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蓮の歌

「ここ……か?」


 神田に教えてもらったとおり地下2階に来てみたものの、似たような部屋がいくつかあって、どこに蓮がいるのか判別がつかない。仕方なく片っ端から鍵を挿し入れていくと、3つ目の部屋で鍵が合った。


 いきなり入るのは気が引けて、何度かノックをしてみたが反応がない。おそるおそるドアを開けると、部屋の奥にヘッドホンを付けた蓮の姿があった。


 部屋の大きさは(斗悟の時代の)一般的な学校の教室ほど。電灯が蓮の周りしか点いていなくて薄暗いが、そこら中に古びた机や椅子が乱雑に置かれているのが見える。不要品置き場にでもなっているのだろうか。


 入り口から蓮の位置まではそこそこ距離があり、蓮は音楽に集中するためか目を閉じているので、斗悟が入ってきたことには気づいていないようだった。


 どう声を掛けたものか迷って、なんとなく音を立てないように近づいていると、蓮の足がリズムを刻み出し、大きく息を吸い込む音がした。



 そして。



「――――――――⁉︎」



 瞬間、斗悟は、放課後に桜夜と二人で歩いた夏の帰り道を幻視した。


 ――ね、これいい曲じゃない? 私好きなんだ〜。


 ――でしょ? ふふふ。斗悟もそうだと思った!


 鮮やかな青一色の空。深い緑の香り。


 眩い太陽の光を浴びて一層輝く桜夜の笑顔。


 蝉の声に片耳を塞ぎ、二人で一つのイヤホンを繋いで聴いた歌。

 

 蓮が歌い出したのはその曲だった。


 タイトルは、そう――『星の音階』。


 歌を聴いているだけのはずだ。それも演奏すらない、アカペラの蓮の歌声だけを。


 それなのに、まるで想い出の瞬間に時を戻されたようだった。


 たった一年ほど前のことなのに、斗悟を取り巻く状況はあまりにも変わってしまった。もう二度とあの頃に戻ることはできない。


 湧き上がる懐かしさと喪失感の奔流は体の内に収まり切らず、涙となって溢れ出してくる。


 歌い終わった蓮がヘッドホンを外し、ゆっくり目を開けた。と同時に、


「…………え? っうおわあぁぁああ⁉︎」


 薄闇の中で滂沱の涙を流す斗悟に気付いて絶叫した。


「なっ……お、お前なんでここに⁉︎ 何泣いてんだよ⁉︎」

「…………っ…………、ぅ…………、…………!」

「なんか言えよ‼︎」


 無言で泣き続けられては蓮も困惑しかなかっただろうが、斗悟は斗悟で感情の制御が効かない状態だった。なにか言おうとしても声が出ない。


「お、おい……斗悟? 大丈夫か? なんかあったのか?」


 ただならぬ斗悟の様子に、驚きよりも心配が勝ってきたらしい。こちらを覗き込む蓮の不安気な表情を見て、ようやく斗悟も落ち着きを取り戻した。


「いや……ごめん、ちょっと幻覚が見えただけだ。もう大丈夫」

「ホントに大丈夫かそれ⁉︎」

「あまりに懐かしい歌だったからさ。どうしてこの曲……『星の音階』を?」


 斗悟にとっては最新の流行曲でも、この時代から見れば100年も昔の話。それをなぜ蓮が歌っていたのか気になった。


「え? それは……あ、あたしも好きな歌だし。それに、イーターが現れてから新しい曲ってあんまりないから」


 確かに言われてみれば、イーターの出現以降、娯楽や芸術に割けるリソースは激減しただろう。100年の時が隔たれていても、その間隙を埋める数の新譜は生まれていないということか。


「――凄いな。蓮の歌は。魂が揺さぶられるようだった」

「……そ、そう」

「本当に凄い。こんなにも心に響く歌声なんて、天才としか思えない」

「…………う…………」

「凄すぎて讃える言葉が思いつかないよ。オレ一人で聴くにはあまりにももったいない。これほどの才能が埋もれたままだなんて、人類にとっての損失と言っても差し支えな――」

「だあああああもーうっせえなぁ! 適当なことばっか言いやがって!」

「……適当なんかじゃない。本心からそう思ったんだ」


 思い出による補正を抜きにしても、蓮の歌声には尋常ならざる迫力があった。


 斗悟の眼差しから真剣さが伝わったらしく、蓮の顔がみるみる真っ赤になっていく。やがて根負けしたように目を逸らし、「大体、なんでお前がここにいるんだよ」と小さく言った。


「神田司令官に無理を言って教えてもらった。勝手に入ってきてすまない」

「司令が……?」


 そう呟き、蓮は怒るに怒れないといった表情になる。


「君の過去のことも、鞠原さんから聞いた」

「……なんだよ。勝手に人のこと嗅ぎ回りやがって」

「ごめん」

「…………」

「蓮。どうして歌のことをみんなに隠しているのか、教えてくれないか?」


 聞けばまた怒らせてしまうかもしれない。だが、ここで踏み込まなければ、神田に鍵を託してもらった意味がない。


「……言えねーよ。歌なんてイーターとの戦いで何の役にも立たないのに、そんな無意味なもんに時間を割いてるなんて言えるかよ。あたしが一番弱いのに……一番、頑張らなきゃいけないのに」

「君が自分の好きなことのために使う時間を、愛理や比奈子やノルファ達が、責めると思うか?」

「うるっせーな! わかってるよ!」


 蓮は目を剥いたが、すぐに俯いて唇を噛んだ。


「わざわざ言われなくても、わかってるよ。みんなそんなことで責めたりしない。あたしが勝手に引け目感じてるだけ。……歌うのやめられないくせに、堂々と歌うこともできない。中途半端でどうしようもないヤツだってことぐらい、あたしが一番わかってんだよ……!」

「……蓮……」


 蓮の瞳が涙に滲む。斗悟は彼女にかける言葉を必死に探していた。


 蓮は花凛たちを助けられなかった罪悪感を埋めるために、桜花戦士としての使命に没頭しようとしている。だがそれでも、他の全てを犠牲にしても歌だけは、歌うことだけは止められなかった。彼女が歌に懸ける想いはそれほど強い。それゆえの――あの凄まじい歌唱力なのだろう。


 贖罪の使命感と歌への強い情動。相反する二つの想いに締め付けられて蓮は苦しんでいる。


 ……どうすれば彼女を、この緊縛にも似た苦境から救ってやれる?


 歌なんて無意味だと、蓮は言った。イーターとの戦いには役立たないから、と。


 だが斗悟には、意味が無いとは思えない。蓮の歌には、人の心を動かすとてつもない力がある。たとえ戦いには役立たなくとも――……。


 いや。


「そうだ……」


 ある。あるじゃないか。


 ()()()()()()()()()()()()()


「あるぞ、蓮!」


 閃きを得た興奮に、思わず蓮の両肩を掴む。


「うおぁあっ⁉︎ な、何? 何が⁉︎」

「あるんだよ、君の歌だからこそみんなの助けになれる方法が」


 それは、異世界の聖女ルチアが得意とした、詠唱を旋律に乗せ歌唱力によって効果を高める術式。


「――()()()()()!」

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