真珠よりも貝
「アルス、持ち上げるのを手伝ってくれ」
ヤドがあまりにも誇らしげに言うので、毒貝の疑惑に口を噤む。
貝を持ち上げると普通にクソ重い。
「モンスター貝かよ」
「まぁ、一応そうだな」
「は?」
聞けば、この貝はジャイアントクラムをいう魔物だという。
この世界、魔物がいんのかよ!
「高級食材だぞ!」
「そ、そうなのか?」
「珍しいからな。俺も前世で二回しか食ったことないものだ」
ヤド曰く、通常、この貝は発見が困難なことから相当な値段が付いているという。だが、この無人島周辺にはこの貝の群生がいるという。
ヤドは嬉しそうに言うが、それってこの辺りに全く人が足を踏み入れないってことだろ? それは、あまり朗報ではない。
「これ、特別な処理とか必要なのか?」
「そのまま焼けば食えるぞ。美味いぞ」
どうやら毒貝ではないようだ。魔物と呼ばれる生物を口に入れることには少し躊躇があるが、美味しいのなら食べてみたい。
両手で貝を持ち上げると、十キロ以上の重さがあった。殻の重量かもしれないが、貝だと思ったら普通に重い。
貝の中身を見れば、青紫の毒々しい色がうねっていた。鮮やかな色以外、見た目は鮑に近い感じがした。
何か貝の奥で光った気がしたので、目を凝らしながら顔を近づけるとヤドの焦った声が聞こえた。
「あ、水を吐くから気を付け――」
ヤドがそう注意するさなか、貝から液体の噴射を掛けられ、バランスを崩すと砂浜に転んでしまう。
「ぐわっ! なんだよ! 目が痛い!」
「大丈夫か?」
「毒か! 今、毒を掛けられたのか!」
急いで海の水で顔を洗うとヤドが声を上げ笑う。
「毒じゃない。ただの海水だ。地上に上げると、ああやって噴き出すことがあると聞いた」
「そういうことは早く言えよ……」
魔物、といってもこのジャイアントクラムはほとんど攻撃してこないという。
「たまに足とかを挟んでくるくらいだ」
「海中で足を挟まれたらヤバくないか?」
「海中呼吸できなければ死ぬな」
普通に危ないな。
砂浜に落ちたジャイアントクラムを見れば、殻が閉じていた。ジャイアントクラムを海辺からヤシの木の下に運ぶ。さっき吐かれた液体には、結構砂も交じっていた。
「ヤドの魔法でこいつの砂抜きをできるか?」
「おう! 任せろ!」
ヤドが大きな水玉を出すと、ジャイアントクラムをその中に放り込んだ。観察していると、すぐに水玉が茶色く濁り始めた。
「砂吐き凄いな」
少しして貝を取り出し、マジックバッグに入っていたナイフで中身をくり抜くと先ほど光っていたものを発見する。緑色の真珠だ。しかもゴルフボールほどの大物だ。
真珠の形は丸く整っている。普通の真珠もきちんと見たことないが、素人目で見てもこれは絶対高価なものだ。
「これは、ここでも価値があるよな?」
「それひとつで家が買えるぞ」
「マジか……」
これは運が向いてきたか? 人のいる場所に行かない限り価値はゼロだけどな。
「そんな核なんていいから、早く貝を食おうぜ!」
ヤドが貝の前を行ったり来たりしながら急かす。
「今焼くから待てって」
ジャイアントクラムを一口大に切り、マジックバックにあったニンニクの匂いがする調味料を掛けて焼く。
ジュワッと旨味が滴り始めると、身は青紫から白く変化していった。普通に美味そうだ。
口の中に貝を入れ、目を見開く。
行儀悪く、貝を咀嚼しながら言う。
「やふぁいな(ヤバいな)」
ミル貝の美味さをさらに凝縮した味と、柔らかい感触が最高だ。
「俺にも食わせろよ!」
ヤドがはさみを上げながら抗議する。
「悪い悪い。今、葉っぱの上に置くから。火傷するなよ」
ヤドがはさみでジャイアントクラムを切り口に入れると、なんとも言えない声で嬉しそうに悶えていた。
「本当に食っても大丈夫なんだな……」
「アルス、言っておくけど俺は貝じゃないぞ」
「あ、そうなのか?」
「当たり前だ。見ろよ、この素晴らしいはさみを!」
俺の鼻まで上がり、ピンク色のはさみを高く掲げ、せつけながらヤドが言う。
「分かったから。悪かったよ」
「分かればいいんだよ」
少し拗ねたヤドに、今度はアイテムバックに入っていたワインっぽい酒を垂らして焼いた貝をフライパンで焼く。少しは、調理具がマジックバッグに入っていて助かった。
焼き上がった酒蒸し風のジャイアントクラムを葉っぱに並べる。
「これで、仲直りしてくれ」
「これ、美味いな!」
早速、貝に食いついたヤド。貝呼ばわりされたのをすっかり忘れて、お代わりを何度も頼んでいた。