5話 感動的な再会にパフェグラスを
遅くなったので二話投稿
現在、彩吹にとって最も気まずい状況である。先日の恩人が今目の前にいるのだ。向こうは側から見れば驚いていなさそうだが、呼吸や空気からするに驚いている事が分かる。
パフェ、水鳥、チョコレート、なんで。頭の中でこの条件じゃ検索に出てこなそうな単語をずらりと並べる。
まさかこんな形で再会するとは思ってもみなかった。この場に集められたのは、そういう理由がなければならない。
「彩吹君、わざわざこんな時間に申し訳ない」
「田宮さん。お久しぶりです。そちらの方は……」
田宮と呼ばれた男は一言で言うならビジネスマンだろうか。いつも通りのスーツに四角く黒い縁の眼鏡、七三分けの前髪。
主に仕事の詳細を伝えに来る人である。書面でのやり取りだけで済めばいいのだが、口頭での説明が必要な場合がある。
「彼は水鳥。『火喰鳥』所属の暗殺者だ」
『火喰鳥』暗殺や諜報を目的とした国家直属の極秘組織。個々の戦闘力が非常に高い事で有名である。噂によれば熊を正面から蹴り倒す人がいる、らしい。
対人用の組織の中では頂点に立つと言ってもいいと彩吹は思う。
一方、こちらは霊や悪魔などの超常現象に特化した組織だ。幾ら戦闘に長けていても直接的な殺人が出来ない者がいる。彩吹もその一人だ。だからこそ処理班と呼ばれるものが組織内に存在するのだが、別件で全員いないとなると、外部の手を借りなければならない。
「今、別件でこちらの処理班を動員出来ず『火喰鳥』の方に要請した」
「それで『火喰鳥』の方ですか。よく兄が反対しませんでしたね」
「既に上層部では話をつけている……あの方は反対だったが最終的に納得させた。彼も引き受けてくれるそうだ」
まさか誰が『火喰鳥』の関係者だと思うだろうか。殺人をしていれば多少たりとも殺意や血の匂い、更にそれとなく悪寒を感じるのだ。にも関わらず、彩吹は何一つ感じなかった。あの時は空腹で油断していたのもあるが、今の水鳥からも何も感じない。遠距離で殺害しているならまだ分かる。以前会った火喰鳥の人は匂いはしなかったが、通りがけた時悪寒がした。
水鳥の方を見やるとまだ気まずそうな表情を浮かべている。
「やあ、一昨日はどうも」
「ども」
軽い挨拶を済ませると、水鳥が視線を逸らす。
「知り合いか?」
「通りがけで偶然助けて貰ったんです」
報連相は大事だとよく言われるが彩吹の場合それは当てはまらない。彩吹には朱赫の他にもう一人とても、とても過保護な兄がいる。その兄は田宮の上司でもある為、話したら最後、田宮経由で兄に伝わってしまうのだ。
(下手したら仕事ほっぽり出してくるからなぁ……余計田宮さんが胃を痛めかねない…)
笑って誤魔化していると、田宮が数秒こちらを見た後書類を出した。
「では本題に入ろう。例の件についてなんだが……その前に『防音結界』を頼む」
「はい」
『防音結界』霊力をでできた防音壁を三人を囲うように張る。周りに他の客は居ないが、万一の事と、外側から見ていると読唇術が使える者がいたとしても、何の情報にもならない会話をしているように見える。
水鳥がコツ、と壁を叩いたが核兵器でも持ち出してこない限りは彩吹以外解除が出来ない。
丁寧に確認して貰ったところで田宮が話を進めた。
「自称『魔法少女』の目撃情報を入手した。彩吹君が通ってる学校付近の出来事だ」
「まほう、しょうじょ……?」
水鳥がありえないと言った顔をする。普通の日常(暗殺をしている時点でまあまあ普通ではないが)を送っていれば、絶対に耳にしない架空の名称である。
だが声色や状況で冗談ではないことが分かるぐらい緊迫している。
「君には説明がまだだったな。半年前から出現した魔法少女……三人ほど目撃情報は多数あるが記録媒体に残そうとすれば必ず黒く塗りつぶされる。これは監視が目撃した時に送られた画像を現像したものだ」
現像された写真を見ると、飛行中の魔法少女とその周囲が黒く塗りつぶされ、周りの建物や人物だけが映し出されている。
これだけ見たなら普通に加工していると思う。が、彩吹が写真に触れて霊力を通し干渉しようとすると、不自然に静電気のようなものが流れるのだ。
「やはり、君もあの方同様で干渉できないか」
「解析に時間をかければ取り払えると思います。今の所、彼女達が何を源にしているかわかんないですし。実際遭遇できたらいいんですけど」
魔法少女が何を源に術を行うのか分からなければ、幾ら解析しようとしても弾かれるだけである。
半年経っても彩吹は魔法少女に遭遇出来ず、情報も極端に少ない。
彩吹が田宮に写真を返すと、水鳥が漸く口を開いた。
「ただの自称コスプレ集団ではない、と?」
「初めはそう考えていた。だが、奴らの行動を監視する者が全員行方不明となっている」
全員行方不明、半年もの間監禁されていると考えるか、殺されている可能性だが彩吹にも疑問がある。
「魔法少女を自称するくらいなら人殺しなんて出来ないと思うんですけどね。僕の想像ですけど、愛と平和の為に戦う正義の味方っていうイメージがあるので」
「それは君もだろう。どちらにせよ、このまま野放しにしてはおけない」
葬織家の家業も元は見えざる魔の手から人々を守るというものだ。魔法少女がその魔の手の類であるならば容赦はしない。
「彩吹君には魔法少女を見つけ次第弱体化させ、一般人に危害を加えるようなら水鳥君、君がとどめを刺せ」
「その為の俺ってわけですか」
彩吹は人を殺すことができない。善人であろうと悪人であろうと、彩吹は誰一人切り捨てる事が出来ないのだ。
「……それは、俺が戦力外で、基本的に戦闘に関わらなくても良い、ということでしょうか」
「そうしてくれて構わない。基本彩吹君一人で対処することになっている……彩吹君と同年齢かつある程度の自衛手段を持っていて躊躇いなく人を殺すことができる、その全てに当てはまる君はこれ以上ないほど適任だよ。君には転入生として魔法少女の疑いのある人物の監視、及び彩吹君のサポートについてもらいたい」
確かに適任だな、と彩吹も思う。同年齢ともなれば学年が同じなのでクラスが違くとも階層は同じなのですぐ駆けつけることが出来る。
しかしまだ納得がいかないのか水鳥が田宮に質問を重ねる。
「あの、本当に大丈夫でしょうか」
「大丈夫、とは何がだろうか?」
「彼、ろじ「僕の戦力面に不安があるなら一戦どうですか?」
水鳥の言葉を遮り彩吹がそう言う。先程上手く言及を回避したのだ。流石にこれ以上兄の過保護を増長させるわけにはいかない。
田宮は訝しんだが、彩吹は更に捲し立てた。
「僕なりのアイスブレイクです。勿論今後の事を考えて実力を知りたい、ってのも本音です。それに、実力を知ってもらえればそちらも問題ないでしょうし」
「……水鳥君が構わないと言うのなら許可する」
「俺は構いませんけど、ここで暴れるのは流石に迷惑では?」
「それなら問題ない。来い」
と言われついていくと、カウンターの後ろのエレベーターに乗せられ、水鳥だけは壁に固定された。
「口を閉めておけ」
言われるがままに口を閉じると、田宮は一定のリズムで階数ボタンを叩きはじめ、物凄い速さで下降し始めた。想像しやすいように言えば、遊園地にあるフリーフォールをそのままベルトを着けずに立ったままの状態である。
「ちょっ、これどうやって外に……!」
「そろそろいいですかね?」
焦る水鳥とは対象に彩吹が落ち着いた声で田宮に尋ねる。
田宮が頷いたので彩吹が拳を構える。頭の中でカウントダウンを取りながら深く息を吸い、ここだという瞬間を逃さず、
エレベーターの扉を殴り壊した。
するとスピーカーから『やったね!ハイスコア!』と言う機械音声が流れた。
ハイスコア、つまりここでエレベーターを壊した者の中で最高記録を叩き出したのだ。
「やった!」
「よかったな、駄菓子詰め合わせだ」
因みにこのエレベーター兼パンチングマシン、放置すれば全員潰れ、数秒ずれれば外に出れなくなってしまう鬼畜ぶりである。
彩吹は田宮から貰った駄菓子詰め合わせの籠の中から美味しそうな棒を取り出し水鳥に差し出す。
「いる?」
「……いい」
即答である。サラダ味、嫌いなのかなと彩吹は袋を開け一口食べると、塩味や懐かしい味が広がってくる。
田宮がエレベーターを素早く直すと、「ここならどれだけ暴れても問題は無いはずだ」と言った。
「これは凄いな……」
水鳥が感嘆の声を上げる。地下だが昼間の様に明るく、雑多に柱が並んでいる。過去の戦闘訓練で使ったのか、所々柱が抉れているが、当分は問題なさそうだ。
奥の方に闘技場が見えるが、使用中との事である。
「制限時間は三十分、その間にどちらかが奇襲をかけて、ナイフを首にかけた方が勝ち、でいいよね?」
至ってシンプル且つ暗殺者らしいルールを決め、木製のナイフを水鳥に渡す。
「正面きって戦わないのか?」
彩吹は始めその事も考えていた。だが相手の土俵で戦わなければ意味がない。暗殺してこその暗殺者である。少なくとも彩吹が今まで出会ってきた奴らはそうだった
「うん、多分だけど僕が勝つと思うから」
多分、と言った割に自信ありげなのが気に食わなかったのか、水鳥が「随分と舐められたものだな」と吐き捨てた。
舐めているという訳ではない。傲慢に聞こえるその言葉は、彩吹にとっては予測できる結果そのものであるからだ。
「あと私情ではあるんだけど、僕、恩人といえど人殺しにはあまり手加減できなくて。全力でかかってきてほしいな」
言い終えた瞬間、彩吹はその場から姿を消した。
一定のリズム=某コンビニの入店時の音楽