4話 タッパー爆破とコーヒー牛乳
だいぶ遅い更新となってしまいました。
水鳥と別れた後、辺りを見渡すと周りはもうすっかり暗くなっていた。
恐る恐る時計を見ると、八時を過ぎてしまっていて、彩吹の顔がスッと青くなった。電話の通知も幾つかあり、心配するメッセージが届いている。
(今日、誰が買い出し当番だっけ。あと夕食大丈夫だったっけ!?)
当番表を確認すると、今日は彩吹の分は無かった。安堵したその直後、メッセージの中に『お前の弁当と冷蔵庫にカレーとかあるからあっためて食わせておく。とっとと帰って来い』と書かれている。彩吹の頭の中で最悪の状況を想像し、これはすぐに帰った方がいいだろうと思い全速力で家に帰った。
崖を登り木を渡って裏道を通り、ようやく家の前に着くと台所に灯りがついていたので彩吹が玄関の扉を開けると真っ先にスライディングするかのように突撃した。
「大丈夫!?爆破してない!?平気!?」
そこにいたのは、皿を洗っている朱赫だった。彩吹の慌てた様子を見て少し呆けていたが、皿を落としそうになったのですぐにハッとした。
「おー、おかえり……お前は人を何だと思ってるんだ」
「ただいま……兄さんだよね?姉さんを台所にいれてないよね?タッパーを電子レンジにいれてない?米を洗剤で洗ってない?」
「してない。するわけないだろ。全力で阻止したがな」
彩吹と朱赫には姉がいる。手先は器用なのだが料理となると卵を電子レンジの中に入れ加熱させ、玉ねぎの皮剥きを頼めば無くなり、とんかつを作ると言えば何故か自前のハンマーで豚肉を柔らかくさせようとする。
葬織家の中で唯一台所にいれてはいけない人物である。
「ところで、お前飯は?」
「食べてきた。あ、皿洗い手伝うよ」
「いいや、二人に手伝って貰ってるし」
というと、頭一つ分の大きさの可愛らしい兎が座りながら慣れたように洗い終えた皿を拭いている。もう一方は朱赫より身長が高く体格もしっかりしている。顔は見えづらいが、額に一本の角が見える。一言で言うなら言えば鬼だ。
葬織家で代々『妖』と呼んでいる。葬織家には二人以外にも二十数人の妖がいる。
なので、彼らの賄いを作るのも彩吹の役目である。賄いと言っても彼らは食事の『気』を食べているだけなのでお供えと変わりない。好き好んで実体ごと食べている式神や妖は普通にいる。
「ただいま。君達の分のご飯も準備するから、ちょっと待っててね」
彩吹が冷蔵庫から色々取り出そうとすると、朱赫がその行動を制止した。
「その必要はない。俺の霊力を分け与えた。ついでに風呂も沸かしてあるし、あいつらも寝かしている」
彩吹は妖達に直接霊力を渡している訳でなく、料理中に無意識に流れる霊力を食事に含ませている。
朱赫はそのまま霊力を与えたと言っていた。その場合、普段出す霊力より数倍は放出しなければならない。
「大丈夫なのか?」
「心配いらない。寧ろ最近溜め込んでいたからな」
いつの間にか兎がどこからか瓶入りのコーヒー牛乳を持ち出し、彩吹の頬に押し付けた。
その仕草が余りにも可愛らしく、彩吹がくすっと笑う。
「風呂上がりにでも飲め」
「ありがと」
と言うと、宙で人差し指を回し、白い靄を出すと、霊力でできた飴玉を二人に渡した。
鬼はすぐさま口の中に入れる。兎はどこからともなく瓶を取り出し、彩吹に貰った飴玉を仕舞う。
喋る事ができる妖によれば、彩吹の作り出す飴玉は極上の甘味だと言い、瓶の中に溜め込んでいるのは月終わりに味わう為だとも同じ妖から聞いた。
「あ、そうだ。はいこれ。処分よろしく」
と言うと、ヘドロもどきの入ったレジ袋を朱赫に押し付け、もとい任せる。
彩吹は台所を後にすると、風呂に入る準備をする為に部屋に戻り、朱赫は残された台所で一人溜息を吐いた。
風呂上がりに部屋に戻ると彩吹は今朝靴箱に置かれていた手紙を開封すると、地図と時刻だけが書かれた用紙一枚だった。
コーヒー牛乳を飲みながら場所を調べていると、手紙の送り主の組織が経営するホテルである事が分かった。
「明後日の午後八時三十分集合、か」
明後日の曜日は金曜である。休み直前に伝えたい事があるのだろう。
彩吹の口からあくびが出る。時計は十時を回っていた。
「もうこんな時間……眠……寝よ」
彩吹はベッドに横たわると、そのまま眠りについてしまった。
ーーー
それから何事もなく一日が過ぎた金曜日の放課後。
彩吹は近くの図書館で暇を潰そうとしたところ、翔から『彩吹今日暇?』と言うメッセージが届いた。『部活の誘い?』と彩吹が送ると、すぐさま『頼むよー、大会まであと少しだし、先輩たちがいなくなったら更に人数減るんだってばー』と届いた。
返信打つの早いなと思いながら『そうは言われても、頑張って勧誘しなよ』と返す。すると『今してるじゃんー!』と返ってきたのでそれに『とにかく今日は用事あるから無理』の後に頑張れのスタンプを使った後彩吹はスマホの電源を切った。
課題を済ませた後、二時間ほど本を読み、時間を確認すると丁度七時になりかかっていた。
図書館を出るとそのまま歩いてホテルまで向かい、フロント係に名前を言うと「田宮様から承っております。どうぞこちらへ」と言われ、案内係に荷物を渡し、エレベーターを使いラウンジまで通されると、案内係彩吹の荷物を部屋に運ぶべく早急にその場から立ち去った。
ホテルの従業員の大半は元戦闘員である。なので気配や足音が全くと言っていいほどない。
彩吹は内心で小さな溜息を吐くと、窓の外に広がる夜景を只々眺めた。
家の周りは木々ばかりで星がよく見えたが、これはこれで夜景は綺麗である。
暫くするとコトリ、と机の上にパフェを置かれた。
「何も頼んで無いはずですけど?」
「サービスです」
見事なグラスに新鮮なオレンジが宝石のように輝き、グラスからはみ出てしまっているジェラートは、チョコレートの他にピスタチオまである。
上に添えられた細工は美しく、口に含めばパリッとして口の中で溶けてしまいそうだ。
間違いなく美味しい、脳がそう言っている。
長いスプーンを手に取りチョコレートのジェラートを一口含んだ。
生きててよかった、そう思いながらゆっくり味わうようにパフェを食べているとものの数分でグラスが空になりそうだった。
少しばかり惜しんでいると、彩吹以外客がいないラウンジに誰か入ってきたので何となく顔を上げてみてしまった。
カラ、と手から抜け落ちたスプーンがグラスに落ちる。
音に反応したのか、次の瞬間お互いの目が合ってしまった。