外伝 式彩の4年
◆神々の最期
「我の身が、崩壊していく。」
天照は、呟いた。読月と佐須の「姉上!」という声を聞きながら、こう心で願いを唱えた。
「八大蛇は、これからも止まらぬであろう。我の力よ、八大蛇が動く時は、常に傍にあれ。八大蛇に抗え、抗え!抗え!!我の力!!」
そして、その身に残る全ての力を放出。それは、八大蛇や八小蛇に大きな損傷を与えつつ、空へと消えた。
「読月、佐須、すまぬ。」
その最期の言葉と共に、天照の身体は、消滅を完了した。そして、八大蛇や八小蛇の今にも消えそうなうめき声をかき消す読月と佐須の天照を呼ぶ叫び声が響いた。
それから幾日が経った後、読月と佐須は、鋭利な刃物を持っていた。
「姉上を補佐しきれなかった責めを、今、受ける。」
「姉上を勝ち戦に導けなかった責めを、今、受ける。」
読月と佐須は、迷いなく自らの腹に刃を刺した。八大蛇が完全に排除できるまでの力の維持が出来るようにと、そして、姉である天照の側に行き、再び力を貸せるよう願いながら。
読月と佐須の体も天照のように崩壊、消滅した。読月と佐須の体に残っていた全ての力は行き場をなくしたようにふらふらしていたが、しばらくすると螺旋状に混ざり合い、5つの石に変化した。それは紅、黒、白、黄色、青の石だった。5つの石は、空へと飛んで行き、見えなくなった。
◆蛇
八大蛇は、ようやく回復を遂げた。
「長かった。八小蛇、そなたはどうだ?」
八小蛇は、後一歩のところまできているようだが、まだ動けない状況だった。もどかしい視線を八小蛇は兄神に向ける。
「なら、此度の活動は、我のみで動く。そなたは力を蓄えろ。」
八小蛇が力なく頷くのを認めると、八大蛇はその場を去った。
そして、八大蛇は凶悪な災いを引き起こし始める。
◆治安2年
自分は、孤独になってしまった。式彩は、道端で座り込み、絶望していた。
身分ある父と身分なき母、どちらも伴侶がありながら自らをこの世に誕生させた。その伴侶たちの強烈な嫌悪の嵐に晒され、父母も伴侶に対する罪悪感から式彩という娘を交互に押し付け合う。
式彩は、根なし草として生きてきたが、急に始まった連続した災害に乗じて父母に縁を切られた。
式彩は、孤独になってしまった。
◆光と石
式彩が膝を抱えながら時を過ごしていると、勾玉型の小さな5つの石を伴った光を見た。紅、黒、白、黄色、青の5色の石は、光を取り囲みながら、回転しまるで光を守っているかのようだった。
「何?これ?」
警戒する気持ちもあったが、どこか温かい絆のようなものを感じた式彩は、光に向かって手を伸ばした。
すると、光は式彩の身体に吸収されていった。式彩は、戸惑うが、全身に漲る温もりに心地よさを感じた。そして、「八大蛇は、これからも止まらぬであろう。我の力よ、八大蛇が動く時は、常に傍にあれ。八大蛇に抗え、抗え!抗え!!我の力!!」という知らない女性の声が聞こえたような気がした。
「誰?女の人?八大蛇?何?」
しかし、温もりの源の力と、「抗え」という言葉に何か戦わねばならない義務を感じた式彩。
「この力が私の新しい居場所なのかもしれない。」
その瞬間、光を取り囲んでいた石が、四方八方に飛んで行った。
「あ。」
何か取り残されてしまった感覚に陥った式彩は石の飛んでいった方向を見つめたが、何故か必ず戻ってくるという希望も沸き上がり、立ち上がった。
◆紅の石
その青年の男性は、特に何をするのでもなく、散歩をしていた。多少の家柄があったため、生活には困らなかったが、やりたいことが見つからず人生の迷路にはまっていた。その迷路を抜けだしたいがためにその日も宛もなく歩き続けていた。
この男性の名前は、物部定家。
そんな定家の頭に小さな石がぶつかってきた。
「いたた。」
地面に落ちた自分に痛みを与えた物を確認。
「何これ?」
紅色の勾玉型の小さな石を拾うと、定家の全身に何かしらの力が流れてきてそれに支配される感覚が襲った。そして、一瞬ではあるが、燃え盛る火が見えたような気がした。
「ええっ。」
定家は、驚きの声を上げた。その後、定家はその石を持ちながら帰宅していった。
◆黒の石
その壮年の男性は、「文室塾」と銘打った自らが所有する建物の中で書物に目を通していた。庭で賑やかに遊ぶ沢山の子供達の声を聞きながら、その子供達のために何をどういった形で知識を与えてやろうかと思案していた。
この男性の名前は、文室教宗。
すると、教宗の耳に子供達の悲鳴が。
「どうした?」
慌てて駆けつけると、凄い勢いで空から石が落ちてきて驚いてしまったと口々に子供達が言った。その子供達の指差す方向を見ると、黒色の勾玉型の小さな石が。塾長として危険物を排除しようとそれを拾うと、教宗の全身に何かしらの力が流れてきてそれに支配される感覚が襲った。そして、一瞬ではあるが、流れる水が見えたような気がした。
「これは?」
先ほどの出来事を気のせいとし、教宗は、その石を厳重に保管することとした。
◆白の石
その壮年の男性は、仕事仲間と街の中で異常がないか警戒して巡回していた。ひとつの犯罪も許さない、そんな意気込みを込めた鋭い眼光で周囲を見渡す。
この男性の名前は、大伴守常。
すると、仲間目掛けて空から石が落ちてくる様子が目に入る。
「危ない!」
白色の勾玉型の小さな石が集団を襲おうとした時、その石を守常は痛みを伴いながら受け止めた。すると、守常の全身に何かしらの力が流れてきてそれに支配される感覚が襲った。そして、一瞬ではあるが、鋭い金属が見えたような気がした。
「誰だ!このような物を我々に仕掛けたのは!!」
その妙な現象に対する感情を振り切り、守常は叫んだが、答えは返っては来なかった。守常は「検非違使庁」の詰所に戻り、石は証拠品として提出。それは、倉庫に保管されることになった。
◆黄色の石
その青年の男性は、自らが切り盛りする店でいつものように客に対応をしていた。値切りを依頼する客や大量注文をする客など様々な客と会話をしていると、あっという間に店じまいの時間を迎える。
この男性の名前は、賀茂一之丞。
「ああ?なんだぁ?これぇ。」
外に出していた商品の武器を店の中にしまおうとしたところ、その中に黄色の勾玉型の小さな石が転がっていた。その石を一之丞は客の落とし物かと思い手にする。すると、一之丞の全身に何かしらの力が流れてきてそれに支配される感覚が襲った。そして、一瞬ではあるが、広大な大地が見えたような気がした。
「ええ?」
一之丞は困惑しつつも翌日以降、客に見せて持ち主を特定しようと店先に置きっぱなしにしてその日を終えた。
◆青の石
その青年の男性は、自宅の縁側で琴の練習をしていた。以前から仕事仲間より護衛術習得を強要されていた。それを実行しているため、指の筋が痛み、うまく琴を演奏出来ない苛立ちを抱えながらその状況でも最高の演奏が出来るように練習を重ねていた。
この男性の名前は、小槻忠通。
練習を終えようとしていたその時、忠通の琴が勝手に鳴る。
「なんでしょう?」
よく見ると、青色の勾玉型の小さな石が琴の弦の下に入りこんでいた。その石を忠通は琴から取り出した。すると、忠通の全身に何かしらの力が流れてきてそれに支配される感覚が襲った。そして、一瞬ではあるが、壮大な森林が見えたような気がした。
「なんだったのでしょう?」
忠通は、戸惑いながらもその石が貴重な物と見受けられたため自宅に飾ることにした。
◆光に集まる石たち
数日後、石と出会った5人の男性は、石の異変に振り回されていた。
定家は、石がひとりでに動きはじめたことに恐怖を抱いて震えていた。
教宗は、石を厳重に保管していた場所から音がすることに驚いていた。
守常は、倉庫に保管していた石が動いていて気味が悪いと仲間に言われ見に行った。
一之丞は、店の中で飛び回る石を捕まえようと必死になっていた。
忠通は、飾っていた筈の石がなくなっていることに気づいた後探して発見。
そして、その石は、5人の体を操り始める。
「嫌だっ!何でっ?」
「これは、どういうことなのだ?」
「何が起こっている?」
「おいおい!待ってくれよ!!」
「何故です?何故このような?」
石に先導されるような歩みを止めることができない5人。困惑の歩行は、多少の時間をかけ続いた。
一方、式彩は廃屋を失敬して1人生活し始めていたが、突然何かが迫ってくるような感覚に陥っていた。しかし、それは恐ろしいものではなく、むしろ安心感を与える物であった。
そして、式彩は、自分の所に向かってくる見知らぬ5人の男性を見た。そして、見覚えのある石を見て、
「やっぱり、帰って来たのね?」
そう言いながら立ち上がった。
すると、再び心地よい温もりが式彩の身体中に漲って来た。
式彩は微笑みながら5つの石と5人を見渡す。
すると、明るく柔らかい光に式彩は包まれた。5人を導いてきた石は、知覚されることはなかったが、明確な熱を持ち、知覚できる光を発し始める。それは、5本の光線となって式彩に向かって集結した。
その後、5人の右手が勝手に動く。忠通の薬指、定家の中指、一之丞の人差し指、守常の親指、教宗の小指に、石は指輪が如く縛り付けられ固定された。
◆歓迎と困惑そして
石が右手に固定された瞬間、操られる気配が5人の男性の体から抜けた。やっと息つくことができた5人に、式彩は挨拶をした。
「はじめまして。私は式彩。まさか、石が人を連れて来てくれるとは思ってなかったけど、なんだか私たちは特別な繋がりができたみたいだね。これから、よろしくね。」
式彩の中に、自分はこの5人の上に立つ者という意識が不思議と降ってきた。
「その、気を悪くしたら悪いけど、私はあなたたちの主になったみたい。」
5人は、戸惑うばかり。声を上げようとするが、5人の中で牽制し合い沈黙が続く。
「でも、急な話で本当は私もどうしたらいいかわからないの。」
式彩は笑顔を見せながら、こう続けた。
「こんな状況だけど、せっかく出会ったんだから、5人の名前、知りたいな。」
「なんだかすまねぇ!俺は賀茂一之丞!!」
「ご無礼をお許しください。私は小槻忠通です。」
「自己紹介が遅れて失礼した。私は大伴守常。」
「申し遅れてすまない。私は文室教宗だ。」
「ご、ごめんなさい。僕は物部定家っ。」
「一之丞、忠通、守常、教宗、定家ね。私のことは、式彩って呼んで?」
その言葉に教宗は反論した。
「あなたは、私たちの『主』と言った。なら、敬うべきと思うが?」
守常は、それに続く。
「私もそう思う。」
忠通は、それにこう提案する。
「ならば、式彩様、とお呼びしましょう。」
一之丞は、それを受け、早速呼んでみた。
「よろしく!式彩様!!」
定家も試しに呼んでみることにした。
「式彩様、か。」
◆解散
定家は、情報交換したわけではないが、式彩と似たような気持ちになっていた。何をすればいいかわからなかったが、この石から与えられることが自分のやるべきことなのかもしれないと。
「式彩様!僕は何をすればいいの?」
定家がそう問うと、式彩は多少自信なさげにこう答えた。
「その、『八大蛇』っていう人?かな?その人に『抗え』って言われた気がして、それをしなきゃならないみたい。」
「それって、喧嘩しなきゃいけないってことかなぁ?」
「多分。」
「うわぁ、こわい。」
定家は、怖じ気づいた。先ほどの希望は挫けた。
そんな定家とは別に、他の4人は自分の「仕事」とそれを平行するのは厳しいと考えた。
「俺はー、商売やってるからなぁ。」
「やはり、武器商人の賀茂殿であったか。」
「ん?あ!大伴の旦那!!やっぱりか!挨拶もしねぇで申し訳ねぇ!!いやな?そちらの大伴の旦那も検非違使だ。その『抗い』とやらに付き合ってる暇はねぇんじゃねぇですかい?」
「確かに。」
守常がそう返答すると、それに同調する忠通。
「私も、子細は言えませんが、重要な方にお仕えする楽士でして、そちらを優先せざるを得ません。」
それに続く教宗。
「それを言ったら、私は私塾の塾長だ。子供達の勉学の支障をきたすことはしたくはない。」
式彩は、心底残念そうにしていたが、気持ちを切り替え、こう言った。
「こわいよね。そして、お仕事大事だよね。やっぱり、『八大蛇』って人は知らないけど、1人で抗ってみる。」
5人は、その式彩の言葉に甘えることにした。そして、それぞれの所に戻ることに。
「さようなら。あの、でも、気が向いたら遊びに来てね。」
式彩は、そんな言葉を別れ際に告げ、5人を見送った。
5人の姿が見えなくなった頃、式彩は膝を抱えた。
「私には、1人がお似合い、だよね。」
あの5人は、きっともう二度と自分の目の前には現れないだろう。そう思った。
◆足止めされる5人
「こんな所で会うとは思いもしませんでぇ!大伴の旦那ぁ!!」
「私もだ。驚いた。」
「これも何かの縁!これからもご贔屓お願いしますぜ!!」
「賀茂殿の扱っている武器は天下一と私は思っている。勿論通わせていただく。」
顔見知りの2人は、話に花を咲かせながら帰路についていた。その会話を聞きながらあとの3人は無言で戻るべき方向に足を向け、いつしか5人の集団は、ばらばらになりかけた。
その時だった。再び5人の体が操られ動かなくなる。5人は、一様に困惑。
すると、近くで急に火災が起こる。5人は、唖然とする。そして、右腕が7匹の蛇の大男を目撃。5人は、驚いた。
◆炎に向かう者
その頃、式彩は立ち上がっていた。近づきたくない。しかし、行かねばならない。そんな相反する自らの気持ちではないものに追い立てられ、廃屋を後にした。
すると、火柱が近くで上がっているのを目撃。
「止めに、行かなきゃ。」
しかし、「どうやって?」という考えも沸き上がる。足は止まらない。火柱に向かう足は次第に早くなり、駆け出した。
動きを止めている5人の男性の横を通り過ぎ、やがて火柱の目の前に式彩はたどり着く。そんな式彩の目に映ったのは、右腕が7匹の蛇の大男だった。
「もしかして、あなたが八大蛇?」
驚いた様子で大男は、振り返る。
「いかにも。しかし、我が、見えるのか?」
「うん。」
八大蛇は、驚いた顔をすぐにしかめる。
「そなたは!天照?」
「え?私は、式彩だよ?」
苦々しい顔をしながら、八大蛇は苛立ちを露にし始める。
「そなたはそうなのかも知れぬな。だが、そなたからは倒した筈の我が宿敵、最高神天照の気配を強く感じる!」
そう言い終わると、八大蛇は、式彩に襲いかかった。式彩は悲鳴を上げたが、自らの中の力のお陰で辛うじて八大蛇に対抗できた。
◆動き出す者
その様子を5人の男性は、見ていた。その中で、守常が一番先に飛び出した。
「暴力沙汰は、見逃せない!」
わずかに遅れて答えの返らない問いを叫びながら忠通が追いかける。
「あの方が私の主なら、お守りしなければならないのでしょう?」
それを見送った教宗と一之丞が同時に駆け出した。
「2人が行くというなら、私も行かねば!」
「大伴の旦那っ!無理しさんな!!」
取り残された定家も遅れて駆けつける。
「あ、あ、僕だけ行かない訳いかないよね?」
式彩の所に行こうと思った瞬間、5人の体は次々に動いた。そして、八大蛇にがむしゃらに肉弾戦を仕掛け始めた。主に守常と忠通が攻撃し、時々教宗と一之丞がそれに続き、定家が少し前に出る戦いであった。
「み、みんな。」
式彩は、5人が助けに来てくれたことに感動し、後方に下がる。
すると、八大蛇が怒鳴るようにこう言った。
「なんだとぉ?補佐神読月と戦神佐須の気配だとぉ?忌々しい!忌々しい!!」
そんな声に大声で5人はこう返す。
「知らんな!そんな名前!私は大伴守常!!」
「人違いもいいところです!私は小槻忠通!!」
「失礼な!私は文室教宗だ!!」
「わっかんねぇなぁ。俺は賀茂一之丞ですぜ?」
「あの!違うよ!僕は物部定家だよ!!」
◆決着
激しい肉弾戦の中、守常に異変が。
「くっ。」
膝をつく守常。隣で共に攻撃していた忠通が首を傾げながらこう言った。
「検非違使とは、そんな力しか持たないのですか?」
忠通は1人で先頭に立ちながら八大蛇に対峙する。勿論、教宗、一之丞、定家もそれを助けたが。4人の攻撃むなしく、八大蛇の背後の火柱は、勢いを増すばかり。忠通が攻撃を仕掛ける度に。
「そなたらは、我と同じか!!ははは。」
そう言うと、八大蛇は、教宗、一之丞を蹴散らした。特に、教宗に強く攻撃を加えながら。その後、定家を捕まえた。
「離してよぉ!!」
忠通は、定家を助けようと更に攻撃を加えた。すると、火柱の熱が急上昇して行く。
「何故?何故この方は、倒れないのです?」
忠通は、さすがに動揺し始める。そんな中、八大蛇に蹴散らされた教宗は、これ以上ないという勢いの火柱を見つつ、黒色の石と初めて接触した時を思い出す。
「火は、水で消せる。私が見た水で消せるか?」
それと同時に式彩は後方に下がったからこそこの状況が見えはじめた。八大蛇の傍らにある「火」が守常の「金」を溶かした。忠通の「木」は、八大蛇の「火」を更に生み出し、捕まっている定家の「火」も八大蛇の「火」を加勢する。それに対抗できるのは、倒れている教宗にある「水」だと思った。それを叫ぼうとしたその瞬間、その教宗が立ち上がり、八大蛇に再び攻撃し始める。
「そなたは!寄るでないっ!!」
教宗がそれを無視し、こう叫んだ。
「この火を消せる力を!私にっ!!」
そう願いながら叫んだ教宗、力に導かれるようにこう唱えた。
「水の命士の名において、戦神佐須の力を展開せん。突き刺せ!雨状剣!!」
すると、雨が降り始め、それは八大蛇の付近で剣のようになる。
「ぐああっ!!」
八大蛇は、雨状剣にて傷つけられ、あれだけの激しい勢いだった火柱が一瞬で消えた。式彩は、それを見てこう呟く。
「みんなが、やってくれたのに、私だけ何もしないなんて。何か、何か私もやりたい。ねえ、私に力を!!」
そう願った式彩も、力に導かれるようにこう唱えた。
「我が身に宿りし天子の力が、邪な者に裁きを与えん。出でよ!破魔の剣!!」
すると、式彩の右手に剣が出現。
「こ、これを使うの?」
式彩は、八大蛇に再び接近。剣の使い方はわからなかったが、とりもあえずも八大蛇に刺した。
「天照、読月、佐須の力を汲む者たちよ。許さぬ。」
八大蛇は、倒れた。ようやく解放された定家はへたりこんだ。
◆逃れられぬ戦いと
式彩は、自らが「天子」という立場なのを初めて知った。それは、5人の男性たちもそうで、自らたちが「命士」と言う立場だと知る。それにより、命士たちは、式彩を「天子」と呼ぶことにした。
そんな、知られざる情報に戸惑いながらも、式彩は、5人に先ほどの戦いで見えた物を話した。そして、守常に「金」、忠通に「木」、教宗に「水」、一之丞に「土」、定家に「火」の力が見えたと言った。それは、5人がそれぞれの石と初めて接触した時に見たような気がしたものに一致していた。その話は、5人に鳥肌をもたらした。
そして、教宗が「水の命士」と唱えたことに倣い、守常は「金の命士」、忠通は「木の命士」、一之丞は「土の命士」、定家は「火の命士」ということになるとわかる。
更に、式彩は、こう続けた。
「八大蛇は、5人と同じって言ってた。だから、あの人は、5人と同じ5個の力を持ってるんじゃない?」
「じゃあ、水の人だけじゃ駄目ってこと?僕、水の人が強いみたいだから、任せてここから抜けようとしてたんだけど。」
定家が逃げの文句を言うと式彩は、眉間に皺を寄せつつこう返した。
「きっと、定家の『火』が必要になる時が来るよ。だから、5人は全員必要だよ。」
「ど、どうしよう。」
定家のうろたえる声。そして、定家は自らの右手の中指を見た。
「こ、これを、外せば抜けられる?」
定家は、必死に紅色の石を外そうとした。しかし、それはどんな方法をとっても失敗した。
「あ、あ、駄目だぁ。」
絶望する定家に一之丞は、声をかけた。
「坊っちゃん!無理ねぇよなぁ!あんな奴に捕まっちまったんだからよぉ!!けれども、よーく坊っちゃんは耐えた!偉い!偉い!!だからこの先、大丈夫だ!!」
「そ、そう?あ、ありがとう。これから少しだけだけど頑張れそう。」
その光景を見守った守常、忠通、教宗は、自らにこの戦いに対する拒否権は無いことを悟った。勿論、定家に声をかけた一之丞も気持ちは一緒で、その気持ちを誤魔化すため、こう続けた。
「この石にも何か名前、あんのかなぁ?おーい、石さんよ!お前さんの名前はなんだい?」
その問いに答えは返ってこない。そんな事から、「補佐神」と「戦神」の力が含まれているらしいと言うことを考え、一之丞はこう言った。
「名前、ねぇんだったら『補戦玉』っつー名前つけちまおうかな?」
式彩がそれを聞き、笑った。
「『石』でいいんじゃないかな?」
「いや、刀ひとつとっても名前があんのよ!ただの『石』じゃあなんとなく落ち着かねぇ。武器商人の癖っつーか、なんつうか。」
「そうなんだ。」
その後、「石」は「補戦玉」と呼ばれるようになった。
◆断腸の思い
定家は、引き続き式彩の元にいることを了承。
一之丞は、再開を心に誓い店じまいをした。
守常は、検非違使を辞した。
忠通は、自らが支える朝廷から去った。
教宗は、自らの塾を閉鎖。
そして、再び5人は、式彩の元に集まった。
◆呼び名
集まった5人に式彩は、こう言った。
「集まってくれてありがとう。」
命士たちは「どういたしまして」とした。その後、守常がこう呟いた。
「一之丞。」
呼ばれた一之丞は、驚いた。
「お、大伴の旦那?」
「もう、我々は、客と店主という関係ではないだろう。対等な命士同士という立場だ。賀茂殿、これからは、そう呼ばせてもらっていいだろうか?そして、私のことも名前で呼んで構わない。」
「ええー?いいんですかい?」
守常は、頷いた。
「じゃ、守常。これからは、そう呼ばせてもうぜ!俺のこともそう呼んで構わねぇからよ!」
そのやり取りを聞いていた教宗、忠通、定家もそれに同調し、名前で自らを呼んでいいとした。
◆突きつけられる真実
天子と名乗りはじめた式彩と命士と名乗りはじめた5人の男性が八大蛇に対峙するようになったある日、八大蛇は、こう言った。
「憐れだな、天子と命士どもは、天照、読月、佐須の駒だ。そして、おそらくそなたらのすべては神力に侵食されているであろう。」
そんな言葉に6人はひとときの動揺を見せた。
「我が救ってやろう。その身を滅することによって!!」
加えられる攻撃を避けながら動揺を振り切り、命士が八大蛇を追い込み、天子がとどめを刺し、八大蛇を退けた。
戦いが終わると、先ほど振り切った動揺が再び6人を襲う。
「ぼ、僕のすべてが、し、侵食?」
自らの体をさするようにしながら定家は震えた。それに忠通が返す。
「定家、あれは真実かも知れませんが、八大蛇は、おそらく我々の動揺を狙ってわざわざ言ったのでしょう。術中に陥っては、八大蛇を利することになります。」
忠通の自らにも言い聞かせるような言葉は、全員の心に届いた。そして、教宗がそれに返す。
「忠通、私もそう思っていた所だ。」
言われた定家は、こう返した。
「そうならば、負けちゃいけないね。」
◆守護結界
神の力がどこまで自らの身に侵食しているかわからない不安があったが、天子と命士たちは、もうひとつわからないことがあった。戦闘中に唱える「戦神佐須」。その力は使用しているようだが、八大蛇が言っていた「補佐神読月」の力はいつ使用するのだろうと。そして、それも何かの導きがあるかもしれないと、全員で感覚を研ぎ澄ませてみた。
すると、中央に大地、北方に水、南方に火、東方に木、西方に金の力が見えた。その後、5つの力は見えなくなり、舞い踊るような光が見えた。
「これ、私たちの事だよね?」
式彩は、呟いた。更に、続ける。
「試しに、やってみる?」
命士たちは頷いた。廃屋に程近い何もない原っぱでそれは実行された。
はじめに中央に一之丞、北方に教宗、南方に定家、東方に忠通、西方に守常が立ってみた。そして、補佐神読月の力を使用しようと念じてみると、5人は、力に導かれ、「地脈浄化」と声を揃えて一言言った。すると、地中の穢れが出てくる。命士たちは驚いたが、すぐに命士それぞれの補戦玉と同じ色の光がその命士の周りに広がる。その光は、穢れを滅した。命士たちは、これで役割が終わったと認識。そこから撤退。
式彩が自分の出番だと認識し、命士たちがいたところに足を踏み入れた。すると、式彩も力に導かれ、「結界発現」と一言言った。その瞬間、式彩は舞い始める。それは、毅然としながらも優しく、たおやかな物で、力に導かれた舞だった。
命士たちは、黙って見てるのも手持ち無沙汰と、式彩の周りを囲むように大きな輪を作ってみたところ、再び力に導かれ、移動し歌い出す。
「打ち壊す力に抗う強さ我ら与えん天子と共に。」
短い節を数回繰り返す歌は、ゆったりした穏やかなものだったが、それは、確実に厳かな歌だった。
すると、大地に荘厳な紋様が浮かび上がり、刻み込まれる。驚く一同。式彩はその中央に誘われるようにして移動。その瞬間、空から剣が現れた。それは神聖なる物で、式彩は、それを受け取れと言われたような気がして手にした。その流れで大地に刺してみた。
それ以降、何も導きがなかった事から、一連の儀式とも言える物は、終了したと全員が認識。
「私、『結界』って言ってたよね?何の『結界』なんだろう?」
式彩は言った。命士も全く想像がつかず、答えを返せる者はいなかった。
◆続く災い
相変わらず災いは頻発していた。そこには、必ず八大蛇の姿。式彩は、八大蛇は災いの神と認識。八大蛇を倒すことで災いも抑える事が出来ると確信。
更に、あの謎の儀式をした所は付近が大きな被害を受けているのにも関わらず、綺麗なままであったことから、守るための結界とわかる。式彩は、それを「守護結界」と名付け、数多くの守護結界を作っていこうと言った。
式彩は、力という「居場所」を糧に、世の中を守ろうと突き進む。自分にはそれしかない、それこそが生まれた意味だという考えが止まらなかった。
それは、命士たちと出会った頃の配慮の心を失わせる程だった。
そんな中、式彩は命士たちを戦闘や守護結界展開儀式に無遠慮に連れ出していく。
◆命士のひずみ
一方、命士たちはそんな日々を過ごしているうちに、戦闘では、いちいち力を欲せずとも力に導かれ唱えていた文言を自主的に唱えれば「命士奥義」を展開できるようになっていった。また、「守護結界」の儀式も歌以外、力に導かれなくとも結界を張る事が可能になっていった。これは、天子の舞以外の事も同様のようだった。
式彩にとっての「生まれた意味」は、命士たちにとってはすべて「義務感の塊」であった。世の中のためになっているという希望を糧に、式彩から与えられる指示に忠実に従っていたが、身体的、精神的に深刻な疲労感が命士全員に訪れていた。
辛い指示を出し続ける天子、式彩は、自らにとっての「主」。不満等をぶつけられる相手ではない。
その矛先は、命士同士で向け合うことになってしまった。
「小槻殿。」
守常が声をかける。
「何です?」
冷たい忠通の声が返ってくる。
「小槻殿は、『楽士』と聞いたが、誰に『楽』を提供していたのだ?」
「もう、戻ることはないでしょうから、明かしますが、朝廷にお仕えしていました。」
「おおかた想像はついていたが、それはいい身分だったな。楽に興じて朝廷におもねっていれば将来安泰な立場ではないか。世が違っていて、小槻殿と出会っていれば私の検非違使としての出世も朝廷に口添えしてもらいたかったものだな。」
「何をおっしゃっているのか、わかりませんね。『大伴殿』。あなたの検非違使としての地位は、誰かに口添えされないといけない程不安定なものだったのですか。そうでしょうね、相性が悪かったとはいえ、八大蛇との初戦では膝をついたくらいですから。」
「小槻殿、随分な言い方だな。」
「大伴殿、それは、あなたが私の過去の立場を曲解しているからですよ。私は、朝廷におもねるために生きてはいませんでした。それに、私の『楽』は、遊びではありません。」
守常と忠通の鋭い目線が絡み合い、やがて守常は忠通の胸ぐらを掴んだ。
「何をするんです?」
「その、上から見下ろすような態度、以前から気に入らなかった。」
「それは、失礼。ですが、これが私です。朝廷内部で生きていれば、こうなるんですよ。悪いですが。」
忠通は、守常を一発殴った。それを見た教宗が一言。
「仲間内で、野蛮だな。」
守常と忠通の鋭い視線が、同時に教宗に注がれる。
「文室殿、もう一度言ってみろ!!」
「何度でも言う、すぐに手を出すお前たちは『野蛮』だ!!」
「文室殿?あなたは『学』はあるようですが、戦闘においては少し頼りないと思っていた所ではあります。そのような方に、私を評価して欲しくありませんね。失敬な。」
「何を?」
三つ巴の喧嘩の様相を呈してきた守常、忠通、教宗の苛立ちは、定家にも伝染する。
「3人は、凄い人たちだと思うよ?あー、凄いよ。きっと、凄い人たちだから、僕の事、心の中では馬鹿にしてるんだろうね!!」
4人の苛立ちの渦は、最後の1人、一之丞にも襲いかかる。
「そう言うのなら、坊っちゃんよー!馬鹿にされねぇ努力っつーのしたらどうなんだぁ?」
「え?そう言うって事は、君は僕の事、馬鹿にしてたんだね!!」
「誰がそんな事言った?あ?坊っちゃん!!」
◆怒りの
そんな騒ぎを式彩は放っておけず、「主」として介入してくる。
「5人とも!何やってるの?」
その一言で一応の喧嘩の収束を見せる命士たち。しかし、その眼光には激しい命士間の嫌悪の感情が渦巻いていた。
「これからの戦いとかに影響が出るでしょう?もう!仲直りして!!」
天子の命令だったが、命士たちの表情は簡単には変わらなかった。式彩は、ため息をひとつついた後、仲直りのための荒療治を思いつく。
「命士たちのまとめ役って言うのかな?それをみんなで決めて。」
命士たちに、新たな「負担」がのしかかってしまった瞬間だった。
◆脱走
一之丞がそれに反応。
「や、こんな状況で、話し合えっつーことですかい?天子っ?」
「そうだよ。」
「そんな無理難題吹っ掛けないでくんねぇかなぁ?」
「それでも、決めて。」
式彩は、引かない。そして、こう続けた。
「何も、今じゃなくていいの。時間かけてもいい、ちゃんと決めてね。」
式彩は、命士たちの元から去った。命士たちは、険悪な雰囲気を脱する事が出来ずにいたが、再び式彩がこちらに来ることは避けたいと思い、黙りこくった。
しばらくの沈黙は、定家の一言で破られた。
「僕は、まとめ役なんて向いてないから。やらない。」
「放棄かい?坊っちゃんよ。」
一之丞が噛みつく。その一之丞は、立ち上がる。
「なんだってなんでこんなことになっちまったんだろうなぁ?」
守常、忠通、教宗の方を見て苛立ちの目線を向けるが、一之丞は頭をかく。
「腹立って仕方ねぇ!お前さんらといると!!」
そして、式彩の廃屋から飛び出して行ってしまう。定家がそれを追いかけながらこう言った。
「天子が僕らで話し合えって言ってるのに、逃げるのっ?」
そのやり取りを聞いていた教宗が、こちらも未だに苛立った様子でこう言った。
「その天子のいない所まで行けば、心置きなく言い合う事が出来そうだな。」
守常と忠通もその言葉に同調、式彩の廃屋から命士全員が出ていった。
◆謝罪の後
5人は、飛び出して行ったのはいいものの、どこで集まって話し合えばいいかわからなくなる。延々と無言で歩くことになったが、それは、散歩のような様相を呈し、図らずとも久しぶりの戦闘や儀式とは関係ない外出の時間を提供してくれた。その「散歩」は命士たちの苛立ちを徐々に取り去っていく。
やがて「文室塾」跡地までたどり着いた。教宗は、意を決して口を開く。
「ここで、話し合おう。」
建物の中に命士たちが入ると、一転、謝罪合戦が繰り広げられる。
「守常、先ほどは、無礼な事を申し上げ、また、手を上げてしまったこと、お詫びします。」
「忠通、いや、私もどうかしていた。」
「守常、忠通、先ほどの私の失言を許してくれ。」
「構わない。」
「いえ、とんでもありません。」
「定家、すまねぇな、つい、頭に血が昇っちまった。」
「いや、僕こそ疲れてて変なこと言っちゃった。ごめん。」
そして、まとめ役の話に移り、最年長の守常がいいのではという方向性が見えた。
その事を式彩に報告しようと少しの休憩の後、式彩の元へ戻ることにした。
すると、外が騒がしくなる。八大蛇が何かしでかしてるのかと5人は慌てて外に出るが、女性たちの集団が文室塾跡地の前に出来ていた。そして、女性たちの1人が「大伴様」と黄色い声を上げる。なんでも守常の姿を見て女性たちは集まったとのこと。呼ばれた守常は、前に出て女性たちに囲まれ、1人1人に甘い声をかけ始める。
呆気にとられる4人。そして、守常にはまとめ役を任せられないと言った。守常はそれを受け入れた。
それにより、次に年が上の教宗にまとめ役の話が回ってくる。教宗は、こう言った。
「では、私が命士の筆頭者ということでいいか。」
未だに女性たちに囲まれた守常含め、他の命士もそれに賛成した。
◆筆頭命士
女性たちを守常は帰し、再び5人になった命士たちは、その足で式彩の元に戻ることに。
「いやー、知らなかった!守常が女にあんなに好かれてたとは!!」
一之丞が言った。それに忠通が続いた。
「守常、軽蔑させていただいてよろしいですか?あんな光景。」
「それに関しては、好きにしろ。」
守常がそう返す。やがて、廃屋にたどり着いた。式彩は廃屋の外で命士たちを待っていた。
「おかえり。話はまとまった?」
その一言に、教宗が返す。
「私がまとめ役となった。『筆頭命士』を名乗ろうと思う。」
「うん、よろしくね?筆頭命士、教宗。」
式彩は、命士たちを包む雰囲気に刺のひとつも見えなくなったことに安心した。
しかし、その安心に、水を差される一言が教宗から上がった。
「天子、ひとつだけ、苦言を申し上げていいだろうか。」
「何?」
「我々に、再び天子の配慮をいただきたい。」
「配、慮?」
定家が、驚いたように言う。
「そ、それを天子に言っちゃうの?」
「ああ。今後のためだ。」
教宗は、定家を振り返りそう返し、式彩に訴えを続けた。
「我々は、使命感の下、天子にこれからもついていくつもりだが、配慮なき活動は、再び我々の小競り合いを生むことになる可能性がある。その渦中に身をおいた私が申し上げる話ではないとは思うが、どうか、天子、検討をお願いしたい。」
その教宗の訴えに式彩は、最近の自らの行動を振り返る。そして、その罪を自覚した。
「みんな、ご、ごめんなさい。」
◆居場所
式彩は、崩れ落ちた。守常は、その様子を見て、式彩のそばに寄る。
「我々は、天子の謝罪が欲しいわけではない。教宗の言葉を受け止めるだけでいいのだ。」
「でも、私のせいで喧嘩になっちゃったんだよね?」
忠通は、それに返した。
「それは、否定しませんがね。ただ、感情を抑えられなかった私たちが情けなかった、という一面もあります。」
「そう言った面じゃあ、恥ずかしい話だぜ。」
一之丞は、自らの頭を叩く。式彩は、その言葉を聞き届けると、話をし始める。
「私にとって、『天子』は、『居場所』なの。」
命士たちは急に始まった話に耳を傾けた。式彩は、生い立ちを説明した上で話を一旦締めくくる。
「だから、力が私に『ここにいていいよ。』って言ってくれたような気がして、いつの間にか自分の事しか見なくなっちゃったんだ。それが、みんなを追い詰めていたんだね。本当にごめんなさい。」
式彩は頭を下げた。命士たちは、それを受け入れた。それを見て更に式彩は続けた。
「こんな私にみんなについてきてもらえる資格なんてないのかも。でも、みんなが『いい』って言ってくれたら嬉しい。私、みんなの事、必死で考える。」
「大丈夫だ。この文室教宗、水の命士としても、筆頭命士としても、天子に支える。」
「金の命士、大伴守常、誠心誠意天子に支える。」
「賀茂一之丞!土の命士っ!!天子についてくぜ?」
「木の命士、小槻忠通、命を懸けて天子にお仕えします。」
「物部定家、火の命士、天子のために頑張るっ!!」
「命士たち、ありがとう。みんなも私の居場所になってくれる?」
命士たちは、一斉に力強く頷き、声を揃えてこう言った。
「御意!!」
その後、団結の印として今まで荒れていたままの廃屋を、6人で協力して自分たちに使い勝手のいい空間へと作り変えることにした。そして、天子と命士の館が完成した。
◆天子と命士
式彩は、それ以降再び命士を気遣いながら戦闘に臨み、儀式を執り行った。
「みんな、大丈夫?」
教宗は、命士と天子の架け橋を務めた。
「我々はこう考えた。天子はどうだ?」
守常は、時々女性たちに囲まれ、仲間に呆れられながらも、戦闘面での師匠のような役割を自主的に果たした。
「よくできた。次の訓練も期待してるぞ。」
一之丞は、教宗が発見し、独自に計算していた八大蛇の活動抑制期間の計算を引き受けた。
「なんだってなんで俺に声かけてくんなかったんだ?俺は、商人だったから、金勘定みてぇな事は任せろ!!」
忠通は、朝廷との連携を考え、定期的に支援を依頼しに行き、見返りに「楽」を提供した。その「楽」は、仲間たちにも時々披露された。
「今回も要望を聞き入れていただき、心より感謝申し上げます。」
定家は、戦いの中、泣いたり、頻繁に不安を口にすることがあったが、命士の中で式彩と最も年が近いことから、式彩の友人のような役割も果たすようになった。
「式彩ちゃん!なーんてね!!へへっ。」
◆惨事
天子と命士が傷つきながら戦いを続けたある日、八大蛇は、「濁流の災い」、「地震えの災い」、「森崩しの災い」、「巻き風の災い」、「火炎の災い」を同時に見舞わせた。
それにより、豪雨、地震、崖崩れ、竜巻、火災が同時に起こり、壊滅状態の街におびただしい遺体が作られた。
それは、一瞬の出来事だった。
怒り、かなしみ、悔しさ。ありとあらゆる気持ちが、天子と命士を襲った。
天子は考えた。
命士も考えた。
◆命士の決断
命士は、自らたちで考えた「五重集力」を実行したいと天子に言った。
「絶対に駄目!危ないよ。誰かが。だから、禁止!!」
天子に一蹴された。
◆天子の決断
天子は、それに対して、自らのすべてをかけて八大蛇の封印をすることを考えた。そして、命士に断りを入れた。
水の命士はこう言った。
「それは、受け入れられない。」
火の命士はこう言った。
「嫌だよ!そんなの!!」
金の命士はこう言った。
「そのような考えは、捨ててもらいたい。」
木の命士はこう言った。
「いけません。私は認めません。」
土の命士はこう言った。
「俺らに、お前さんを失えって?駄目に決まってるだろぉ!」
◆対立の末
式彩は、強硬な手段をとり、命士たちの協力を得た。
「わかった。私の全てでこれからの1,000年を作る!」
式彩は、世界のために決意を新たにした。そして、その先にそれぞれの命士がそれぞれの「居場所」に戻れるように心で願った。
◆万寿2年
「一之丞、忠通、守常が、私のせいで、命を。」
式彩は声を紡いだ。
「ありがとう、定家。ありがとう、教宗。」
式彩は声を紡いだ。
「これで、世界は大丈夫。だけど、『居場所』を作ってくれた命士たちに、『居場所』を返してあげられなかった。一之丞、忠通、守常。きっと、定家、教宗も、きっと。ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね、ごめんね。」
式彩は声を紡げなかった。




