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絶対零度氷結領域攻略戦①

 『それ』は――ウェンディゴ・メナスと呼称されるイーターの個体は、数日前に書き加えられた新しい命令(コード)を忠実に遂行し、次の段階(フェーズ)を待っていた。


 100年近くの時を隔てて更新された行動の優先順位に、しかし興味や疑問を抱く機能はイーターにはない。彼らは与えられた指令を実行するだけの端末に過ぎず、それ以外の機能は備え付けられていない。


 氷で構築した召喚機構(リンクシステム)は問題なく稼働している。『突破口』の完成まで、残り10000秒を切った。それまでここを守り切ることが彼に与えられた役割だ。


 突如、強力なエネルギーの弾丸が吹雪を貫き、召喚機構(リンクシステム)の一部を破砕した。


 即座に破損箇所を氷で修復し、同時に襲撃者の捜索を開始する。東方向およそ1キロメートル先、廃墟群に潜みライフル型兵器の銃口をこちらに向ける人間を発見。先程撃退した侵入者の一体と同一の個体が、狙撃を行ったものと推察された。排除のため、遠距離射撃用尖鋭氷塊の作製を開始するが――


「どこを見ている?」


 上空から別個体が飛来し、二本の刃で尖鋭氷塊を壊しつつウェンディゴ・メナスの体を斬り裂いた。


 反撃を試みるが、その個体は背部の翼形ユニットから推進力を得て瞬時に上空へ退避。高速かつ不規則な軌道による飛行を繰り返し、捕捉することができない。


 その間に、再び光弾の砲撃が召喚機構(リンクシステム)を撃ち抜く。今度は先ほどよりも中枢――『突破口』の出現位置に近い部分が破損した。修復中に再度、飛行個体からの斬撃と即座の離脱。


 ――これが、先程の侵入者達による、自身の撃破と召喚機構(リンクシステム)の破壊を目的とした攻撃行動であることを、ウェンディゴ・メナスは認識した。


 同時に、命令(コード)を遂行するためには、「感知結界を展開し接近する敵性存在を遠ざける」という現在の方針が不十分であり、「この敵対者達の()()()()()が必須である」との結論に至る。


 明確な殺意を得た氷結魔獣の脅威が、桜花戦士達に牙を剥こうとしていた。



『わざわざ奴に有利なフィールド内に入ってやる必要はない。比奈子、お前はできるだけ離れて吹雪ごと奴を撃ち抜け。狙撃場所は……この廃墟ビルの屋上辺りがいいだろう』


「でも司令、それじゃあいつに狙いを付けられないよ? 吹雪の中見えないし」


『奴本体を狙う必要はない。氷の建造物に当たりさえすればいいんだ。あれが亀裂の拡張に何らかの役割を果たすものならば、奴は壊されるのを嫌うはずだ。あの場所に吹雪の結界を張って陣取っているのもそれが理由だろうからな』


「なるほどね! オッケー、流石にあんなでっかいオブジェなら外さないよ。さっき入って大体の位置覚えてるしね」


『こちらの遠距離砲撃に対し、奴は反撃や防御など何らかのアクションを起こす。その隙を、吹雪の上空で待機している愛理が突く。比奈子の砲撃の余波で多少は視界も開けるだろう。ヒットアンドアウェイで奴を撹乱しつつ削れ』


「了解。ついでに壊せそうなら私も氷の花を狙ってみよう」


『蓮は比奈子の後方で全員のサポート。会崎とノルファは奴の反撃から二人を護衛しろ。この布陣で建造物の破壊とウェンディゴ・メナスの討伐を同時に狙う』



 ――神田の作戦は順調に推移していた。


 さっきの囮作戦もそうだったが、神田自身が能力者というわけではないし、現場にすらいないというのに、限られた情報で非常に有効な作戦を立案してくれる。桜花部隊司令官の肩書きは伊達ではないようだ。


 このまま倒れてくれればありがたいが……。


「みんな、気をつけろ。奴の様子がおかしい」


 やはりそう簡単にはいかないらしい。愛理から不穏な通信が入った直後、「奴が二体に分裂した! 一体そちらに向かっている!」という叫び。


「…………ッ!」


 忠告通り、吹雪から飛び出したウェンディゴ・メナスが、こちらに猛スピードで突っ込んで来るのが見えた――縦半分になった氷の体は、移動中に瞬時に再生していく。


「比奈子を直接狙いに来たのか!」


 奴が接近しながら放った数本の氷槍が飛来する。ノルファと二人で捌いているところに、ウェンディゴ・メナスが狼の顎を開いて襲いかかった。


 その牙を、斗悟は花篝の二刀を具現して受け止める。


「ぐ、おおぉぉおッ‼︎」


 10メートルの巨体が速度を乗せて突撃してきた衝撃は凄まじいものだったが、桜花武装によって強化された斗悟の腕力は辛うじてその牙を受け流した。


 斗悟とノルファが前衛でウェンディゴ・メナスと対峙し、その後ろから比奈子の銃が狙いを付ける。


 建造物を守るためにあの場を離れられないウェンディゴ・メナスには、比奈子の遠距離砲撃が有効と踏んでの作戦だったが……まさか分裂して半身を送り込んで来るとは。


 だが分身の強さは本体には及ばないはずだ。むしろ個々で倒しやすくなった今がチャンスかもしれない――斗悟がそう考えて攻勢に移ろうとした時、ウェンディゴ・メナスの体から凄まじい冷気と大量の雪粒が吹き出した。


「これは……!」


 雪粒は瞬く間に吹雪となり、ウェンディゴ・メナスを中心とした数百メートル圏内を覆う白銀の結界と化す。


 すかさずスキャンを発動するが……やはり、スタースケールの力を以てしてもこの吹雪は見通せない。


 以前の戦闘記録にもあった通り、奴の生み出す吹雪は桜力による探査を阻害する性質を持っているのだ。


 ――そして当然、奴の脅威はそれだけではない。


「みんな気をつけろ! 奴の攻撃はどこからでも――くっ!」


 話している暇もなかった。斗悟の眼前数センチにいきなり氷柱が形成され、危うく斗悟は顔面を貫かれるところだった。


 この雪はただ風に任せて漂っているわけではない。一粒一粒が魔力を帯び、それ自身がウェンディゴ・メナスの操作によって動いているのだ。奴の意思で集結し、殺傷力を得るには十分な大きさの氷塊となって斗悟達を襲ってくる。


 つまり、この吹雪の中にいる限り、常に奴の刃が喉元に突き付けられているも同然だった。


 後方の比奈子達を見る。数多の氷の矢による襲撃を受けていたが、ノルファが全て防御してくれたようだ。


 安心も束の間、左腕から異常な冷気を感じて目を遣ると、服に着いた雪粒が侵食するように服の表面に薄い氷を延ばしていた。


 ――雪の一粒にでも触れたらそこから凍らされるのか……⁉︎


 瞬間的な攻撃力はないが、着実に体力を奪われる。かと言ってこの猛吹雪の中、一粒の雪にも触れないように立ち回ることなど不可能だ。そして動きの鈍ったところで、氷塊やウェンディゴ・メナス自身による直接攻撃が襲ってくる。


 このままではなぶり殺しにされてしまうだろう。


「蓮! 頼む!」


 斗悟の叫びに、蓮は意を決したように頷く。


 蓮の歌が始まった。心地良い旋律とともに、不可視のヴェールが体を包むような感覚があった。ヴェールがもたらす温もりが体を侵食しつつあった氷を溶かし、さらに身体機能まで補強してくれる。歌唱術式が成功したのだ。


 歌唱術式が効果を発揮するためには、聴き手がその歌の意図を理解していなければならない。だから蓮は鞠原に依頼して、治癒と身体強化の効果を底上げする楽曲を作製し、且つ予め斗悟と特務分隊のメンバーに歌い聞かせていた――その歌が治癒と身体強化をもたらすものだと認識させるためだ。


 努力は身を結び、蓮の歌は単純な音声命令(コマンド)だけで発動させていたこれまでと比較して、遥かに高い効力を得られるようになった。


 更に蓮は、今回の任務に当たり身体強化用の楽曲に冷気対策を組み込むアレンジを試みていた。任務を与えられてから出発まで一日もなかったというのに、蓮のアレンジは文句のつけようがないクオリティで、完成した歌には高い防寒効果が付与されていた。


「ありがとう、蓮! おかげでかなり戦いやすくなった!」


 愛理からの通信だ。物理的な距離が離れていようとも、暴風渦巻く吹雪の中であっても、斗悟達にはスタースケールの通信機能を介してクリアな歌声が届く。これは肉声が届く範囲にしか効果が及ばなかったルチア(本家)の歌唱術式と比べても明確な利点だった。


「すまん、愛理。分身の対応でそっちへの援護が難しくなった」

「わかっている。だが……まずいぞ、亀裂の中で何か蠢いている! ()()()に出てきそうだ!」

「なんだと……⁉︎」

「とにかく私は、少しでも亀裂の拡張を遅延できるよう建造物への攻撃を続けてみる! だがウェンディゴ・メナスに妨害されて完全破壊は難しいだろう。悪いが何とか急いでそっちを倒して、援護射撃をくれ!」

「わかった、やってみる! 気をつけろよ!」


 そこで一旦愛理との通話は切れた。


 やってみる、とは言ったものの……現状はあまり芳しくない。蓮のおかげで耐寒防御が厚くなり、少なくとも雪粒が触れた程度でダメージを受けることはなくなったが、未だ斗悟達は廃墟の屋上で吹雪に閉じ込められたまま、一方的に攻撃を受け続けている状態だ。


 相手は四方八方から攻撃し放題だというのに、斗悟達の方は吹雪に紛れるウェンディゴ・メナス分身体の位置を正確に把握できない。蓮のバリアとノルファの迎撃防御で何とか凌いではいるが、時間が経てば経つほど戦況は悪化していく。


 神田の意見を聞きたいところだが、吹雪の影響下で通信できるのは蓮のスタースケールだけらしい。通常の電子機器であるリーフの通信は妨害されていて、神田とは連絡が取れない。


 打開策は自分達で考えるしかないようだ。


「ああもう、何にも見えないから全然狙い付けらんない! ……ごめんね、あたし吹雪()の中だとずっと役立たずだ」


 比奈子が悔しそうに歯噛みする。長射程と攻撃力を併せ持つ彼女は、ウェンディゴ・メナスにとって最も厄介な存在であるに違いない。何とか比奈子の力を活かせる状況を作り出さなければ……。


「会崎くん。何か思いついた?」


 ノルファが尋ねてくる。斗悟の表情の変化を読み取ったのだろう。


「……ああ。でも無茶な作戦だ。特にノルファ、君に負担を強いることになる」


 思いついて、しかしすぐには言えずにいたのはそれが理由だった。だがノルファは首を振る。


「言って。無茶をしなければ勝てない相手なのはわかってるから」

「……ありがとう。みんな聞いてくれ! 一回限りの博打みたいな作戦だけど、うまくいけば奴を倒せるかもしれない……!」

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