勇者トウゴ最後の戦い
「やったか!?」
「いや……まだだ!」
勇者と仲間たちの連携攻撃がついに暗黒魔法を打ち破り、魔王の体が爆散する。だが勇者――斗悟は気づいていた。戦いはまだ終わっていない。
「みんな、上を見ろ!」
激闘によって吹き飛んだ魔王城の天井、その先に広がる青空が、水面に墨を注いだがごとく漆黒へと染まっていく。
魔王の肉体を構成していた膨大な魔力が、再び実体化しようとしている――いや、それだけではない。世界中の至る所から、闇の魔力が立ち昇り、魔王城の上空に集まっていた。
「支配下にある全ての魔物から魔力を吸収しているのか!」
「しぶてえな、くそっ!」
戦士ランゲルが舌打ちをするが、しかし魔法使いウィラードは「むしろ好都合です」と冷静に告げる。
「魔王軍の魔物の大半は、魔力によって姿を変えられた『元人間』だ。その魔力を魔王が吸い上げたのだとすれば、彼らは人間に戻ります」
「そりゃいいぜ。じゃあ後は、膨らんじまったあの魔王サマさえ倒せば万事解決ってことだな!」
「世界中の魔物をまとめて相手にするようなもんなのに、よくそんな楽観的でいられるわね。まあでも、やるしかないか……!」
好戦的な笑みを浮かべて戦斧を振りかぶるランゲルに呆れつつ、聖女ルチアも覚悟を決めた表情で聖杖を構える。
空を染めた闇の魔力は、やがて収束し、巨大で禍々しい黒竜の姿を生み出した。凄まじい咆哮が大気を揺らし、膨大な魔力の余波が勇者達を震撼させる。
「これは……最早魔力の総量を推し量ることすらできませんね……」
「だからって負けられないわよ!」
「ああ。やるぞみんな、これが最後の戦いだ!」
斗悟は勇者の剣を頭上に掲げて叫んだ。
「オレたちに想いを託してくれた全ての人々よ……! 力を貸してくれ!」
勇者として現世から異世界ロイラームに召喚された少年、会崎斗悟には、魔王を倒し世界を救う使命のため、女神より2つの特権技能が与えられている。
その一つが〈祈りを満たす勇気の器〉――信頼を得た者から魔力と技能を借り受け、一時的に自身を強化する能力だ。
魔王城に辿り着くまでの長い旅路の中、多くの人々を助け、信頼を勝ち得てきた。その足跡が今、斗悟に無限の力を与えてくれる。
「火炎が来ます! 防御を!」
魔力の流れから予兆を感じたのだろう。ウィラードによる警告の直後、魔王黒竜が吐き出した灼熱の奔流が斗悟達を襲う。しかし間一髪、ルチアの展開した球状のバリアが炎を受け流し、一行を守った。
「ふんぐぐぐぐぐ……! きっついコレ! こんなの保たないわよ⁉︎」
「もう少し耐えてください! この攻撃の切れ目がチャンスです。これほどの魔力放出……いくら魔王といえど終わり際には一瞬の隙が生じるはず」
「そんなこと言われても……いつ終わるって……くっ!」
「頑張れルチア! オレも手伝う!」
破られかけたルチアのバリアを斗悟が補強し、辛うじて持ち直した。〈祈りを満たす勇気の器〉の効果により、本来なら聖女であるルチア専用の技能であっても、今の斗悟には使いこなすことができる。
そして、反撃の時が訪れた。
「今です! トウゴ、ランゲル、魔王のもとへ!」
魔王黒竜が火炎を吐き尽くした僅かな攻撃の隙間に、ウィラードの疾風魔法が斗悟とランゲルの体を包み、魔王黒竜の喉元へと弾丸のように射出した。急接近する斗悟達に対し、魔王黒竜は巨大で鋭い爪を振りかざして迎撃するが――
「おらああああああああああッ!!」
裂帛の気合と共に、ランゲルが渾身の力で戦斧を振り抜いた。躍動する獣人の血が、魔王黒竜の爪を腕ごと斬り飛ばす。
「行けトウゴォ! とどめは任せたぜぇ!」
「ありがとうランゲル……みんな……!」
魔王黒竜の急所へと辿り着いた斗悟が、最後の一撃を構えた。勇者の剣に眩い光が満ちていく。
「魔王! お前の、絶望の未来を、今ここで断つ!」
女神より与えられた斗悟の特権技能、その二つ目は、因果を破壊する剣。望まぬ未来を覆し希望を切り開く勇者の証。
その名は――
「〈絶望の未来を壊す剣〉!!」
斗悟の一閃が魔王黒竜を貫く。衝撃波が環状に広がり、瞬く間に暗雲を吹き飛ばした。
訪れる静寂。
やがて魔王黒竜の体に無数の亀裂が走り、破片が零れるように崩れ始めた。零れた端から光の粒となって消えゆくその中に、微かに少年の姿が揺らいだ気がして、
「じゃあな。……今度は、向こうの世界でまた会おう」
斗悟はそう呟いていた。