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絶対零度氷結領域攻略戦②

「みんな……準備はいいな? 行くぞ!」


 タイミングを合わせて、斗悟とノルファは同時に、お互い反対方向に吹雪を飛び出した。


 斗悟は右手と左手を、それぞれ蓮の左手と比奈子の右手に繋いでいる。愛理の桜花武装・花篝の能力により、斗悟は空間法則を無視した高速移動が可能なだけでなく、手に触れている相手にもその力を付与することができた。ただし定員は2名、加えて両手が塞がれるため攻撃は封じられ、逃げることしかできない。


「さぁ、こっちに来い……!」


 斗悟の考えた作戦、それを実行するためには、まずここでウェンディゴ・メナス分身体が斗悟達を追ってくることが条件だ。ノルファがターゲットにされてしまったら仕切り直すしかない。


 一瞬の後、吹雪の中から姿を現したウェンディゴ・メナス分身体が向かってきたのは、斗悟達の方だった。


「よし!」


 人数が多い上、遠距離攻撃可能な比奈子をこれ見よがしに連れている。狙うべきはこちらだと認識してくれたのなら、計算通りだ。


「比奈子、チャージを始めてくれ! 完了するまで逃げ続ける!」

「おっけー、お願い!」


 比奈子が斗悟の手を掴んだまま、もう一方の手で桜花武装に力を溜め始めた。


 斗悟は飛翔してウェンディゴ・メナス分身体から距離を取る。分身体は体を流線型に変形させ、巨大な矢のようになって追跡してきた。


 やはり奴も飛べるようだ。吹雪を起こせるということは、冷気だけでなく風を操る力も持っているということ。予想はできていた。これでいい。


 これで――逃げる斗悟の後を追っている限り、奴の体は吹雪の外。


 ここからは作戦の第二段階だ。準備が整うまで時間を稼ぎ、ウェンディゴ・メナス分身体から逃げ続けなければならない。


 花篝の飛行能力は縦横無尽とは言え、両手にそれぞれ人間を一人ずつぶら下げている影響で速力がやや落ちている。最高速度では僅かに負けている上、奴は追跡しながら氷の矢を放ってくるのでそれも避けつつ逃げなければならない。


「くっ…………!」


 直線の動きでは逃げ切れないと悟った斗悟は、花篝の機動力を活かして急停止や急旋回を繰り返し、また廃墟のビル群も利用しながらウェンディゴ・メナス分身体の追撃を回避し続けた。


 そして――。


「こちらノルファ。配置に着いた」

「こちら比奈子。準備完了!」

「こちら愛理! 私も大丈夫だ!」

「わかった! 10秒後に!」


 3人からの連絡を受けて、斗悟は加速した。氷矢の雨を潜り、廃墟の谷間を抜けて、()()()()を目指す。最高速の差で徐々に距離を詰められ、ウェンディゴ・メナスは既に斗悟の背後10メートルにまで迫っていた。


「3……2……1……! 今だッ!」


 廃ビルを横切った瞬間、斗悟の合図と共に、ビルの陰に潜んでいたノルファが、桜花武装ソーンカフスの鎖を網のように展開してウェンディゴ・メナス分身体に飛びついた。


 分身体は失速し墜落、慣性で滑りそうになる体を、ノルファが鎖で縛り上げ地面に縫い付ける。


「さっすがノルファ、タイミング完璧ィ! 後は任せて!」


 斗悟の手を放し着地した比奈子が、捕縛されたウェンディゴ・メナスに銃口を向ける。


 比奈子の銃火器型桜花武装『雷霆万鈞(らいていばんきん)』。その固有特性は、「状況に応じた自由なパラメータ配分」だ。威力、射程、弾速、連射性――桜花武装の性能を決めるそれらの値を、最大合計値の範囲内で、自由に且つ即座に割り振ることができる(ステータスの配分次第で武器の形状も変化する)。


 今、身動きの取れないウェンディゴ・メナス分身体に対して比奈子が選択するのは、自身が持ち得る最高火力。この千載一遇のチャンスに全てを賭け、確実に奴を仕留める必殺の一撃だ。


「これで……! 終わりっ!」


 桜力の消費を度外視し、威力・射程・弾速を最大に設定した閃光の弾丸が、ウェンディゴ・メナス分身体を貫く――、


 ことはなかった。


 比奈子の砲撃が命中する直前に、奴の体は自ら粉々に砕け散っていたからだ。


「……分裂か! 自分から!」


 奴の体は氷。2体に分裂できたのだから、それ以上ができても――粉々に分かれることができたとしても何ら不思議はない。


 当然、そこまで小さくなってしまえば鎖の拘束など無意味だ。隙間から氷粒が零れ落ちていく。


 比奈子が桜力の大半を注ぎ込んだ弾丸は、標的を失い、そのまま遥か彼方へと飛んでいった。


 …………いや。


「いいの? 避けちゃって」


 比奈子が本当に狙っていたのは、その先。


 彼女と分身体を結ぶ射線の延長線上には――


 ウェンディゴ・メナス本体と愛理が戦う吹雪に鎮座する、()()()()()()()()()

 


 瞬間的に、召喚機構(リンクシステム)の中枢を一撃で粉砕し得る威力の攻撃が来ることを察知したウェンディゴ・メナス本体は、あらゆる作業(タスク)を押しのけてその防御を最優先事項に据えた。氷の体を盾型に変形させ、飛来する弾丸を受け止める。


 弾丸の威力はウェンディゴ・メナスの想定を超えていた。砕けそうになる氷を魔力によって何重にも補強し、辛うじて召喚機構(リンクシステム)への被弾を防ぎ切る。


 だが弾丸の衝撃によって体の再生が追いつかない。


 その背後を、二本の刃が音もなく突き通していた。



「……隙を見せたな。この時を待っていた」


 比奈子の砲撃から建造物を守るために体を盾にしたウェンディゴ・メナス。ガラ空きのその背中に、愛理が花篝の二刀を突き立てる。


 氷でできた体を物理的に壊しても奴を倒すことはできない。しかし、強い桜力を纏わせた花篝の刀身は、氷に取り憑いて操っていたイーターそのものに致命的なダメージを与えることができる。


 愛理は突き刺した刀身でウェンディゴ・メナスの体を上下に引き裂いた。イーターとしての核はその攻撃で完全に消滅し、残った体は意志持たぬ氷の塊となって崩れ落ちた。


 愛理はそのまま飛翔し、建造物の破壊に取り掛かる。


 亀裂の大きさはそれほど変化していないが、その向こうに見える漆黒の『何か』が、亀裂を押し拡げるように()()()()に膨らんで来ていた。まるで狭い通路を無理矢理に突破しようとしているように。斗悟と蓮の警告が本当なら、アレの侵入を許してはならない。効果がある保証はないが、今愛理にできるのは、ウェンディゴ・メナスが身を挺して守ろうとしたこの建造物を破壊することだけだった。


「さっさと……! 壊れろぉーっ!」


 直径500メートルに広がる建造物の全てを破壊するのは時間が掛かりすぎる。攻撃箇所は選ばなければならない。


 何度か比奈子の砲撃を受ける中で、ウェンディゴ・メナスが明らかに優先して守っていた部分があった。それは建造物の中央部。頂上に奴が居座っていた、氷花の雌蕊(めしべ)に当たる部位だ。愛理は狙いを絞り、連撃で氷を削り取っていく。


 しかし彼女はすぐに攻撃の手を緩めざるを得なかった。背後に迫る敵影を目の端で捉えたからだ。


 巨大な狼の顎が、形成途中の体を引きずるように突っ込んでくる。


 比奈子の弾丸をかわしたウェンディゴ・メナスの分身体が、本体を継いで建造物を守ろうとしているのだ。


「くそっ、邪魔を――」


 愛理が迎撃の構えを取る、だがその前に。


「させるかぁぁああぁあ!」


 斗悟が。


 蓮と比奈子を放して身軽になり、花篝本来の速力を取り戻した異世界の勇者が――愛理を狙うウェンディゴ・メナスを、背後から追い抜きざまに斬り抜けた。


 強烈な桜力の刃を叩き込まれ、魔獣はただの氷塊に還る。


「斗悟! ナイス!」

「止まるな、愛理! もう一刻の猶予もない!」


 斗悟は改めてスキャンした亀裂の状態に焦っていた。今この瞬間にも、あの奥から途方もない災厄が溢れ出てもおかしくない。


「一気に壊すぞ!」

「わかった!」


 斗悟と愛理は息を合わせ、氷の雌蕊を柱頭から下まで一気に斬り裂いていく。


「これで……!」

「終わりだぁぁあーッ‼︎」


 四つの刃による絶え間ない斬撃が、ついに氷花の中枢に致命的な損傷を与えた。自重を支えきれなくなった氷花がガラガラと音を立てて崩れ落ち、氷塵をあげて地面に倒れ伏す。


 ――これで、どうだ!?


 斗悟は半ば祈るような気持ちで空中の亀裂を見上げた。


 氷花の倒壊に呼応するように、じわじわと亀裂が閉じていく。()()()()から出てこようとしていた黒い塊のようなものが、閉じる力に抗っているように見えたが、やがて押し負け、亀裂は完全に閉じ切った。


「……やった! やったな、斗悟!」


 勝利の喜びを抑えられない様子の愛理が、空中で抱きついてきた。


「うおっ!? ちょっ……お、落ち着いてくれ愛理! バランスを崩して墜落する!」

「あ、ごめん。つい」


 あっさりと放してくれたが、最愛の人に瓜二つの美少女からいきなり抱き締められた斗悟の鼓動は、一瞬でとんでもない速度まで高まっていた。


「おい、どうなったんだ⁉︎ やったのか⁉︎」


 スタースケールを介した蓮の声に、努めて冷静なフリをして「ああ。勝ったよ」と答える。通信の向こうで小さな歓声が聞こえた。


「みんな、ありがとう。これで任務達成だ。急に目的が変わってしまって大変な任務だったけど、みんなのおかげで一人の犠牲も出さずに勝てた。本当によくやってくれたな」


 最後はリーダーらしく愛理が締めて、「さぁ、みんな帰ろう!」と明るい声で言った――その時だった。


 斗悟は気づいた。


 ……いや、気づくのが遅すぎたかもしれない。



 空間の亀裂は確かに閉じ、闇の塊は元いた場所に押し返された。


 だが、あの時。


 亀裂を押し拡げようとしていた闇の先端が僅かに、()()()()にはみ出していた。


 その、はみ出た闇のごく僅かな一部分が、閉じる亀裂に挟まれて削られ、()()()()に残っていたのだ。

 そして。



 残された闇の一滴が、さっきまでウェンディゴ・メナスだった氷の残骸の上に、落ちた。

 


 ――瞬間。



 白い闇が全てを埋め尽くす。



 先程までとは比べ物にならない範囲と密度の暴風雪が、声を上げる暇すらなく斗悟達を呑み込んでいた。

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