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第二希望の人生にさよなら?2

どれほど時間が経ったのだろうか、カタカタと何かを打つ音で目が覚める。

 半目で音のする方に顔を上げる。


「キーボードの音か……?」

「ああ、目覚めましたか? おはようございます」


 急に聞こえた女の声に目を見開く。


「誰?」


 目の前には砂浜の上にはミスマッチな猫足の高級な机、そしてその上で忙しくアンティークのタイプライターに向かって指を動かす女がいた。

 女は、猫目で鼻筋が通った美人だ。だが、ツンとしていて感じが悪い。それに、砂浜でスーツ姿ってなんだよ……。

 俺はこんな趣味ないぞ。


「こんな夢ならいいや」


 再び寝落ちをすると、女に大声で起こされる。


「匠海さん! 生口匠海さん! いい加減に起きてください!」


 目を開けると、眉間に皺を寄せた猫目の女から見下ろされていた。これは悪くないポジションだ。それに、怒った顔のほうがツンとした顔よりは愛嬌がある。

 ここでシャツでも脱いでくれれば――。

 しかし、そんなことは起こらず……女にはなぜか軽蔑された目で睨まれる。これ以上の展開がないならいい加減に夢から目覚めたいのだが。


「長い夢だな」

「夢ではありません」


 あくびをしながら起き上がり耳の裏を掻いていると、女が尋ねる。


「匠海さん、どこまで覚えていますか?」

「どこまで……とは、なんの話だ?」


 徐々にはっきりしてきた意識で尋ねる。


「ご自身の死についてです。ここは生と死の境界線です」

「へ?」

「思い出してください。どこまで覚えていますか?」


 生と死の境界線……?

 最後に覚えているのは、地元の友達と飲み会で酒を必要以上に呑み……フラフラしながら友達と別れ――それからどうした?


「何もない場所で足を躓いて、地面に頭を打って亡くなりました」


 スーツの女が呆れたように言う。

 ああ、そうだ。酔っぱらって急に走り出し、足が絡まって躓いたのだった。


「あれくらいで死ぬのか」

「死にますね」

「マジかよ」

「よかったです。死んだ状況を思い出しましたね」


 実際に死んだ瞬間は覚えていないが、頭を強く打ったことは思い出した。だが、生と死の境界線ならまだグレーゾーンってことなのではないか?


「違います。匠海さんはすでに死の側になります」

「さっきから思ったけど、もしかして俺の思考を読んでいるのか?」

「はい」

「それは……」


 女は悪気の一切ない返事だが、なんだか恥ずかしいので頭の中を勝手に読むことはやめてほしい。しまった……さっきのシャツを脱いでほしいと思っていたのも読まれていたのか? 恥ずかしいな。


「恥ずかしがることはないですよ」

「い、いや。そんなこと言われても……」


 なんだかやりにくい。それに思ったよりも女のスカートが短いので屈むと見えてしまいそうだ――ってこの思考も伝わっているってことか?

 女が無表情で立ち上がると軽蔑したように見下ろされた。あー、完全に今の思考も読まれていたな。話を逸らそう。


「そ、それであなたは何者ですか?」

「私は魂を管理する208です」


 女には名前はないようだ。

 208曰く、ここは魂が次の輪廻まで休みながら待つ場所らしい。通常、魂は途中で目覚めることはないらしいが、俺は何が原因なのか目覚めてしまったということだ。異変に気付いた208は急いで駆け付けたそうだ。

 魂や輪廻……説明しづらいが『死んだ』という感覚は徐々にはっきりとしてきている。ここが死後の世界だと妙に納得している自分がいる。


「それで、俺はこの後どうすればいいのだろうか? 次の輪廻まで待つのか?」

「それが困ったことに……匠海さんは輪廻の巡りから外れてしまいました」

「へ? なんで?」

「あなた自身で巡りを断ち切ってしまいましたから」


 どうやらあの頭の上にあったタンポポが輪廻の転生の道しらべだという。

 そんなこと言われても……というか俺ごときが抜ける輪廻の転生の道しらべってなんだよ。タンポポがまだあるかと砂浜を探すが、無駄だった。


「道しらべはすでに消滅しております。ですので、今後も惑星地球へは戻れません。でも、あなたがこのままここにいては迷惑なのです」

「そんなにはっきり言われると傷つくな」

「状況が状況ですので、はっきりお伝えするべきかと」


 無表情でそう言われる。どうやら208は真面目なタイプのようだ。


「じゃあ、俺はこれからどうなるのだ?」

「別の惑星で新たな人生を歩むか、消滅ですね」


 そんなあっさり告げる話か、これ……。


「……消滅は嫌なんで、別惑星でお願いします」


 正座をして答える。それ一択だよな。


「分かりました。少々お待ちください」


 こんな判断ができるってことは、もしかして208は――


「あの、208さんは神様――」

「いえ、ただの案内人です」

「それなら神様はいるのか?」

「匠海さんの想像する神様に近い存在はいます」

「そ、そうなのか……」


 208は、それ以上何も語らずに再びタイプライターの前で忙しく指を動かし始めた。

 今後も地球の輪廻には戻れないのか……。

もう二度と会えない地元の友達や家族の顔、それから集めいていたフィギュアを思い浮かべ、なんだか急に胸が痛くなった。まさかこんなに早く死ぬとはな。

 別にそんな大層な人生を送ってきたわけではないが、東京で勤めていたあのクソ会社をついに辞め、地元でこれからのんびり過ごす予定だったのになぁ。


 頭を打って死ぬって、ついてないな……。


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