さようなら、お幸せに
「ニーアールは、王族から除名されて、ドラゴアーク殿は暫く謹慎されるそうだ」
「貴方にこんなこと言うのも申し訳ないけれど、ドラゴアーク様はむしろ被害者なのでは?」
スカイフォード様は頭を抱えて、はあ、とため息をひとつついてから拳をぎゅっと握った。
「メイサン宰相の話によると、自分から望んでのことらしい。どうやら、少し精神的に参ってしまったようだな。まあ、静養だと思えば良いのかもしれないが…」
「どうにも煮え切らない言い方ですわね」
「ああ…もともとドラゴアークというのは、社交界で散々女性を泣かせてきたという噂があるからな」
「あら、ならどうしてニーアール様のご結婚に異議を唱えなかったのですか?」
「僕が?なぜ?」
「な、なぜって…兄妹のように仲が良かったのでは…」
「僕は自分の結婚する相手に、誰にも文句を言わせない代わりに、誰かの相手に文句をつけるつもりもない。あいつだってもう大人なんだ。親戚の兄貴がいちいち口出すことか?」
(親戚の、兄貴…)
なんだか、意外とドライなのか、それともニーアール様を信頼していたのか判りかねる。
入室してきたフォンミーが「失礼します」と言って続けた。
「ニーアール様がおいでです。ご不在だとお伝えしましょうか?」
「え?ニーアール様が?」
スカイフォード様は会わないつもりだったらしいが、私は背筋を伸ばしてそれを否定した。
「いいえ、お通ししてちょうだい」
「アイリス!しかし…!」
「きっとこれが彼女に会う最後でしょうから」
黄金色のお茶が運ばれてくる。
いよいよ販売開始となったキャンディスをニーアール様にも味わって貰おうと、色んな味のものを用意した。
「これがラズベリー、こちらがアールグレイ、それからウイスキー、最後にオレンジです」
「ふぅん。変わった趣向ね。じゃあ、ラズベリーを頂けるかしら」
私がスプーンで掬って、ニーアール様のカップに入れて差し上げる。
以前だったら払い除けられそうな勢いだったけれど、今日は何だか初めて会った日の純朴さを取り戻されている気がした。
それだけじゃない。なにか、清々しいまでの…そう、
これは、諦観だ。
「…綺麗ね」
「お陰様でご好評頂いております」
「私、実は紅茶が大嫌いなの。渋いし、苦いし。でも、まあ、これなら飲めるわ」
「良かったら、お持ちになってください」
「しょうがないわね、貰ってあげる」
どうせ突き返されるだろうと思っていたので、肩透かしを食らった気分になる。口は悪いけど素直だ。
(本当にニーアール様なの!?)
あまりの変わりっぷりにびっくりする。
肌の色に合わない真っ白なファンデーションも、私と同じデザインのドレスも、何もかもなくなって、すっかり元通りだ。
スカイフォード様は、ただ黙して行く末を見守っていた。
「…辺境地にある、ペレステ城でお暮らしになるとか…」
ニーアール様は紅茶を啜りながら「ええそうよ」と言った。
「おじさま…国王陛下にすごく叱られたの。除名されるなんて、もう、陛下は私とは何の関わりもない、持ちたくないってことでしょう?陛下って私にはすごく優しかったから、『ああ、私はもう自分の足で立つ大人なんだ』って気がついたのよ。今更よね」
相変わらず幼さが残る言葉遣い。スカイフォード様から、王族としての教育をひたすら拒否し続けてきたと聞いている。
彼女からは、大人になりたいけれどしかし子どもでいたい、そんな相反する願望を感じる。
「…寂しくなります」
「馬鹿ね、そんな社交辞令いらないわ」
決して嘘ではない。苦手ではあるが、騒々しさは無くなるのだから。
(嫌味のつもりで言ったのよ…)
私も大概嫌な女なのだ。いくら兄妹のように育ってきたからって、好きな人にベタベタされたくない。
知らない自分が顔を出して、自分に対しても嫌悪感を抱いた。
「まあ、良いわ。今日はね、お別れの挨拶と謝罪に来たの」
ニーアール様は立ち上がると、綺麗な姿勢で頭を下げた。
「重ね重ねご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
「ニーアール様、頭を上げてください」
「私、貴方が嫌いだったの。だっておにいさまのことを先に好きになったのは私なのに、取っちゃうんだもの。だから、他のことでは全部先を越したかった」
「えっ…」
ああ、それで私の真似をしていたのか。
でも真似事というのは全て後出しなのだから、先を越すということにはならないのではないだろうか。自分が後発であると認めることにならないだろうか。
(違う)
彼女はずっと主張していたじゃないか、『アイリスが私の真似をした』と。
私から何かを奪って、自分のものにしたかったのだろう。
と、ここまで考えてなんとか納得した。
ニーアール様は顔を上げて、にこっと笑った。
「さようなら、スカイフォード殿下。ニアはおにいさまが大好きでした。最後の思い出に、頬にくちづけしてくださいまし」
頬に指を突き立てて強請るような顔をした。(えっ)と思ったが、スカイフォード様はすぐさま拒んだ。
「…断る。僕がくちづけするのはアイリスだけだ」
「ケチ」
べーっと舌を出して、扉へと走り出した。
「あ!おい!ニア!!!」
「ふんだ!せいぜいお幸せに!!アイリスも幸せになってよね!せっかく私がおにいさまを譲ってあげたんだから!!」
「心得ました」
私は頭を下げて彼女を見送った。
駆けていくニーアール様から雫が飛んで、それが窓から差す陽に照らされて、消えた。
キラキラと輝く涙は、私の心にいつまでも消えない残滓となった。
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