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歌唱術式

「しっかしルチア、お前のヒーリングソングってホントすげーよな。歌聴くだけで怪我治るし、元気出てくるし」


 ランゲルらしいまっすぐな賛辞に、ルチアは「お褒めいただきどうも」とだけ返す。そっけない返事が照れ隠しであることは、仲間のみんなが承知していた。


「怪我人が大勢いるときとか、一人ずつ治すの大変だし、便利なのよね歌唱術式(コレ)

「まさに聖女って感じの技能(スキル)だ」


 斗悟の言葉に、ルチアは不満気に唇を尖らせた。


「それあんまり嬉しくなーい」

「歌唱術式自体は、聖女特有の技能(スキル)ではありません。ただ、通常の歌唱術式は発動に時間が掛かる上に効果も大したことがないので、あまり実用的ではないんですよ。それをここまで強力な術式として運用できているのは、治癒魔法に高い適性を持つ聖女の血筋と、何よりルチアの驚嘆すべき歌唱力に理由があるのでしょうね」


 ウィラードは魔法の話になると途端に饒舌だ。彼の語る魔法の話は、斗悟にはいつも興味深かった。


「歌唱術式っていうのは、やっぱり歌がうまいほど効果も高いものなのか? ウィラード」

「サンプルが少ないので確定的なことは言えませんが……仮説としてはそれなりに自信があります。これはそもそも『なぜ魔法に詠唱が必要か』という観点から考える必要があり――」

「おーい待て待て、絶対話長くなるヤツじゃねえかそれ。俺にもわかるように言ってくれよ」


 ランゲルに遮られ、ウィラードは小さくため息をついた(後で自分が詳しく聴いてあげようと斗悟は思った)。


「まぁ、簡単に言うと、魔法というのは発動者或いは対象者の認識が効果に少なからず影響を与えるんですよ。人間の身体や精神に直接作用する魔法は特にその傾向が強い。治癒魔法や身体強化魔法は最たるものです。ルチアの心地良い歌声は、対象者の意識により深く魔法効果を浸透させるのでしょう」

「……えーっと、つまり、やっぱ歌がうまいほど良く効くってことで合ってんのか?」

「そうです。仮説ですがね」


 ランゲルの「簡単だったか? 今の」という耳打ちに斗悟は苦笑を返した。



 ――歌唱術式の実演のため、蓮の前で拙い歌を披露しながら、斗悟はロイラームでの旅の一幕を思い出していた。


 蓮の歌声を知った翌日。斗悟と蓮は歌唱術式の可能性を試すべく、訓練用の一室を貸し切って特訓を始めたところである。


「……ど、どうだ? 蓮」

「んー……なんか強くなった気はするけど」


 蓮は握力計を握って数値を確認する。


「2.2倍くらいになってる」

「ただの身体強化魔法とあんまり変わらないな……」


 ロイラームでよくお世話になっていた、身体能力をおよそ2倍に高めてくれる強化魔法。それを歌唱術式で底上げしてみたのだが、魔法効果の上昇幅はせいぜい1割くらいだった。斗悟の歌唱力ではこれが限界らしい。


「だが、オレの歌でも効果があることはわかっただろう? 君の歌ならきっと、もの凄い威力を発揮するはずだ」

「ホントにできんのかなぁ……? 今まで歌いながら桜花武装使ったことないんだけど」

「できるさ。君の桜花武装(スタースケール)は、あらゆる支援能力を持っている上に今も成長途中だ。君が最も得意な『歌』を支援に活用する戦法と、相性が悪いわけがない」

「……まぁ、じゃあ、試してみるけど。で、具体的にどうすればいいんだよ?」

「そうだな。まずはオレに子守唄を歌ってくれ」

「お前ふざけてんのか?」

「いや待て違う、ふざけてるわけじゃない。……歌唱術式というのは、聴き手の認識によって効果が増減するのが最大の特徴なんだ。異世界の仲間が得意だった治癒の歌は、旋律や歌詞の意味から、それが()()()()()()()()()()()()()だと誰もが理解できるものだった。『何のための歌か』が聴き手によくわかるほど効果を発揮しやすいということだ」

「…………で?」

「そういう意味では、子守唄ほど聴き手に目的が伝わりやすい歌もないだろう? 『これはあなたに眠ってもらうための歌です』と歌詞で説明しているんだから」

「……要するに、あたしの子守唄であんたが眠ったら、その歌唱術式ってヤツ? が成立してるって考えられるってこと?」

「そういうことだ」

「理屈はわからなくもないけど……。えぇー……マジでやるの……?」


 蓮が渋る気持ちもわかる。同年代の異性にガチ子守唄を歌って聴かせるなんて、普通に考えれば恥ずかしいだろう。だが――。


「わかってくれ、蓮。これは大切なことなんだ。恥ずかしがってる場合じゃない」

「いやお前の方が恥ずかしくないのかよ。これから赤ちゃんみたいに寝かしつけられるかもしれないってのに」

「覚悟の上だ」

「そ、そう……。わかったよ、やればいいんだろやれば。――"移植(グラフト)"ォ!」


 蓮が喉を押さえて吠えると、バイザーとヘッドセットが出現し、更に彼女を中心に3つの小惑星が公転軌道を描き始める――相変わらず神秘的な桜花武装だ。


 蓮が深呼吸をした。来る。彼女の本気の子守唄は果たしてどれほどのものか。期待はしているが、しかし斗悟は絶対に眠らないという気概で臨んでいた。歌唱術式の発動有無を判定するには、その子守唄が抗いがたい誘眠力を発揮しているかどうかが重要だからだ。手加減するつもりは一切ない。


 ――さぁ、来るがいい!



「ね〜むれ〜♪ ね〜む「スヤァ……」

「早ぁーーーっ⁉︎ いやちょっと待て起きろオイ! 寝るの早すぎだろ!」

「……え……蓮……? まさかオレは……眠っていたのか……?」

「気づいてすらいねーのかよ!」


 …………信じられない。子守唄が聞こえてきた気がしたと思ったら、もう意識が飛んでいた。


 意志の力で抗うことなど絶対に不可能。この強制力――これは最早、睡眠ではなく昏倒だ。


「凄いぞ蓮……! これは紛れもなく歌唱術式だ!」

「ホントにぃ?」

「おいおい蓮、今の見ていただろう? 聞いた人間を即座に昏倒させる子守唄なんて、超常の力が働いたとしか考えられないじゃないか」

「いや、でもさ……そういう特別な力とかじゃなく、単にお前の寝付きが異様に良いだけの可能性もなくはないじゃん」

「じゃあ、一度桜花武装を解除して子守唄を歌ってくれ。それでオレが眠らなかったら、さっきのは君の歌が桜花武装によって擬似的な歌唱術式として機能したからこそだ、という証明になるはずだ」

「わかった。……いくぞ」


 蓮は桜花武装を解除して息を吸い込んだ。


 全く、蓮はなかなか疑り深い。いくら蓮の子守唄が天上の安らぎを与えてくれる歌声だとしても、術式の力なしであんなに早く眠りに落ちるわけないじゃないか。こんなテスト、やる前から結果が分かりきって――


「ね〜むれ〜♪ ね〜むれ〜♪ は〜は〜の〜「スヤァ……」

「いや変わんねーじゃねーかさっきとよォ‼︎ オイ起きろォ‼︎」

「……え……蓮……? まさかオレは……眠っていたのか……?」

「うるせぇやめろその顔! 今のお前にシリアスな表情をする資格はねぇ!」

「どういうことなんだこれは……? ほ、本当にオレはさっきと同じように眠ってしまったのか?」

「そーだよ。まあ、寝るまでの時間が2秒くらいは延びてたけど」


 2秒……。その程度の差では、歌唱術式の効果なのか誤差なのか判別がつかない。


「なんてことだ。素の状態でも蓮の子守唄の誘眠力が高すぎて、歌唱術式が発動しているかどうかの判断材料にできない……! くそっ! 蓮の歌がうますぎるばっかりに!」 

「……………………つーかさ」


 照れているのが手に取るようにわかる長い無言を挟んでから、蓮が言う。


「もっとこう、一目で普通じゃないってわかる変化が起こるかどうかを試した方がいいんじゃねーの? 怪我治る、みたいな」

「確かにその方がわかりやすいか。……よし」


 斗悟は指の先端あたりを噛み切って傷を作ろうとしたが、蓮が手を掴んで止めた。


「たがらってわざわざ怪我作ろうとすんなよ、痛いだろ。他のアイデアないの?」

「……って言われてもな。聞いた相手に『一目で普通じゃないとわかる変化』を引き起こす歌なんてそうそうないぞ」

「怖えよそんな歌……」

「あっ、そういえば昔のアニメの主題歌に『飛ばせ鉄拳ロケッ◯パンチ』っていう歌詞があったな。これを試してみるのはどうだ?」

「そりゃお前の腕が飛んでったらヤバいのは一目瞭然だけど、成功した場合に取り返しがつくのかそれ?」


 つかないかもしれない。腕が戻って来なかったらどうしよう。


 ……結局。


 良い方法が思いつかなかった二人は、とにかく蓮が桜花武装を展開したまま色々な歌をたくさん歌って、それが斗悟の心身にどう作用するかを試してみることにした。


 以下抜粋。 


 

「ああ……風に! オレは今、風になっている!」

「なってない。なりたくなってるだけ」


「必殺技を叫ぶタイプのアニソンを歌ってくれたら、その技を使えるようになるんじゃないか?」

「ヤダ」


「波ァ――――ッ‼︎」

「何も出てねえよやっぱ使えねーじゃねーか! 無駄に恥ずかしいことさせやがってよぉ!」


「ひ……ヒマワリのタネを……ヒマワリのタネをくれぇ……! 大好きなんだ……頼むっ……!」

「あの歌でそうなるのはおかしいだろ!」


「ふむ。やっぱり外国語の歌だとオレには意味がわからないから、歌唱術式の効果は発動しないみたいだな」

「……え? じゃあお前今なんで泣いてるの? 歌の意味わかんなかったんだろ?」

「ああ、これは君の歌声が美しすぎて、普通に泣いているだけだよ」

「普通に泣くな」


 ――数時間後。


「もう……流石に歌い疲れた……喉が……」

「そうだな。無理は良くないし、今日はこれくらいにしよう」

「なんでお前はそんなに元気なんだよ……。情緒壊れちゃったんじゃねーかって心配になるくらい、一曲ごとにテンション乱高下して大騒ぎしてたのに」

「きっといくつかの歌に体力を回復する効果があったんだ。やっぱり歌唱術式は発動していたんだよ」

「実感湧かねぇー。あたしには、歌う度にあんたがオーバーリアクション取ってるようにしか見えなかった」

「いや、オレは決してふざけていたわけじゃ……」

 余程疲れたのか、蓮は訓練室の床の上で大の字になった。そして込み上げてきたように笑い出す。

「なんか、わけわかんねー時間だったけど……久々に、楽しかったな」

「……………蓮」

「なぁ、斗悟。花凛(ねえ)のこと、知ってるんだろ?」


 天井を見たまま問い掛ける蓮に、斗悟は「ああ」と短く答えた。


 少しの沈黙。やがて蓮は、降り始めた雨のように、ぽつぽつと話し出した。

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