表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/31

開花

「斗悟……斗悟っ! やだ、やだよ! こんなのやだぁっ……!」


 止めどなく溢れる鮮血が、雪の地面を赤く染めていく。それは斗悟の命そのものが流失しているようで、蓮はあまりの怖ろしさに心底から震え上がった。


 死。


 死が。


 最も絶対的な別れが。


 避けることのできない現実として、すぐ目の前に突き付けられている。


 無理だ。


 とても受け入れられない。


 これは蓮がずっと目を逸らし続けて来たものだ。


 ――琴音(ことね)先輩。結乃(ゆの)先輩。涼葉(すずは)先輩。


 …………花凛(かりん)(ねえ)


 1年前のウェンディゴ・メナスとの戦いで殉職した4人の桜花戦士の葬儀に、蓮は出られなかった。


 大好きな先輩達の死を受け入れられなかった……いうのは、嘘だ。


 本当は単に、親しい人間の「死」に触れるのが怖かっただけだ。


 辛うじて回収できた花凛以外の3人の遺体を、決定的な死の形を、見たくなかったからだ。


 ……勇敢な最期を遂げた彼女達への弔いよりも、弱くて脆い自分の心を守ることを優先したからだ。


 なんであたしが生きてるんだろう。


 斗悟があたしを守るために死んでしまう。


 どうしてあたしなんか庇ったの。弱くて醜くて、何の役にも立たないあたしなんか。


 あんたの命と引き換えに助けてもらう価値なんてあたしにはないのに。


 結局、駄目だった。


 みんなが命懸けで戦っているのに何もできない弱さが嫌で、自分がいないところで大好きな人達が死んでしまうのが嫌で、一緒に戦いたいって心から願って、ようやく桜花武装を与えてもらえたのに。


 戦場に出たところで、やっぱりあたしは役立たずだ。


 ……こんなことなら、もういっそ。

 あたしが、死んじゃえばよかっ――



「蓮」



 限りなく優しい声と、肩に触れた手の温もりが。


 蓮の意識を絶望の沼から引き上げる。


 顔を上げた先には、――愛理が。


 どんな時でも心強く皆を勇気づけてくれるリーダーの笑顔が、あった。


「蓮。落ち着いて。斗悟はまだ生きてる」

「あ……愛理……でもっ……!」


 長い激闘によって愛理の体は血に塗れ、痛々しいほど傷だらけだ。だがそれでも、その眼に映る希望の光は全く揺らいでいない。


「君の歌で、傷を治してやってくれ。今ならまだ助けられる。蓮の歌ならできるよ、絶対」


 ――ああ。


 どうしてこの人は、こんなにも強くて、優しいんだろう。


「私は蓮を信じてる。だから……お願い。斗悟を助けて」


 どうしていつも、あたしを一番救ってくれる言葉をかけてくれるんだろう。


 応えたい。あなたに。


 あなたと一緒に戦える自分でありたい――!


 蓮は涙を拭いて頷いた。持てる力と湧き上がる想いを込めて、治癒の術式――ヒーリングソングの歌唱を開始する。


「ありがとう、蓮」


 蓮が歌い始めたのを見届け、愛理が立ち上がる。


 彼女の前には、ウェンディゴ・メナスが姿を現していた。吹雪に潜んだままなぶり殺しにもできただろうが、弱り切った桜花戦士達を喰らうために敢えて巨大な顎を携えて実体化したのだろう。


「ノルファ。蓮が斗悟の治療に集中できるように、比奈子と一緒に守ってやってくれ。その間に、私が――()()()()()()


 その宣言が意味することを、ノルファは理解してくれた。


「……了解」


 ノルファが防御に徹する構えを取ったのを見て、愛理はウェンディゴ・メナスに向けて歩を進めた。


 深呼吸。覚悟を決める。


 左胸に手を当てて、最後の力を解き放つ呪文を唱えた。



「"開花(ブルーム)"」



 その瞬間、愛理の全身から爆発的な桜力が吹き出した。髪と虹彩は淡い桜色に変化し、瞳の中に花弁をかたどった模様が出現する。溢れ出す桜力の粒子が両手の二刀と背中の翼へ集束し、それぞれの武装を強化する。


 刃はより鋭く強固に。


 翼はその数と大きさを増し、三対六枚の、より巨大な光翼へと姿を変えた。


開花形態(ブルーム・フォーム)』。


 選ばれた者のみが到達できる、桜花武装の第二解放。


 桜花武装の核である『神樹の枝』を限界まで肉体とリンクさせ、性能を最大限に引き出す桜花戦士の切り札だ。


 明らかに強さを増した愛理の気配を察してか、ウェンディゴ・メナスは様子を窺うように彼女から距離を取った。そして愛理の一切の行動を阻むべく、無数の氷矢をありとあらゆる方向から撃ち込む。


 その全てを、巨大な手のように変形した光翼が薙ぎ払った。


 開花形態は、桜花武装の基礎能力を大幅に上昇させるだけでなく、追加の固有特性を覚醒させる。


 開花した花篝は、桜力粒子で構成された光翼を自在に変形・操作する力を獲得していた。攻撃にも防御にも応用できる可変の翼は、愛理に不足していた広範囲への殲滅力を強化し、より完全無欠な戦士へと彼女を昇華させる。


 纏わりつく氷撃を(ことごと)く蒸発させながら、愛理は瞬時にウェンディゴ・メナスへ肉薄、一閃を放った。


 受け止めようとしたウェンディゴ・メナスの両腕が千切れ飛ぶ。凄まじい硬度の体でも、開花形態の花篝による斬撃は防げないらしい。


 ウェンディゴ・メナスは、戦いが一方的な蹂躙ではなくなったと理解したようだ。愛理が自分を打倒し得る脅威であると認め、彼女の間合いから逃げ、吹雪に身を隠しながら無尽蔵の遠距離攻撃を繰り出す戦法に切り替えた。


 しかし――逃げ切れない。


 愛理は速力が上昇している上に、氷撃の嵐も光翼の絶対防御でまるで意に介さない。


 歴代の全桜花戦士の中でも最高の適合率を誇る愛理。彼女の開花形態は、単体として人類が持てる最強の戦力だ。その強さは、異次元の力が憑依したウェンディゴ・メナスすらも僅かに、だが確実に上回っていた。


 愛理の追撃は徐々にウェンディゴ・メナスを追い詰め、その体を削り取っていく。そして。


「とどめだ……!」


 花篝の二刀による十字斬りが、ついにウェンディゴ・メナスの真芯を捉えようとした時。


 奴の体が消えた。

 倒したのではない。


「また分裂か!」


 ウェンディゴ・メナスは目に映らぬほど細かい氷塵へと自らを拡散させ、吹雪の中に散っていく。


「チッ……!」


 ただでさえ視界のほとんどない吹雪の中だ。ある程度の大きさであれば気配を感じることもできるが、雪粒と同化されては居場所の感知は不可能だった。


 愛理は光翼を広げ周囲を闇雲に攻撃するが……手応えはない。だが逃げに徹されてしまったら、これを繰り返す他にできることがなかった。


 お互いにお互いを倒せない、膠着状態。


 しかしこの状況が続けば――負けるのは愛理の方だ。


 開花形態には制限時間がある。


 『神樹の枝』との完全同調は肉体に凄まじい負荷が掛かるため、短時間しか維持することができないのだ。制限時間を超えると、装備者の生命保護のため強制的に武装が解除される上、肉体への反動と桜力の枯渇によってしばらくはまともに動けなくなってしまう。愛理がギリギリまで開花形態を温存するのはこのリスクがある故だ。使ってしまえば最後、決着をつけられなければもう後がない。


 ――開花形態のタイムリミットは、5分。


 その間に、直径3kmにも及ぶ吹雪の中に散らばった雪粒に潜む奴の核を見つけ出さなければならない。


 僅かな時間で挑むには、彼女を覆う白い闇は余りにも深かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ