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前編

「リーリエ・シャール!貴様との婚約は今日を持って破棄をする!」

「…はぁ、そうですか。」

今日は王国が誇る学園の卒業パーティーの日。今日を持って学び舎を巣立ち、貴族令息であれば王宮出仕やら騎士として王国騎士団に所属したり、貴族令嬢であれば婚約者と結婚して領地へと向かったり…。平民であればよき所に勤めることになるのであろう目出度い祝いの場で、一人の豪奢な衣装を纏った若い青年が、同じように華美な衣装を身に纏った品のない女を抱いて、一人の子女に婚約破棄を突きつけていた。

状況を飲み込めないでいる子女の味方である貴族や平民は「何故?」「どうして?」と怪訝な顔で青年に訝しげな視線を投げかけている。逆に青年と品のない女の味方なのであろう者達は「当たり前だ」「やっとか」みたいな表情を浮かべていて、吐き気を催すような邪気を放っていた。


「ああ、なんてことを…。」

「ロゼッタ、大丈夫かい?」

「オーギュスト…。これが大丈夫に見えます?」

「愚問だったね。」

イヤなものを見せつけられて眩暈がした。側にいる夫、オーギュストがすぐにわたくしのことを支えてくれたからよかったものの…まさかあの子の報告通りに学園の卒業という門出のパーティーで婚約破棄騒動を起こすだなんて…。


何故わたくしの可愛い妹がこんな公衆の面前で辱めを受けなければならないのかしら?夫も怪訝な顔をしているわ。本当にあの阿呆…いえ、バカ王子、ではありませんわね。頭クルクルパーのマルクス第二王子殿下は何を考えていらっしゃるのかしら?


(違うわ。考える頭がないからこんなことをしでかしたのね。)


隣りにいる夫を見上げると、夫もバカ王子に呆れているのが見て取れた。そして可愛い義妹がこんな目に遭わされて怒り心頭であることも顕わにしていた。

(ああ、後が怖いわね。)

扇子で口元を隠して溜め息を吐いた。


さて、バカ王子に婚約破棄を突きつけられたわたくしの妹、リーリエはというとバカ王子と横の品のない女を冷たい目で見下ろし、落ち込むでもなく、苛立っているのが見て取れた。あれだけの愚行を目の前でされているから怒る気持ちはよくわかるが、声を荒げてはこちらに非があるように見られてしまうし、殴りかかろうものならよりこちらが不利になってしまうのだが…あくまで睨みつけるだけに留めてくれているようで安心した。

(安心なさい、リーリエ。後でわたくしとオーギュストがしっかりとお灸を据えますわ。)

まあ、わたくし達夫婦が出張るまでもなくあの方が黙っていないでしょうから、よくてあの王子は廃嫡の後に罪人の塔に幽閉、悪ければ辺境送りで魔物と戦う日々を送ることになるでしょう。今は言わせるだけ言わせて、ボロを出させて、この場にいる者達にアレがいかに無能だということをしらしめるに限りますわ。


「それで殿下、わたくしは何故殿下との婚約を破棄されるにいたったのでしょうか?」

「白々しいな、貴様、自分がカメリアにしたことを覚えていないのか?」

「はぁ?アルモーネ様?」

リーリエはチラッと品のない女…もといカメリア・アルモーネ子爵令嬢に視線を向けた。そして小首を傾げ「接点は全くありませんが」と口にした。それを皮切りにまた阿呆が聞くに堪えない、というかやかましい騒音を発した。


「貴様は聖女でありながら、この美しき子爵令嬢カメリアに聞くに堪えない嫌がらせをしていたそうだな。時には命すら危ぶまれるようなことだったと…カメリアが泣きながら私に訴えてくれたよ。」

「そうなのです!殿下、わたくし、とても怖くて…。」

「ああ、カメリア!もう大丈夫だからな!今日であの悪魔は地獄に落ちるのだから!」

(地獄に落ちるのはお前達ですわよ!…っと口調が乱れてしまいました。)

口に出さなくてよかった。また夫に視線を向けると…同じことを思っていたのでしょう、どうしてやろうか、と策を巡らせる悪い顔をしていましたわ。


「お前達、リーリエの悪行を説明してやれ!」

「はい、殿下。まずシャール嬢はカメリアの教科書を捨て、移動教室に間に合わないように空き教室に閉じ込め、冬の寒い裏庭で水を浴びせ風邪を引かせようとしたとカメリアから聞いております。他にもカメリアが複数の男を誑かしている悪女だと噂を流したとか…。ご自分も学園の複数の男子生徒と親しくしているのにも関わらずそのような噂を流すなど下劣の極みですね。」

「訓練の時間に洞窟にカメリアを置き去りにして、魔物呼びの笛を使って魔物に襲わせようとしたこともあった。俺達が見つけたから事なきを得たが…最悪カメリアが死んでいたんだぞ!」

「魔物呼びの笛でカメリアを亡き者にできなかったから、遂にはシャール嬢自らカメリアを階段から突き飛ばしました。これは我々も目撃しているのだから言い逃れはできませんよ。」

アホ王子とその周囲の貴族青年達…あれは確か宰相様の御子息と騎士団長の御子息と教団長の御子息だったかしら?揃いも揃ってバカばかりでこの国の未来が心配ですわね。


まずは教科書を捨てて、空き教室に閉じ込め、水を浴びせた…だったかしら?そんな稚拙な嫌がらせができる程リーリエには時間がないわ。学園のある日は取れる限りの授業を取り、空いている時間はマナーレッスンと王子妃教育を行い、それ以外には魔力を上げるための訓練、アホ王子があまりにも何もしないせいで溜まっていく一方の書類仕事の片付けもしていたのよ。それを知らなかったというのかしら?というか目撃者はいないのでしょうか?まさかアルモーネ嬢の話だけであの子を攻め立てているんじゃ…?いえ、あの無能共ならあり得る話ですわね。

次に悪女と言う噂を流した件ですか。学園で教師として勤めているわたくし達夫婦の旧友の話によれば、リーリエが何もできないくせに男を誑かす悪女だという噂が出回っているとのことで、アルモーネ嬢が悪女だ、なんて噂は聞いたこともないのだけど…。何か間違えているのかしら?それとも、自分が流したリーリエの噂をいいように改変したのかしらね?噂の出どころや審議を確かめないで公式な場で悪行の証拠だと突きつけても片腹痛いだけですわ。

それと魔物呼びの笛の話は最も怪しいですわね。高級品で、しかし危険な品として有名なそれは例え裕福な貴族であったとしても簡単に購入できるものではありません。もちろん裏ルートというものがないことはないのですが…危険を犯してまで手に入れた所で何か得られるものはないのです。寧ろ魔物を呼び出し、土地を荒廃させるだけなのですから、普通の感覚ならそんなものはいらないと、手に入れたとしても壊すようなものなのですけど…。というか、魔物呼びの笛が使われたのはシャール侯爵領であってアルモーネ子爵領じゃありませんのよね。我がシャール侯爵家に対し敵意を持っている家の者の仕業だろうと調査は続けていましたが…自供してくれるなんて助かりますわ。

後は、リーリエがアルモーネ嬢を階段から突き飛ばした話ですか。あの子ならやりかねないですけど、それをやるメリットがあの子にはありませんし、そんなことをしても何にもならないことはあの子が一番わかっているでしょう。


(そもそも…あの子は殿下を愛してなどいませんからね。嫉妬するなど可笑しな話ですわ。)


リーリエはアレらの話を聞いても「何のことでしょうか?」と愛らしく首を傾げ、「そのようなことはしておりません」の一点張りだ。そんなあの子の態度が気に食わなかったのか、バカ王子がアルモーネ嬢の腰を抱き、リーリエを指さして高らかにまたも意味の分からない宣言をしましたの。

「今日をもって貴様のような非道な悪魔との婚約を破棄し、聖女と呼ぶに相応しいカメリアを新しい婚約者とする!」

「「はぁ?」」

いけない、つい口に出していたわ。夫も同じだったようね。顔を見合わせたが、互いに意味がわからない、という顔をしていた。


リーリエとの婚約破棄はいいとしましょう。寧ろ喜んで受け入れましょう。あの方には申し訳ありませんが、こんなバカとわたくしの可愛い妹を結婚させるなど承服できかねますもの。ですが、婚約破棄とあの品のない女との婚約は同時に行っていいものではありません。婚約破棄をするにしても手続きが必要ですし、バカ王子としてはリーリエに問題があるとしての婚約破棄だと言いたいのでしょうが、見るからにバカの不貞行為が原因での婚約破棄ですから、こちらから慰謝料の申し立てをする必要があります。なので、今回の婚約破棄騒動は長引くでしょう。そんな中新しい婚約話を立てるなど、不義理もいい所ですわ。貴族として、なんなら王族としてありえません。

そもそもですが、王族と子爵家という家格違いでの婚姻は他の年頃の娘を持つ貴族がいい顔をしませんわ。絶対に一悶着、いえ、三悶着位はありそうですね。それと、先程の魔物呼びの笛の件がアルモーネ家が関わっている、というのならばより婚約は難しくなりますわよ。魔物呼びの笛を自領以外で吹いて魔物を呼び寄せ、他領を襲うなど戦争を仕掛けているのと変わりませんからね。犯罪者の家の者と王族が結婚など…平民ですらいい顔はしませんわ。


「殿下。アルモーネ様。発言の許可をいただけますでしょうか?」

「なんだ、リーリエ。元平民の下民風情の貴様が今更何を言おうとも婚約破棄の撤回はせんぞ。それと貴様が悪魔であることも否定はできんだろう。」

フン、と鼻を鳴らしたあのクソド阿呆の鼻を折りたくなりましたわ。代わりに扇子が折れかかってしまいました。仕方ありませんわね、替えのものを出しませんと…。


「婚約破棄の撤回などなさらないでください。わたくし、殿下と結婚するなど絶対にイヤですもの。」

「なんだとっ!」

「短気で無能で、聖女、聖人とは何かも知らないような頭空っぽな殿下と結婚するなんて、イヤだ、と申したのです。遊んでばかりいた殿下には同じようによく遊ばれていたアルモーネ様がよくお似合いだと思いますわよ。」

「黙れ!」

「殿下ぁ、あの女私のことをバカにしたわ!早く私の前から消してくださぁい。」


品のないのはドレスだけじゃなくて喋り方、ついでに性格もだったようだわ。あのバカがあの女を王子妃にした上で王子としてのさばったら仕事は回らなくなりそうですし、豪遊三昧で国庫は早々に尽きそうですわね。何もいいことがありません。

それに、聖女、聖人とは何か知らないとは…。あの方、王妃様が聞いたらその場で水攻めか氷漬けにされそうですわね。この国では魔力を持った、魔法を行使できる者を聖女、または聖人と呼ぶのです。その魔法は多岐に渡り、例えばリーリエでしたら自然を操るのを得意としていますので緑の聖女と呼ばれ、王妃様は水と氷を操るのに長けていますから青の聖女と呼ばれております。

ただでさえ魔力持ちで魔法まで行使できる者は少ないのです。だというのに…そんな貴重な人材を王家に属する者が公衆の面前で罵倒するなんて。

ほら、バカ王子様。周りをよく見てみなさい。あなたがどういう目で見られているかわかりまして?あなたのことを心底呆れ、こんな者が王子だなんて、と王家に大して失望しているのがよくわかるでしょう?それがわからないというのなら貴方は…。


「衛兵、この女を不敬罪で捕らえよ!」


バカ王子の後ろに控えていた騎士が動こうとしたその時、ホールに国王陛下と王妃殿下が現われました。両陛下の登場に騎士達は動けなくなり、リーリエは拘束されずに済みましたわ。あの子はお二人に対してそれは見事なカーテシーを行い、王妃様はとても嬉しそうにされていました。国王陛下はリーリエのことを慈愛の眼差しで見つめた後、バカ王子のことを睨みつけましたね。


「父上、母上!何故ここに⁉」

「学園の卒業、しかも息子が卒業するのだ。祝いに来ない親はいないだろう。だが…これはどういうことだね?リーリエ嬢が何かしたのかね?」

「聞いてください、父上、母上!この女、リーリエはここにいるカメリアに数々の卑劣な悪行を行い、命を奪おうとしていたのです!そこでリーリエとの婚約を破棄し、新たにカメリアと婚約すると宣言したのです!」

国王陛下は呆れ返ったようにバカ王子の発言を一蹴し、王妃様は本当に申し訳ない、という瞳でリーリエと、そしてわたくし達夫婦を見た。


「マルクス!」

「は、母上⁉」

「聖女、聖人はとても貴重な存在です。国から出て行かれては後に大きな損失になります。それが分かり切っているから、重大な役職や王族の結婚相手として聖女、聖人は選ばれるのです。幼い頃から何度もそれを教えてきたでしょう?」

「ですが、リーリエが力を使った所など私は見ていないのですよ!…そうだ、リーリエはきっと最初からウソを吐いていたに違いない。卑しい生まれなのだ、それ位するだろう?」

あのバカ、リーリエのことを馬鹿にしましたわね!本当に許せませんわ!誰より努力家で、可愛いわたくしの妹がそんなウソを吐くはずがありません!あの子のお陰でシャール領は常に豊かな実りの恩恵を得られているのですから。


「マルクス!」

「何です?力なき者が聖女としてのさばり、貴族としてのうのうと暮らすなどありえないでしょう?その点カメリアは有能で、美しく、魔力を持っているそうでその内聖女に目覚めるかもしれないのですよ?尚更リーリエである必要は」

「お黙りなさい。それと、そこの娘に魔力はありません。青の聖女であるわたくしが断言致します。」

王妃様の言葉に顔を青くしたのはアルモーネ嬢だった。まさか魔力持ちで、自分がいつか聖女になると言って王子を誑かしていただなんて…。彼女そのものは死罪でもおかしくないし、誰も擁護しないでしょうね。


「リーリエ。」

「はい、王妃様。」

「リーリエ、ごめんなさい。貴女の力を今ここで使ってもらえるかしら?」

リーリエは小さく頷き、両手を前に掲げた。

「”花の精よ、この地に緑を息吹かせたまえ!”」

力強い詠唱と共に窓に蔦が這い回り、天井から花弁が降り注いだ。この場であのバカ王子達を拘束するような、人を傷つけるような魔法を選択しなかったから偉いわ。


「あなたの力は年々強くなっていますね。努力していることがよくわかります。」

「ありがたきお言葉です、王妃様。」

リーリエにとって王妃様は魔法の師匠でもありますからね。褒められてとても嬉しそうです。姉にする態度とは少し違って…ちょっぴり妬けてしまいますわ。


「これでわかりましたか?リーリエは魔法が使えます。アルモーネ嬢、貴女が魔力持ちで尚且つ魔法が使えるというのなら今ここで使って見せなさい。」

王妃様の言葉にアルモーネ嬢は大きく首を振り「私には魔力もありません!」と自白した。

「そんな、ありえない!魔法が使える?リーリエ、私を騙していたのか⁉それにカメリアには魔力がない…?カメリアも私をバカにして?」

「騙すなど…聖女が魔法を使えるのは当然でしょう?シャール領を含め、多くの領地に飢饉が訪れないよう力を使っていたのを殿下はご存知なかったのですか?」

「そんなことありません、殿下!信じてください!殿下が愛してくだされば私には魔力が生まれるはずなんですぅ!」

そんな話があってたまるか。聞くに堪えないと思ったのだろう。陛下が後ろに控えていた騎士達に号令を飛ばした。

「バカ息子とアルモーネ嬢を連れて行け!バカ息子に与していた者達も同様に捕らえよ!」


ギャーギャーと騒ぐ一行が連れて行かれるとホールには静寂が訪れた。

「リーリエ嬢、この度は息子の暴走で其方を傷つけてしまった。本当に申し訳ない。」

「いえ、陛下。それよりも殿下の暴走を止めることができず、わたくしも心苦しいですわ。」

「リーリエ、本当にごめんなさいね。貴女の貴重な時間をたくさん使わせてしまって…。」

「王妃様、わたくしは大丈夫です。王妃様の元で魔法を学べたことは何より素晴らしい時間でしたから。」

両陛下が穏やかにリーリエを見つめた後、今度はわたくし達夫婦に向き合った。さて、これからが勝負ね。大丈夫よ、リーリエ。あなたに不利になるようなことは絶対にしないわ。


「シャール侯爵夫妻、バカ息子が申し訳ないことをした。」

「頭をお上げください、陛下。ここではなんですから、今後のことを別室で相談いたしましょう。」

夫が上手く話し合いの場を設けるよう誘導してくれたわ。陛下も頷き、王妃様もそれに従ってくださった。もちろんわたくしも同席しますわ。同席しない、被害者でもある妹を見ると、先程まで王子を睨んでいた目つきが一変、愛くるしく微笑み、わたくし達のことを見つめていた。

「リーリエ、後のことはわたくしとオーギュストが話をつけます。先に家に帰ってゆっくりしていなさい。」

「はい、お姉様。」

晴れやかな表情で足取り軽くホールから出て行くのを見送って、わたくし達は国王陛下と共に王城へと向かうのでした。



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