適合率
「……移植」
武装展開の言葉と同時に、ノルファの両手首から鎖状の桜花武装『ソーンカフス』が顕現する。
すかさず斗悟も愛理から借り受けた桜花武装で応戦するが――
「速い……!」
桜花武装は、イーターに対する特効・装備者の身体能力向上という共通の機能に加え、それぞれが固有の特性を秘めている。
『花篝』の名を冠する愛理の桜花武装は、左右一対の刀と翼を形成し、装備者に空間法則を無視した圧倒的な機動力を付与する力を持つ。重力・慣性・空気抵抗といったあらゆる物理的な制約から解放され、自身の思うがままに縦横無尽の躍動が可能となるのだ。
だが、その力を用いてもなお、ノルファの猛攻を凌ぐことは容易ではなかった。
先端に刃の付いた8本の鎖が、音を裂くほどの速度で次々に襲い来る。しかも単に速いだけではなく、1本1本がまるでそれぞれに意思を持っているかの如き精密な動き――ノルファの思考を神経レベルで操作に反映できるソーンカフスの特性だ。
……しかし、いくらなんでもこれは、
「強すぎるだろ……!」
斗悟の剣術は我流だが、ロイラームで多くの魔物を倒してきた実戦的なものであるはずだ。さらに花篝の立体的な機動を組み合わせて打ち込んでいるというのに、全く攻め切ることができない。
仮に斗悟が「意のままに動く8本の鎖刃」を与えられたところで、制御しきれずに持て余してしまうだろう。元々人間の脳には4本の手足を動かすための機能しか備わっていないのだから。外付けされた8本の鎖を完璧に支配できているのは、ノルファ自身の卓越した技量がゆえだ。
「ぐっ……おおおおお!」
このままでは埒があかないと判断し、斗悟は多少の被弾を覚悟の上で強引に突進した。鎖の防御を力尽くで破ると、ノルファ本人のもとへ肉薄するが――
「甘い」
冷たい一言と共に、ノルファの両の手錠からそれぞれ一本ずつ新たな鎖刃が飛び出して、斗悟の両腕を絡め取った。そして体勢を崩したところで他の鎖に足を取られ、前のめりに転倒してしまう。
「そこまで!」
起き上がろうとした首元に刃を突きつけられ、指導官が模擬戦終了の合図を飛ばした。
「8本が限度じゃ……なかったのか……」
「そう思ってもらえるように隠してた」
言いながら差し伸べてくれたノルファの手を取る。彼女の腕と鎖のアシストで、斗悟は驚くほど軽々起き上がることができた。
「まいったよ。君は本当に強いな」
「そうだろ? ノルファの戦闘センスは天才的だからな。私でも敵わないくらいなんだ」
なぜか愛理が得意気に頷いているが、当のノルファは至ってクールだった。
「だけど私は適合率が低いから、イーターに対する攻撃力が低い。できるのは時間稼ぎくらい」
適合率というのは、わかりやすく言えば「桜花武装の性能を引き出す才能」のようなものらしい。つまり高ければ高いほど強い。特にその強弱の差は、イーターへの攻撃力に顕著に現れる。
イーターには実体がなく、この世界の物質に憑依して操る能力を持っているのだという。だから通常兵器で攻撃しても依代が壊れるだけで、イーターそのものを捉えることができない。だが唯一、桜力による攻撃だけは、イーターの本体に対してダメージを与えることができるそうだ……感覚的には「除霊」に近いと斗悟は思った。
そして、適合率が高い桜花戦士の攻撃は、比例してイーター本体に対する効果が高い。歴代最高の適合率を誇る愛理の花篝なら、並のイーターは刃に触れただけで消滅する。逆に適合率が低いノルファのソーンカフスでは、イーター本体へのダメージの通りが悪く、倒すのに何度も攻撃を与えなければならないらしい。
「それでも充分凄いよ。君の守りのおかげで後衛が安全に攻撃することができるんだから」
「ノルファと白兵戦でこれだけ打ち合えるあなたも大したものよ」
模擬戦を取り仕切っていた東條教官が凛とした声で斗悟を褒め、飲み物をくれた。
東條翼教官は、引退した元桜花戦士――つまり、愛理たちの先輩に当たる。現役当時は全桜花戦士中トップの適合率を誇り(現在は愛理に次ぐ歴代2位となった)、多くの功績を残した伝説的な人物だ。といってもまだ20代後半で、過去の偉人のように語るには若々しすぎるのだが。
桜花武装は20歳を越えると急激にその能力が失われ、引退を余儀なくされてしまうらしい。東條教官は前線を退いた後も、その戦闘経験を活かし、後輩の訓練や指導に尽力してくれている。
「あなたが異世界から来たという話は正直半信半疑だけど、実践経験が豊富なのは本当みたいね」
「わかるんですか?」
「なんとなく。模擬戦ということを差し引いても、あなたの戦い方は『試合』じゃなくて『実際の戦闘』に根付いたものに感じたから」
まあ、その実戦経験をもってしてもノルファには敵わなかったわけだが。
「会崎くん。私の桜花武装は使えそう?」
ノルファに問われ、試してみるが、
「……いや。ダメだな。ごめん」
やはり〈祈りを満たす勇気の器〉は発動しない。ノルファからの信頼がまだ足りていないのだ。
「そう。やっぱり。気にしないで」
その言葉の意図を測りかね、斗悟が数秒の間返答を考えていると、ノルファは「多分これからも私の桜花武装が使えるようにはならないと思うけど、あなたのせいじゃない」と続けた。
「それは、どういう……」
「私は『いい子』じゃないから。……それに、仮に使えたとしても、私の桜花武装は制御が難しいし、攻撃力も低いからあんまり役に立たないと思う」
取ってつけたような後半の台詞に詮索を拒む意図を感じ、斗悟はそれ以上踏み込むことができなかった。