい想いも嘘じゃない。でも、「花凛姉みたいになりたい」って気持ちのままじゃ、この桜花武装の本当の力は引き出せないんだ。


 花凛姉が好きだった歌――『星の音階(スタースケール)』と名付けたこの桜花武装は。

 その名前のとおり、あたしが歌うのを待っていた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()。あんたがいてくれれば、それができるって信じてる。だから――今なら絶対、できるんだ!」


 もう迷わない。

 深く息を吸い込んで。

 あたしはその言葉を口にする。


「――"開花(ブルーム)"ッ‼︎」


 その瞬間。


 『星の音階(スタースケール)』が、星の海を描き出した。

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