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呪縛

「あー……斗悟くん、それはピンポイントで地雷踏んじゃったかもね……。だけどそうか……蓮がそんなに怒るなんてねぇ」


 斗悟から相談を受けた鞠原は、苦笑してそう言った。


「詳しく教えてもらえませんか」

「蓮のプライベートな部分に関わることだから、あんまり言うべきじゃないんだろうけど……まぁでも、状況を聞くに、あの子自身から聞き出すのはもう無理そうだしね。私が知ってる限りのことを話すよ。ただし、聞くからにはこの情報を信頼関係の構築に役立てることを約束してくれ。興味本位ってのはナシだよ」


 当然だ。斗悟は頷いた。


 鞠原は手にしていた合成コーヒーのカップを机に置くと、思案げに腕を組んだ。


「さて……。これを話すには前提として、桜花戦士が選定される仕組みを知っててもらわなきゃいけないな。知ってる?」

「ざっくりとですが。桜都に生まれた女の子は全員10歳で適合検査を受けて、その結果適合率が高かった者が桜花戦士に任命されると」

「そう。適合率40%以上で個別の桜花武装が与えられ、適性に応じた部隊に配属される。……ちなみに、40%以上の適合者は1万人に1人くらいしかいないんだ。桜都の総人口が約200万人、女性は半分、その1万分の1。たった100人ほどの桜花部隊員(少女たち)に、人類全ての命運がかかってるんだよ」

「……」


 具体的な数字を認識すると、改めて蓮たちの背負わされる命の重さに歯噛みしたくなる。


「しかし40%未満の適合率が無意味というわけでもない。20%を超えていれば、イーターと戦えるほどではなくとも、ある程度の桜力を扱うことはできるからね。そういう子たちは補助部隊員として、主に桜都を覆う対イーター結界の維持と補強の任を負うことになるんだ。そして、蓮は元々そこの所属だった」

「そうなんですか? でも、確か適合率が後から変化することはほとんどないって……」


 適合率が「才能」と称されるのもそれゆえだ。本人の努力ではどうにもならない、生まれついての能力差。


「普通はそうなんだけどね。蓮は違った。あの子は後天的に10%以上適合率を上昇させて、補助部隊員から正式な桜花部隊員に格上げになった唯一の例外なんだ」


 そんな話、蓮は一度もしなかった。驚く斗悟に鞠原は続ける。


「適合率を決めるメカニズムは未だ完全には解明されていないけど、『人格』は重要な要素の一つだと考えられている。傾向として、正義感や責任感、協調性•共感性に満ち、平時は温和でありながら非常時には強い覚悟と自己犠牲心を見せる、みたいな――なんていうかこう、『いい子』ほど適合率は高くなりやすい」


 列挙された特徴は、まさに斗悟が愛理から感じていた印象そのままだ。彼女が歴代最高の適合者というのも頷ける。


 同時に、『いい子』という表現が、それを自虐的に用いたノルファの台詞を思い出させた。


 ――私は『いい子』じゃないから。


 あれは単に「だから斗悟と信頼関係が築けない」という文脈を導くためのものだ思っていたが……。


「そういう意味では蓮も間違いなく『いい子』だよ。でも昔のあの子には、桜花戦士として戦うには()()()()が決定的に欠けていた。『闘争心』だ。心根が優しすぎて、たとえ人喰いの化物相手だろうと自分が攻撃するイメージを持てなかったんだろうね。10歳の適合検査ではギリギリ40%に達しなかった……けど、当時はそれを悲観してたわけじゃなかったと思うよ」


 話しながら鞠原が自身の端末を操作すると、斗悟の目の前の空間に立体写真が投影された。2人の少女が並んだ写真だ。


 照れたように笑う左側の少女は、数年前の蓮だろう。髪が長く、表情や仕草から今より随分大人しそうな印象を受ける。その右隣には、豪快な笑顔で蓮の肩に腕を回す短髪長身の少女が。初めて見る顔だ。


「この子は森里花凛(もりさとかりん)。蓮とは同じエリアの正規隊員と補助部隊員の関係でね。蓮が結界の維持を、花凛が外周地域のパトロールを担当していたんだ。花凛はこの写真から伝わるイメージどおり、姉御肌で面倒見が良かったから、蓮のことをとても可愛がって……非番のときはしょっちゅう連れ回して一緒に遊んでいたよ。本当に姉妹のようだった」


 鞠原は懐かしむように目を細めて写真を見る。斗悟は何も言えなかった。

 彼女が花凛を語る言葉が全て過去形だったから。


「あれは事故だった。誰の責任でもない。天候を操り吹雪を起こすほどの力を持ったイーターの出現なんて、予見できるはずがない」


 桜都を守る結界はイーターの侵入を阻むと同時に、イーターの接近を知らせるレーダーの役割も担っている。補助部隊員は結界の維持と合わせて、このレーダー機能による結界周囲の探査も行っているのだが、探査範囲にイーターを発見した場合はエリア担当の正規隊員が討伐に向かうこととなっていた。


「あの日発見されたイーターの異常に、蓮だけが気づいていたんだ。珍しくあの子が花凛に意見して、討伐部隊の増援要請が許可されるまで待機するように訴えた。だが増援を待っていては結界が破られる恐れもあった……だから花凛は早期出動を提案し、司令部もそれを承認した。不安そうな蓮に『心配するな』と笑いかけて出発した姿が、花凛を見た最後になってしまった」


 常軌を逸した特異個体の強さに、花凛以外の討伐部隊3名が相次いで殉職した。それだけの犠牲を払ってようやく撃退まで追い込んだものの、花凛はその勝利に納得しなかった。


「人一倍情に厚い子だったから、仲間を殺したイーターの撤退を許せなかったんだろう。花凛は必ず自分がとどめを刺すと言って譲らなかった。蓮を含め皆が通信で必死に引き止めたが、聞き入れてはもらえなかったよ。彼女はイーターを追って一人、レーダーの捕捉圏外に出てしまったんだ」


 すぐに救援部隊が編成されたが、特異個体が生み出した吹雪が捜索の手を阻んだ。


「ヤツが生み出していたのはただの吹雪ではなくて、桜力による探査を阻害する性質を持っていたんだ。蓮は当時から既に、正規隊員を上回るほどの探査能力を持っていたから、自分も救援部隊に加えて欲しいと進言した。だが、桜花武装を持たない補助部隊員を結界外に同行させることは許されなかった。……三日後、結局我々は花凛を見つけることができないまま、自動遺還(いかん)によって彼女の死を知った」

「自動……イカン?」

「桜花武装を持つ者が亡くなった時、遺体がどこにあっても、桜花武装の元となる桜力の塊――『枝』は自動的に神樹へと還ってくるんだ。これを自動遺還現象と呼んでいる」


 神樹……『救世の聖女』が遺したという彼女の力の結晶のことだ。まるで巨大な樹木のような形態であることからそう呼ばれているのだという。


 適合率の高い少女は神樹から桜花武装を授けられ、引退もしくは死を以てその力を神樹へと返還する……。


「さっきも言ったけど、あれは事故だった。……だけど蓮はそう思えなかったんだろう。花凛たちの死を、『自分に力がなかったからだ』と考えるようになってしまった」

「そんな……」

「もっと私たちを……大人を責めても良かったのにね。それから明らかに蓮の雰囲気が変わったよ。口調や態度が花凛に似てきた。以前は引っ込み思案でおとなしい子だったのに、まるで花凛を真似ることで、自分に足りなかった適合者としての資質を補おうとしているみたいだった」


 蓮に足りていなかった資質。


 イーターを倒すべき敵とみなして立ち向かう――闘争心。


 だが、それでも彼女の桜花武装は……。


「再検査の結果、蓮の適合率は50%を超えていた。短期間で10%以上の適合率上昇など前代未聞だ。そして覚醒した桜花武装は、『攻撃能力を持たない代わりにあらゆる支援機能を備える』という他に類を見ない固有能力を持っていた――ある意味で歪とも取れるあの能力は、元来戦うことが嫌いなあの子が、それでも仲間を守るために戦場に出ようと足掻いた葛藤の証なのかも知れない」


 鞠原はすっかり冷めてしまった合成コーヒーを一口啜った。


「これが蓮の事情だ。あの子が君に怒った理由、何となく想像つくだろう?」

「……はい」


 自分のせいで花凛を助けられなかったと思い詰めた蓮は、人格を変えるほどの覚悟で桜花武装を手に入れた。それは、「大切な人が危険な目に遭っている時に安全圏で待っているだけなんて耐えられない」という、痛々しいほど強い想いによるものだ。


「『前線に出なくてもいい』なんて提案は……それ自体が、蓮の覚悟を踏み躙るものでしかなかったんですね」


 ルチアのことがあったから、斗悟は(はな)から蓮も本心では戦いたくないものだと決めつけてしまった――その推測自体は間違っていなかったかも知れないが、しかし蓮はそれを上回る決意で桜花武装を獲得し、仲間と共に戦うことを選んだのだ。


「オレの思慮が足りませんでした。無神経なことを言って蓮を傷つけてしまった」

「いやいや、別にそこまで落ち込む必要はないよ。君が悪いわけじゃないし」

「だけど……」

「実際、戦略的に見れば君の提案は有効だしね。蓮の支援能力は飛び抜けている上に、今もまだ成長を続けている。反面、自衛能力はそれほど高くない。今は替えがきかないから前線に出てもらっているけど、本当は後方支援に回ってもらった方がいいんだ。……あの子も頭ではわかっていると思うんだけどね」


 斗悟はハッとした。もしかしたら、それこそが、〈祈りを満たす勇気の器インフィニティ・ブレイヴァー〉の発動を妨げている要因ではないか。


 だが――だとすれば、一体どうやって解決できる?


 俯く斗悟を、鞠原が微笑みながら見つめていた。


「な、なんですか?」

「実は、蓮がそんなに怒ったというのが、私には意外だったんだ。相手が厚意で提案したことに感情を爆発させるなんて……普段のあの子なら、その前に踏みとどまれるはずだ。それができなかったのは、ブレーキが間に合わないくらい、君との距離が縮まっていたからなんじゃないかな。あの子、私や桜花部隊の仲間達には気を遣っちゃってるからさ。ひょっとしたら君は今、あの子が素直に怒れる唯一の相手なのかもしれない」

「……そうなんでしょうか」

「尤も、だからこそ油断は禁物だよ。君は蓮の心の扉を叩いた。開けてもらえるか締め出されてしまうか、ここが正念場だ」

「でも……一体どうすればいいのか、今のオレにはわかりません」

「ふむ。そうだね。悩むなら彼に相談してみたら」


 少しからかうような響きで告げられたその名に、斗悟は頬が引き攣るのを感じた。

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