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あの日の歌を

 渾身の祈りを込めた蓮の歌は、これまでにない治癒能力を発揮している。(かたわ)らで彼女と斗悟を守ってくれているノルファと比奈子の傷が、攻撃を受けた(そば)からみるみる回復していくのがその証拠だ。


 それなのに。


 ――どうして斗悟は目を覚さないの……?


 傷は既に全て塞がった。損傷した肉体も元通りになったはずだ。


 それなのに、斗悟の目は一向に開かない。


 ゴウ、と風を切る音がして氷の槍が目前に迫り、蓮は思わず身を竦める。だが氷槍は蓮に届く前に、鎖の鞭で叩き割られた。


「歌を続けて蓮。会崎くんが起きるまで、あなたは私が守る」

「あ、ありがとうノル――」


 言い掛けてノルファの顔を見た蓮はハッとする。


 冷静沈着な表情は変わらない。だが彼女の、神が(しつら)えたような美しい造形の鼻から、一筋の血が垂れている。


 蓮のヒーリングソングの影響下にあるのに、だ。


 その理由は、限界を超えて桜花武装を酷使していること以外には有り得なかった。


 脳と神経接続することで、自らの四肢と同等な精密制御を可能とするノルファの桜花武装『ソーンカフス』。


 使用には脳への負担を伴うため、ノルファは通常戦闘時、鎖刃の展開数は8本までという制限を課しているが――今、彼女の両手首からは、同時に操作できる最大数である12本の鎖刃が出現していた。


 動けない蓮たちを、無限に続く氷の襲撃から守るため、リミッターを外しているのだ。このまま続けさせれば命に関わる。


 彼女のためにも、一刻も早く斗悟を助けなければいけないのに。


 ――お願い斗悟。頑張って。目を開けて!


 祈りは届かない。時間だけが無情に過ぎていく。


「…………ぐ、……」


 ノルファがよろめいて片膝をついた。鼻だけでなく、目からも出血し始めている。


「ノルファ! もうやめなよ、無茶だよ!」


 比奈子が泣きそうな声でノルファを止めるが彼女は再び立ち上がる。


「……大丈夫。愛理が戦っている限り……私は倒れない」


 どうすればいい。どうすればみんなを助けられる?


 もうダメなんじゃないか、という弱音が足元から這い上がってくるが――蓮はそれを踏みつけた。


 もう泣き言なんか言うもんか。信じて託してくれた愛理を裏切ることなんてできない。


 ――お願い。力を貸して。


「…………花凛姉っ……!」





「なーなー、次コレ歌ってくれよ、コレ!」

「また『星の音階』? いいけど……花凛姉好きだね、この歌」


 神田司令官に頼んでこっそり貸してもらった防音機能付きの地下室。今は物置となっている古部屋に最低限の音響機器を持ち込んだこの場所が、蓮と花凛、二人だけのコンサート会場だった。


「うん。アタシはこの歌が一番好きだ」

「……ふふっ……」

「んぁ? 何笑ってんだよ、蓮」

「ごめん、最初に歌ってるのが花凛姉にバレた時のこと、思い出しちゃって」

「あー。そうそう、あの時もこの歌だったっけな」


 皆が帰った後の訓練室で、当番だった蓮は一人で掃除をしながら歌っていた。そこを、忘れ物を取りに来た花凛に目撃されてしまったわけだが――。


 訓練室の扉を開く音に気づいた蓮がそちらに目を向けると、号泣する花凛が立っていたのだ。


「花凛姉、いきなりすごい泣きながら入ってきたから、あたし死ぬほど驚いたんだよ」

「しょーがねーだろ? なんかお前の歌声メッチャ泣けるんだから。隠して歌ってたお前が悪い」

「えー」

「なぁ、そろそろみんなにも聞かせてやろうぜ。こんなすげぇ歌アタシばっかり聴かせてもらってんの、なんか申し訳ないんだよ」

「うー……も、もうちょっと待って」

「なんでよ」

「は、恥ずかしいから……それに……」

「それに?」

「今はまだ……花凛姉にだけ聴いてて欲しい……」

「…………かーわいーなぁー、オメーは!」


 花凛がわしゃわしゃと蓮の頭を撫でる。


 ――ずっと続いて欲しかった、かけがえのない日々の記憶。


「そういえばこの『星の音階』ってさ、何を歌ってる歌なんだ?」

「えぇ? 一番好きな歌なのに意味分かってなかったの?」

「いや、綺麗な歌だなーとは思ってるよ。でもアタシこーゆー詩的なセンスゼロだから、歌詞の解釈とかすげー苦手なんだよ。今まではあんまり気にしてなかったけど、なんか急に知りたくなったんだよなー」

「……あたしだってあんまり読み解くの得意じゃないし、作った人に聞いたわけじゃないから正解かわかんないけど」

「いーよ。お前がどう思いながら歌ってるかが知りてーの」

「……じゃあ……。多分だけど、大切な人――友達とか恋人とかと、離れ離れになっちゃう寂しさを歌った歌だと思う」

「……え⁉︎ これそんな悲しい歌なの⁉︎ なんか楽しそうな青春おくってる感じじゃなかったっけ⁉︎」

「ぜ、前半はね? 後半は別れの切なさを歌ってるはずだよ」

「えー……そうなん? どの辺が?」

「ほら、この『同じ空で君と違う星座を眺めてる』ってところとか。空が同じなのに星座が違うってことは、見てる場所が違うってことでしょ?」

「…………あー! そういうこと! そっかぁ……そうなのか。切ない歌だったんだなぁ」

「あ、でも最後はいつかまた会えることを信じて終わってる感じだから、救いがない歌ってわけじゃないと思うよ」

「……そっか」


 花凛は少し落ち込んでいるようだった。好きな歌の歌詞が希望に満ちたものではなかったことに、ショックを受けているようだ。


「な、蓮はどうしてこの歌が好きなんだ?」

「あたしは、星とか星座とか、好きだから」

「ああ、そうだったな。また今度晴れた夜に見に行くか」

「うん! ……でも、ちょっと残念なんだよね」

「何が?」

「『星の音階』を歌っててふと思ったんだけど……あたしが見られる星空って、一生同じなんだなって。イーターがいる限り桜都(ここ)から出られないし」

「蓮……」


 花凛は少し考えた後、「よし!」と膝を打って立ち上がった。


「じゃあアタシが連れてってやるよ! いつか、お前が今まで見たことねぇ星空が見えるところまでな!」

「えぇ……無理だよ。あたし桜花武装なくて桜都から出られないし、仮に出られたとしてもイーターがいるのにそんなに遠くまでいけないよ」

「大丈夫だって、アタシがイーター全滅させてやるから! そうすりゃこの地球上のどこにだって行き放題だ!」


 そんな無茶な、と思った。だけど花凛の自信満々な笑顔を見ていたら、蓮もつられて笑ってしまった。


「そしたら一緒に旅に行こう。見たことのないものを見に行く旅だ。ここじゃない場所で、同じ星座を一緒に見ようぜ。……あ、でもアタシ星座わかんねーから教えてくれな」

「……うん。わかった。約束だよ、花凛姉」


 約束だからね。



 ――そうだ。


 蓮が斗悟に心を開くきっかけになったのは、彼が蓮の歌を――『星の音階』を聴いた時の反応が、花凛を思い出させたからだ。……あいつの方がもっと号泣してたけど。


 泣いた理由を聞いたとき、斗悟は言っていた。


「あまりに懐かしい歌だったから」と。


 歌唱術式は、聴き手の認識によって効果が増減する。蓮が知る限り、斗悟の心に最も響く歌は――これしかない。


 『星の音階』。


 この歌が斗悟にとって何なのか、蓮は知らない。斗悟があんなに泣いた本当の理由も。


 だけど。だからこそ。


 ――知りたい。もっと知りたいんだ、あんたのこと。


 あんたが好きな歌をもっともっと教えて欲しいよ。頑張って練習するからさ。


 だから、勝手に死ぬなんて許さない。


「戻って来て、斗悟……!」


 ありったけの想いを乗せて、蓮は『星の音階』を歌い始めた。

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