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1話 彩吹

一話投稿。

 葬織彩吹、十五歳、祓い屋の家系に生まれたが、その実態はまた別で、同業者からは『戦闘民族』や『葬儀屋』と呼ばれる一族の家系である。

 普段は普通の高校生活を送り、依頼があれば妖やそれ以外の異形のものを文字通り祓う。それとは別に、護衛や商売、暗殺業を行い、生計を立てている。が、それでも裕福な暮らしを送っているわけではない。寧ろ家にいる時間の方が短い為、そういった事にあまりお金を掛けない。唯一お金を掛けているといえば食費ぐらいだろうか。遠方の依頼では国から滞在費が支給される為、余計な費用は使わずに済む。


 彩吹の学校への登校は至って普通で、山を下り、崖を下り、家から電車を使って三時間以上離れた学校まで往復十数分を学校の近くまで走り、途中から歩いて通っている。


「よっ……!」


 そう言うと、彩吹は崖を一気に飛び降りる。常人であれば骨折するどころか、最悪死に繋がるこの道は彩吹が小学生の頃から直されていない。

 ここ葬織家は日本のどこかの山の中にある屋敷である。そこから都心の学校まで走るのは、彩吹達にとっては苦痛ではない。


 学校の近くまで通りかかると、彩吹は走る速度を落とし、次第に歩く歩調になる。息切れした様子もなく普通に歩いていた。

 彩吹は同じ制服の中で、一際長く輝く黒髪を靡かせた後ろ姿の人物に肩を叩く。振り向かせると、四角く細い黒縁の眼鏡に、端正な顔立ちが彩吹を見て、ふっと目を細める。その姿を見て、周りの男子生徒がごくりと唾を飲む。

 彩吹が鞄から弁当箱が入った袋を取り出すと、黒髪美人に差し出した。


「おはよ、はいこれ」

「いつもすまないな。ありがとう、彩吹」


 美女は彩吹から弁当箱が入った袋を受け取ると、彩吹の鞄の中を見てふとこう言った。


「お前、自分の弁当はどうした?」

「え?あ、あれ?」


 彩吹が鞄の中を探ると、自分の三段のわっぱの弁当箱がないことに気がつく。あの大きさの弁当箱にスープポットがついているならば普通気がつくはずなのだが、彩吹は気が付かずに学校に走ってきてしまったのだ。

 彩吹が家にとりに戻るように振り向こうとすると、美女が彩吹の肩を掴んで止める。


「おい、いくらお前の速さでも、始業に間に合わないぞ」

「でも……」


 彩吹が言い訳を始めようとすると、美女が弁当を彩吹に差し出した。

 彩吹に対し微笑むと、更に周りがどよめく。


「俺の弁当やるから、な?」


 彩吹が弁当箱を受け取ろうとすると、何を考えたのか美女に押し返した、


「それは申し訳ないから購買で買うよ」

「それはいいんだが、お前、全部買い占めたりしないよな?」


 美女が訝しげな顔で聞いてくる。彩吹はいざという時のためにお金をいくらか用意しているが、この事は考えていなかった。


「うっ……流石に、しない、かも」


 彩吹が美女から目を逸らすと、美女が溜息をついて呆れた目で彩吹を睨んだ。


「一応いっておくが、お前、俺の学年でも『王子』って呼ばれているからな?」

「僕は王子じゃないし」


 入学初日から子や男子を虜にした彩吹は整った眉をしゅんと下げる。

 彩吹と美女の会話の断片を聞いていたのか、または彩吹の残念そうな顔を見たのか周りの生徒達が我先にと弁当箱や袋を差し出す。


「葬織くん!私の弁当手作りだけど、いる!?」


 彩吹の顔に女子生徒の弁当箱がめり込む直前、弁当箱が横から伸びた手に止められる。


「おい何しとんじゃ。葬織、俺のパン食うか?というかこの前のお返しだ」


 男子生徒が彩吹に近くのコンビニで買ったパンが彩吹の顔に当たるところを直前で回避する。


「えっと、いいかな」

「葬織!俺の!」


 次々に昼食を顔に押しつけられる彩吹を見て、美女は呆れ気味にその様子を見ている。

 彩吹は整った中性的な容姿に文武両道、部活の助っ人などもしているため、老若男女と多方面で人気なのだ。ファンクラブどころか、崇拝者までいる始末である。


「彩吹、先に行ってるぞ!」

 美女が透き通る声でそういうと、そちらに視線が集まる。彩吹が焦ったように人混みを掻き分け美女を追いかける。

「待って!ごめんみんな。自分たちのお昼ちゃんと食べてね!」


 彩吹が軽く走り、やっとの事で人ごみを掻き分け、美女に追いつくと、お金を幾らか差し出した。


「弁当、僕が食べちゃうから、購買で買うお昼ご飯代。お釣りは好きに使っていいいから」

「いい、お前の食費に回せ」


 美女が彩吹から渡されたお金を押し返す。この二人は揃って強情であるため、どちらも譲ろうとしない。


「そう言われてもなぁ……朱赫()()()僕の弁当無しでも大丈夫?」

「ああ、問題ない。お前は自分の心配をしろ」


 この黒髪美女……もとい朱赫と呼ばれた青年は、完全に女と見紛うほどの歴とした男だった。何故女装しているかというと、朱赫は髪を自身の代償としているため、切っても伸びてくるのである。眼鏡は極端に視力が悪いというわけではなく、理由のほんの一部としては朱赫本人の存在感を薄くするためでもある。


 (我が兄ながら、今日も麗し……って、こんなこと考えている場合じゃない)


 彩吹は頭を横に振り、朱赫に弁当を押し返す。


「いいよ、別に」

「よくない。ただでさえ食べ盛りの時期だ。ちゃんと食ってくれ」

「兄さん最近姉さんに似てきたね……!?」


 朝っぱらから何をやっているのだろうと、先程の弁当減り込み事件の際よりは少ないが周りに見物客が集まってくる。流石に本気で争えばここら一体がなくなってしまうので本気は出していない。第一、朱赫は彩吹に力では押し負けてしまう。

 なので言葉で丸めこようとしてくる。こういう手口は、彩吹と朱赫の姉がしてくるものだ。最近朱赫も保護者感が増してきていると彩吹は思う。


「あのさぁ……?兄さん。僕は兄さんの方が心配……」

「馬鹿か。お前の方が倒れるぞ」


 彩吹は、一度の食事にあの三段弁当ほどの量がなければ動けなくなるという、葬織家の中でも割と特異な体質だった。


「一食抜いたぐらいじゃ死なないから……!購買は僕が行くから、兄さんは僕の作った弁当大人しく食べてて……!」


 彩吹は意地が強く、自分の我を決して曲げようとはしない。それは同じ血を引く朱赫も同様で、食べ盛りの弟にはちゃんと食べてほしく、まだ争っている。

 周りの視線が強くなり始めると、彩吹の方が折れた。


「わかった。でも無理しないでね。スープポットは置いていくから」

「ああ、わかった。お前こそ、無理するなよ」


 彩吹は朱赫にそう言い渡し、二人並んで学校まで歩いて行く事にした。


「そういえば、兄さん。今日朝ごはん食べなかったけど、大丈夫?」

「さらっと弁当を押し付けるな。朝飯は自分で作ったから安心しろ……って何だその顔」


 彩吹が生暖かい視線を朱赫に向ける。


「あ、いや、いつもあれだけ台所大惨事にしていくのに、今日はやけに汚れていなかったなぁって」


 朱赫が朝食を作るといつも大量の洗い物を残して先に学校に行ってしまうためいつも彩吹が片付けてから学校に行っている。

 珍しく今朝は洗い物が残っていなかったな、と思うと朱赫が綺麗な顔を訝しげに歪めながら反論した。


「流石に言い過ぎだと思うんだが?」

「事実だし。どうせ今日だって薬で皿溶かして証拠隠滅したとか、そんなのじゃないの?」

「……昔の話を持ち込むな」


 葬織家の家事を担う彩吹にとって、朱赫のすることは余計な仕事が増えるだけである。何故血が繋がっているのにここまで薬剤を撒く掃除以外の事はできないのかと思ってしまうのだ。


 (この前作ってた殺虫剤だって、何故か床は綺麗になってたし……ちゃんと殺す効果もあったけど)


 彩吹がこれ以上の不満をぶつけないよう心の中で唱えていると、目の前が翳っていく。

 彩吹達が通うこの高校は、中高一貫で校舎が広い。校門の前に着くと彩吹達に視線が集まる。


「じゃあ、兄さん。そろそろここで。ちゃんとスープだけでも食べるんだよ?」

「お前は自分の心配をしろ……誰に似たんだか」


 彩吹はこの後、路地裏で倒れてしまう。その事を二人は知るよしもなかった。













彩吹は大食い。

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