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後編

学園の卒業パーティーの会場であんぽんたん婚約者…もといバカ王子、じゃなくてマルクス第二王子殿下に婚約破棄を言い渡されたわたくし、リーリエは騒動の後にお姉様の言いつけ通り一人シャール侯爵邸に戻り、自室でのんびりと過ごしておりました。

(まあ、どうせあのあんぽんたんとカメリアとかいう女は牢獄送りでしょうし、全面的に向こうが悪いのだからシャール家にもわたしにも不利になるようなことはないでしょう。)

お姉様、お義兄様がわたしの悪評が立たないように上手く立ち回るだろうし、会議の場には師匠…王妃様もいらっしゃる。例え国王陛下があのバカに対して温情を求めたとしても三人が認めるようなことはしないでしょう。


侍女に淹れてもらった紅茶と侯爵家自慢のシェフが腕を振るったクッキーを片手にわたしはここに来る前のことを思い出していた。

「卑しい生まれ、ねぇ。」

あのバカが言ったことは事実だ。わたしが今侯爵令嬢を名乗って、綺麗なドレスを身に纏っていたとしても、生い立ちまでは変えることができない。そんなことはわたしが一番よくわかっています。


わたし、リーリエ・シャールは元の名をリリーという平民の出自の小娘でした。そのことはシャール侯爵家の皆様、使用人も含めて全員が周知の事実ですし、王族、貴族の方ももちろん、平民だって知っています。貴族の皆様に卑しい生まれの子だとバカにされることも少なくありませんが、それでも敬われているのです。それはひとえにわたしが聖女であることに他なりません。

ただ、そんな聖女であるわたしのことを毛嫌いする者もいないわけではありません。その代表が…あのバカ王子と生みの両親でしょうかね。


私はシャール侯爵領と隣の伯爵領との境にある小さな村で産まれました。ただ、わたしの悲劇は生まれたその時から始まったのです。わたしは平民でありながら生まれながらに魔力を有していることが判明しました。

魔力は魔力を持っている者が血族にいない限りは継承するものではありません。稀にそうでなくても魔力に目覚める子供がいるそうですが…平民の、それも小さな村ではそんな情報で回っているわけがありません。ちなみに両親は魔力を有しておらず、血族の誰もが魔力など未知のモノとして扱っているような状態で、魔力を持って生まれてしまった私は、当然両親から忌み嫌われることになったのです。

父と呼ばれた存在は母と呼ばれる存在の不義を疑い、暴力をわたしとその女に振るう毎日でした。母と呼ばれる存在も、そのように豹変した男に不満を述べ、わたしに罵詈雑言と暴力を振るいました。

幼いわたしは何故そのような目に遭わなければならないのか、それを理解することができませんでした。魔力さえ消えてくれれば両親はきっと優しくしてくれる。そう信じて、毎日神様に「魔力が消えますように」とお願いしました。ですが、神は残酷で、わたしの魔力は年々強まっていき、魔力が強まる度に両親からの暴力は悪化の一途を辿って行きました。


そんな時でした。魔力持ちの中に極たまに現われる、その魔力を使いこなせる存在、聖女、聖人と呼ばれる魔法使いに…私は目覚めたのです。


ある日、いつものように両親に暴力を振るわれたわたしの周囲に、まるで私を守るように植物が生い茂りました。家の中で、土などなかったはずなのにも関わらず、植物は急成長し、お腹を空かせていたわたしに恵みを与えるかのように果物まで成ってくれたのです。

(わたし…どうなるんだろう。)

不安に押しつぶされそうになると、植物はより一層成長していき、家は大樹に飲み込まれることになりました。その様子を見ていた村人が教会に通報し、わたしが魔力持ちであり、聖女に覚醒したことを派遣された司祭が見抜いたことで状況が変わりました。…いえ、変わったように見えただけでした。


司祭に保護されたわたしは、聖女だと祀り上げられ、司祭は両親にわたしを教会に預けてくれるよう頼んでいました。両親はと言うと…厄介払いができて清々したと言い放ってわたしのことを二束三文で教会に売り飛ばしました。

この時のわたしは、やっと両親からの暴力に怯えず、食事も与えられ、暖かな寝床がもらえるものだと信じていました。

ですが、現実はそうではありませんでした。


初めての魔法行使で行ったのが大樹を生やすことだったのもあって、自然を操る力を持っているとされたわたしは緑の聖女という称号が与えられました。

これでわたしは救われる。そう思ってたのに…。

教会には魔力持ちこそいるものの、聖女、聖人と呼ばれる存在は殆ど在籍していませんでした。なので、よい魔法の講師には恵まれず、魔力の使い方すらロクに知らない司祭とシスターはわたしが上手く力を扱えないとわかると罵声を浴びせるようになっていったのです。以前と変わらない大人の怒鳴り声に恐怖したわたしの力は常に暴走し、ロクに制御もできませんでした。魔法の行使に失敗する度に司祭やシスターに虐げられ、暴力こそ振るわれなかったものの、教会中の掃除を命じられたり、食事を抜かれたり、外で寝ることを強要されることもしょっちゅうでした。


失敗続きの魔法の行使でしたが、失敗に反して魔力は日に日に強まっていき、外で寝かされた日に涙で芝生を濡らして眠った翌日にはそこに大樹が生えていて、私のことを温めてくれるようになっていきました。

もっと上手に魔法を使え。そうしたら教会の名声が高まる。こんな役にも立たない木を生やすことに魔力を使うんじゃない。枯れた土地を癒して見せよ。

なんて、そんなことばかり。それができれば、わたしのことを褒めてくれるの?それができればわたしの生活は変わるの?だったら、したい。でも…やり方がわからない。


教会に預けられても苦しく、誰の優しさも受けることができなかったわたしに唯一優しくしてくださったのが、ロゼッタ・シャール様でした。教会に訪れたロゼッタ様は私を見つけると、驚いた顔をして「怪我をしているのですか?」とお尋ねになり、わたしのことを手当してくださいました。

「誰がこんなことを…。」

「…シスターと、司祭様」

「なんてこと…。」

こんなことをバラしたなんて知られた日には、命を刈り取られる。そう思っていましたが、虐げられ過ぎたわたしには、もう全てがどうでもよくなっていたのです。実家である、あの両親のいる家には帰りたくない。でも、ここを出ても行く当てはない。だったら…全部を白日の下に晒してしまおう。そう考えていました。


「あなたは、ここにいたいと思いますか?」

「…リリーは、ここにいないと、いけない、から」

ロゼッタ様はわたしの頭を優しく撫で、「必ず助けます。」と約束してくださいました。この時のわたしは、そんな約束をされても、守られるようなことはない。そう思っていました。


ですが、わたしの思いに反して、ロゼッタ様はすぐに約束を守ってわたしのことを救い出してくださいました。教会に再度訪れたロゼッタ様は、ご両親を連れていて、ご両親は司祭に「聖女であるリリーを引き取りたい」と申し入れたのです。司祭は少し渋い顔をしましたが、「聖女を虐げていたことを国王に密告する」と前シャール侯爵に脅されてわたしのことを差し出しました。


シャール侯爵家に引き取られ、わたしの名前はリリーからリーリエと改められました。着たことがないような綺麗なドレスを着せられ、身なりを整えられ、わたしはわたしを救い出してくださったロゼッタ様の前に立ったのです。

ロゼッタ様は優しく微笑み、わたしの頭を撫でてくださいました。あの日、わたしを「必ず助ける」と言った日と同じ、慈愛に満ちた眼差しでわたしのことを見つめておりました。

「リーリエ。あなたはこれからシャール侯爵家の一員として、貴族の教養を学び、多くの魔法を行使できる聖女として大成しましょうね。」

「…はい、ロゼッタ様。」

ロゼッタ様はクスクスと笑われると私の頬を撫でました。

「これからはわたくしがあなたの姉ですよ。どうぞ、お姉様、とお呼びになって、リーリエ。」

「え、えっと…よろしいのですか?わたしが、ロゼッタ様のことをお姉様とお呼びしても…。」

「もちろんですわ。」

「…ロゼッタ、お姉様。」

「はい、リーリエ。これからよろしくお願いしますね。」

こうしてわたしはロゼッタお姉様の義妹になり、シャール侯爵家で暴力に怯えることなく、満足いく食事とおやつ、そして温かな寝床を手に入れたのです。それ以外にも教養、魔法の行使の方法を学び、ようやく聖女として確かな力を伸ばしていくことができたのです。

誰も私を傷つけないで欲しい。殴らないで欲しい。なんて、そんなことを考えることがなくなったせいか魔法が暴走することもなくなり、一定の制御ができるようになりました。

その時からでしょうか。わたしはお姉様のために、私の力を役立てたいと考えるようになっていたのです。


わたしがシャール侯爵家に引き取られてすぐ、ロゼッタお姉様はオーギュスト様と結婚され、お二人にシャール侯爵夫妻の座を明け渡し、前シャール侯爵夫妻は早々に田舎に引きこもってしまわれました。ちなみにお姉様の婚前に初めて顔合わせをした時からオーギュスト様はお姉様と同様にわたしに優しくしてくださいました。わたしがオーギュスト様に懐いたのを見て、お姉様は「すぐに結婚しましょうか」とオーギュスト様に提案されていたのを覚えています。そんなこんなでシャール侯爵としてお忙しいお義兄様と夫人として他の貴族のご婦人達とのお茶会にわたしのマナーレッスン、教養を叩き込んでくださるお姉様は大忙しの日々をお過ごしでした。


姉夫婦がシャール侯爵となってから少しした頃、王国中にバッタが大発生するという緊急事態が発生しました。赤の聖人によって大量発生したバッタは焼き殺されたのですが…そのせいで田畑の多くがその炎の被害に遭い、多くの領で食糧危機に瀕するという二次災害が発生したのです。シャール侯爵領も例外ではありませんでした。

「どうしましょう…。これでは領民が飢えてしまいます。」

「食料の融通をお願いしようにもどこの領も足りないからな…。」

お姉様もお義兄様も毎日頭を抱えておりました。優しいシャール侯爵家のために、何より私を救ってくださったお姉様のために、お姉様を愛し、わたしも慈しんでくださるオーギュストお義兄様のために、わたしの緑の聖女としての力を使いたいと強く思いました。


枯れた土地に緑を芽吹かせ、領民が飢えないように多くの実りを与える。失敗続きのわたしにそれができるとは半信半疑でしたが、成功すれば造作のないことでした。

焼けた田畑の視察をしたいとお姉様にお願いし、わたしは姉夫婦と共に屋敷から一番近い田畑へと向かいました。

(なんてひどい…。)

ボロボロになった土地には緑が一つも生えていませんでした。この地に緑をもう一度芽吹かせることができるでしょうか…。いえ、しなくては。

「”お願い、この地に実りを!”」

シャール侯爵家に来てから習った魔法の行使方法の一つである呪文を唱え、ボロボロになった大地に魔法をかけました。するとどうでしょう。辺り一面に緑が急速に戻って行き、穀物や野菜や果物が実っていったのです。

「リーリエ、すごいわ!」

「よかった、これで領民が飢えを凌ぐことができるよ。」

お姉様もお義兄様も大層このことを喜ばれ、わたしは初めて魔法を使って褒められたことに感激しました。


それから、シャール侯爵領の多くの田畑に緑を戻し、王家にその力を見出されて他の田畑を失い飢饉に見舞われる可能性のある領の田畑の緑を戻していくという仕事が与えられました。大変でしたが、屋敷に戻ればお姉様もお義兄様も優しく出迎えてくれて、「よく頑張りましたね」とたくさん褒めてくれるのだ。やる気が出ないわけがない。

食糧危機問題を解決した後、姉夫婦と共に国王陛下と王妃様に謁見することになりました。その場で王妃様がわたしのことを気に入ってくださり、魔法の師匠となるとおっしゃったのですよね。ここまではよかったのですが…歳が近いからとボンクラ第二王子と婚約させられたのです。


(今思い出してもむかつく。)

態度は大きいし、わたしのことを見下してくるし…。出会ったその瞬間から印象最悪のこんな奴と結婚するなんて、と強く思いましたわ。王子との婚約が今回の食糧危機問題の褒美だと聞いた時は、こんな奴と結婚するために魔法を使ったんじゃないと内心とてもイライラしたものです。わたしが力を使ったのはただお姉様とお義兄様と一緒にいたかっただけで、お二人の役に立ちたかったというだけなのに…。


だからこそ、あんな奴と結婚したくなかったから、今回の婚約破棄騒動はわたしにとっては渡りに船でしたの。

「婚約解消できて、本当にラッキーですわ。」

あの人のことを年がら年中見下すクズと結婚せずに済んだのだから清々しました。それに、あんなバカと結婚することになったら王宮暮らしでお姉様とお義兄様と一緒に過ごせなくなります。なんとしてもそれは避けなければなりませんでしたから、カメリアとかいうあの女には少しだけ感謝していますわ。

(まあ、感謝しているから温情を与えるように後でお願いしておこうかしらね。)


用意されていたクッキーを食べ終わったその時、お姉様達が戻られたことを教えられた。書斎に向かうと、二人共がわたしの存在に気付き、穏やかな笑みを浮かべられました。

「ただいま戻りました、リーリエ。」

「いい子にしていたかい?」

「おかえりなさいませ、お姉様、お義兄様。わたくし、とてもよい子に部屋で過ごしておりました。」


新しく用意された紅茶とクッキーを片手に、お二人によって話し合いの席で決まったことを教えられました。

「あのバカ王子だけど…魔力持ちがいかに重要かをわからせるために、ということで戦線に送られることが決まりましたわ。」

「やはりですか。それで、あの殿下はそこで生き延びられるんですか?」

「さあね。殿下には剣の腕もなければ作戦を立案できる脳もないからね。無茶なことをして戦死するのが目に見えるよ。処刑という手段ではない本気の制裁だということをわからされるね。」

ロゼッタお姉様もオーギュストお義兄様も残酷なことを言いながら優雅にお茶を啜っております。はぁ、いつ見てもお二人は絵になる素敵な夫婦です。


「アルモーネ嬢に関しては現状保留となっている。魔物呼びの笛に関する件は我が領が被害を受けていて現在も調査中の話だったからね。思わぬ収穫だったからこれでアルモーネ子爵家諸共に潰せるよ。」

「成る程。アルモーネ子爵家が魔物呼びの笛の件に関わっているのなら情状酌量の余地はありませんね。シャール侯爵領への被害は甚大でしたもの。ですが、お願いがあるのです。」

「何をお願いしたいの、リーリエ。」

先程の温情を与えて欲しいという話をしたら、お姉様が「聖女からのお願いということで王妃様にお願いしてみましょう」とおっしゃってくださいました。


「後は…虫のいい話だ、と一蹴したかったのですが…王妃様に頼まれごとをされてしまったの。リーリエ、いいかしら?」

「なんでしょう?」

「王妃様はこれまで通り、君の魔法の師を続け、国のために魔法を使って欲しいと君に頼んだんだ。あんな婚約破棄をされて王家への信頼をなくしているかもしれないリーリエに対してね。」

断ってもいいのですが、それによってシャール侯爵家が目をつけられるのも嫌ですし、王妃様からまだまだ多くのことを学ぶことができれば、シャール侯爵領をわたしの魔法で更に豊かにすることも可能でしょう。ならば、無下にする必要はありませんわね。

「お姉様、お義兄様。わたし、王妃様への師事を続け、国のために魔法を使うことに関しては了承致します。」

「そう…。でも、辛くなったらいつでも辞めていいのよ。私もオーギュストも、あなたの味方なのだから。」

その言葉だけでわたしは救われます。その言葉だけでもっと頑張ろうと思えます。


「そうだ、リーリエの新しい婚約者の話だけど…。」

(うげっ…)

お義兄様が人の悪そうな笑みを浮かべた。何を言われるのだろう、と身構えていたのだが、お姉様がニコリと微笑まれて教えてくださった。

「暫くは婚約する気になれないでしょう?いいと思える方が見つかるまで、ずっと家にいなさい。だから、これからもずっと一緒にいましょうね、リーリエ。」

なんて嬉しいことでしょう。

「はい、ロゼッタお姉様!もちろんです!」

わたしの力はわたしを慈しんでくれるお姉様と、そしてお義兄様が守るシャール侯爵家のために、そのついでに王国のためにこれからも魔法の行使をして差し上げますわ。


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