信頼の証
「人に聞かれるのが恥ずかしくてこっそり歌の練習してたんだけど、花凛姉にバレちゃってさ。それから花凛姉だけが、あたしのお客さんだった。
花凛姉があたしの歌を好きだって言って、褒めてくれるのが嬉しくて、ずっと歌い続けてた。
でも……花凛姉がいなくなっても、あたしは歌をやめられない。
大好きな花凛姉がいなくなっちゃったのに、呑気に歌なんか歌っていられる自分が嫌だった」
「それは……!」
「いいよ、わかってる。あたしがバカだったんだ。色んなことから目を逸らしてただけだった。
今日だって、『これは歌唱術式っていうイーターとの戦いに役立つ力の特訓だ、だから人類を救う使命のために歌ってるんだ』って思い込もうとしたけど……嘘すぎて全然ダメだ。
単にあたしが歌いたかったら、そして誰かに――あんたに、聴いて欲しかったから、その口実をくれる提案に飛びついただけなんだよ。
思いっきり歌うの気持ち良すぎてさ。もうこれ以上、自分のこと……騙せない」
蓮が体を起こした。潤んだ瞳で斗悟を見つめている。
「あたし、歌が好きだ。
花凛姉たちを助けられなかったこと、悲しくて悔しい。もうあんなことが起きないように、頑張ってイーターと戦わなきゃって思ってるよ。
でも……でも、歌うのはやめられない。生きがいなんだ、あたしの……!」
蓮がずっと認められなかった、認めたくなかったであろう心からの想いが、涙と共に溢れ出した。
「それでも……いいよな?」
「当たり前だろ‼︎」
斗悟は思わず叫んでいた。
「君が歌いたいと思ったら歌えばいい。本当は歌唱術式なんてどうでもいいんだ。戦いに使えるかどうかなんて関係ない。そんなことで君の歌の素晴らしさが変わったりしない!」
「なんだそれ……。あんなに奇行繰り返しながら特訓したのにさ」
蓮は笑って目尻の涙を拭った。
「歌唱術式は、やっぱり使えるようになりたい。でもそれは歌い続けるための口実じゃなくて、もっとみんなの力になりたいからだ。だから、これからも協力してくれよ」
「ああ。もちろんだ」
「……ん。あともう一つ、言わなきゃいけないことがあった」
蓮は斗悟の正面に向き直ると、深々と頭を下げた。
「昨日、酷いこと言ってごめんなさい」
「な……やめてくれ、なんで君が謝るんだ。謝らなきゃいけないのはオレの方だ。事情も知らずに無神経なことを言って――」
斗悟の言葉を遮って蓮は首を振る。
「斗悟は悪くない。あんたに悪気がないことわかってて怒ったあたしが絶対に悪い。それに……正直、痛いところを突かれて八つ当たりしただけだった」
蓮の言う「痛いところ突かれた」の本当の意味が、今の斗悟にはわかる気がした。
「あんたが人の桜花武装を使えるって聞いた時、ホントは怖かったんだ。もしあたしの桜花武装を使えるようになっちゃったら、もうあたしは愛理たちと一緒に戦えなくなるんじゃないかって。だってあたしの能力は隊に2人もいらない。攻撃できないあたしより、あんたが前線にいた方がいいに決まってる。あんたが言ったとおりだ」
「…………」
「あんたがあたしの桜花武装を使えるようにならないのも、多分それが原因だったんだと思う。あたしが心の奥底で、『使えないで欲しい』って願ってたから。その後ろめたい気持ちを見透かされたような気がして、怒って誤魔化した。……ホントにごめん」
「謝らなくていいよ。話してくれて、ありがとう」
蓮の事情を知った今、責める気なんて起こるはずがなかった。むしろ、心の内を正直に話してくれたことがとても嬉しい。
顔を上げた蓮は、まっすぐな目で斗悟を見つめて、彼の方に手を差し出した。
「今はもうそんなこと思ってない。あたしはあんたを信じる」
「……いいのか?」
「うん。あんたがスタースケールを使えるようになった方が、人類にとって良いに決まってるもん。それに……あたしも一緒に戦えるように、歌唱術式をがんばって練習するよ。歌を力に変えられるなら、きっとあたしにしかできないことがあると思うから」
「わかった。蓮、君の力を貸してくれ」
お互いに頷き合って、斗悟は蓮の手を握った。
その瞬間、間違いなく絆の道が通じた感覚がした。
〈祈りを満たす勇気の器〉が発動したのだ。
斗悟は立ち上がり、蓮が桜花武装を展開するときの挙動を模して喉に両手を添えた。
「――"移植"!」
斗悟の叫びと共に、桜色の粒子が首元から同心円状に噴き出し、頭部にヘッドセットとバイザーを形成。そして斗悟を中心に3つの星形結晶が公転を開始した。
それは蓮から斗悟への揺るがぬ信頼の証。
勇者の特権技能によって借り受けた彼女の桜花武装――スタースケールの展開に成功したのだ。
「やった! やったやったぁ!」
蓮は斗悟の両手を取り、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいる。かわいい。
「やったな、斗悟!」
「あ……ああ。ありがとう、蓮」
そこで蓮は自分が結構なはしゃぎ方をしていることに気づいたようだ。慌てて斗悟の手を離して距離を取った。
「ま、まぁ……よかった、じゃん」
「う、うん」
「…………」
「…………」
お互い照れているのが伝わり合って妙な沈黙が流れる。
ふわふわした気まずさに耐えかねたのか、蓮はいささか強引に「す、スタースケールの使い方は」と口火を切った。
「できることいっぱいあるけど、基本は念じるだけでいいんだ。一番使いたいのは、スキャンだっけ?」
「ああ、そうそう。〈絶望の未来を壊す剣〉の発動の助けになるかもしれないからな」
「スキャンの場合は調べたいものに注目して、欲しい情報を念じると見えるようになるぜ」
試しに訓練室の壁をバイザー越しに注視してみると、バイザーの内側に壁の材質や強度といった情報が表示された。
「おお……! 凄いなこれ! 知りたいと思っただけでその情報が見える! どういう仕組みなんだ?」
「いや―……実はあたしにも理屈はよくわかんないんだよな」
「そうなのか? それは不思議な――」
会話のために蓮の方に目を向けて、斗悟は一瞬固まった。スキャンの機能が働いているせいか、視界に入った蓮の身体情報がバイザーに表示されていく。
身長145cm、体重40kg、スリーサイズ――
「⁉︎ おまっ……!」
斗悟の硬直の意味に気づいたのか、蓮が体を隠すように縮こまる。
「ち、違う誤解だ! わざとじゃなくて、その、まだ使い慣れていないから……!」
慌てて弁解するが、これは悪手だった。弁解したことで、蓮は斗悟がやはり言い訳しなければならないものを見ていたのだと確信してしまったのだから。
「あたしの体をスキャンしてんじゃねぇこのド変態野郎ォォオオオーー!」
「グハァアア―――ッ!」
初対面で愛理を抱き締めたときに喰らったよりもさらに強烈な蹴りを受け、斗悟は訓練室の床を無様に転がることとなった。