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もっと美味しいお菓子をどうぞ(前半、ドラゴアーク視点、後半、ニーアール視点)

 それからニーアールと幾度もデートを重ねて、無事婚約まで漕ぎ着けた。

 国王陛下初め、スカイフォード殿下やアイリス様からも祝っていただいたが、近づけば近づくほどにアイリス様の美しさには眩暈がするほどだった。

 瞼を閉じればいつも陶器のような肌を思い浮かべることができる。


「ドラゴアークってば!聞いてる?」

「え?ああ、申し訳ありません。なんでしょうか?」

「もう!婚約式が終わってから、ずっと上の空じゃない」

「あんまり嬉しくて、夢みたいで…」

「本当に夢みたいよ、幸せだわ」


 嬉しそうに腕を組むニーアールの、その一生懸命に背伸びしたドレスは、ぺったんこの胸を強調するもので見ていて大変痛々しい。

 それに比べてアイリス様は、自身のスタイルを殺さない、それでいて上品なドレスを好まれている。

 僕に髪型だのの指摘をする前に、ニーアール自身を見直したらどうなんだと言いたくなる。


「おやすみ、ドラゴアーク。明日は早く来てくれるのでしょう?」

「ええ、勿論です」


 去り際に、蕩けるような口付けを交わす。

 腰が抜けそうになるニーアールを支えて立たせた。

 馬車に乗り込む腕を何度も引っ張られて、名残惜しそうにしている。

 「明日会えるのを楽しみに」と言うとやっと指先が離れた。

 馬車の窓から、何度も何度も手を振ってみせる。


 ニーアールが住まう、ディヴァーズ城が後ろに小さく消えてから、大きなため息をついて気怠く足を組んだ。


「ばーか!」


 思いっきり舌を出す。ジャケットに乳臭いのが染み付いている。


「あんなクソガキ、誰が相手にするか」


 最近、ニーアールはどんどん僕にハマっていく。それはそうだろう、唇に媚薬を仕込んでいるのだから。

 窓から唾を吐き捨てた。こちらまで飲み込んではまずい。

 くぐもった笑いはやがて高笑いとなる。


「ははははは!!なんて御し易い!」


 ニーアールと結婚すれば、僕の地位はさらに盤石なものとなる。あれだけベタ惚れなのだから、少々浮気したって甘い言葉を囁いていれば簡単に許してくれそうだ。

 彼女は幼い頃から盲目的にスカイフォード王太子殿下だけを慕ってきた。そのよすがが僕に変わった途端、今まで築き上げてきた愛情全てを僕へのものだったと勘違いさせることに成功した。

 遍く恋愛というものは、想いの集積でしかない。失恋しても、想いが浄化すれば新しい恋のスタートが切れるのだろう。だが、断ち切る暇を与えずに対象をすり替えたとしよう。すると歪んだ想いは、誰かに依存することで、今までの想いは無意味じゃなかったと自分自身を肯定する方に心が傾く。

 実に容易い。


(王族として高笑いできる日も遠くないな)


 鼻歌混じり、夜道を馬車で駆け抜けた。





✳︎ ✳︎ ✳︎





 ドラゴアークを伴ってのお茶会は初めてだ。

 今日は特に、今後社交界でも影響を及ぼすだろう知人を数人呼んだ。


ドラゴアークは開口一番

「僕がいたらお邪魔かもしれませんが、良いひと時を皆様と過ごせたら幸いです」

と言って、長身を曲げてお辞儀した。


 人の婚約者に対して頬を染める令嬢もいる。

 テーブルに着くと、早速矢継ぎ早にドラゴアークへ質問が飛んだ。

 その殆どが、私を見初めたきっかけや、お互いの好きなところなどだった。


(くだらない)


 調子のいいドラゴアークは、どの質問にもにこやかに答えた。

 そんなの二人の秘密にしておきたいのに。

 私が醸し出す牽制のオーラに気がついたのか、一人が慌てて話題を変えた。


「そ、そういえば、皆さんショコラ・ビッテには行かれましたか?」


 その言葉にわっと場が盛り上がる。


「ええ、勿論ですわ!」「オランジェット、ハマってしまって…」「殿方へのプレゼントにも丁度良いですわよね」「イサクにはあんなに美味しいお菓子があるなんて驚きだわ」

「ニーアール様も召し上がられましたか?」


 その質問に、思わずぷっと吹き出した。


「あら。皆さんは、あんなのが美味しいの?」


 苛立ち過ぎて思ったことが口から出てしまった。けれどあの女のことでにこやかに返答する自信はない。

 しん、と静まり返ってしまった。

 本当はもう少し後になってから出すつもりだったけれど、雰囲気の悪さに早速本題に入ることにした。


「そうだ!皆さんに、ぜひ召し上がってほしいお菓子がありますの」

「まあ!なにかしら!」「楽しみですわ」「一体どんなお菓子かしら!」


 給仕が一人一人にお菓子を配っていく。

 ドラゴアークは配られた菓子を見て固まっている。


「これ、は…?」

「今度、売り出すお菓子ですの!どうぞ皆様も召し上がって?」

「えっ…えっと…」


 それぞれが目を見合わせている。無理もない。あんまりにも斬新なので驚いているのだろう。


「林檎のコンポートにチョコレートをかけて固めたものですわ!私のアイデアですの!紅茶との相性も抜群で、きっとこれから流行ると思います」


「でもこれはまるで…」「しっ!」「お、美味しそうですね…」「見た目もかわい、らしくて…」


 皆それぞれに目を見合わせて、一口口にした。その食べた時の驚きの表情と言ったら!全員がすぐに紅茶を飲み干した。

 当たり前だ、苦い紅茶との相性は抜群。これがあれば、私だって紅茶をストレートで飲めるほどなのだから。


「さあさあ、皆さん、まだまだ沢山ありますから、どんどん食べてください!」

「…あのう、ニーアール様。売り出すというのはいつ頃ですか?」

「来月の初め頃ですわ!そうだ、皆さん。食べてみて、ぜひ忌憚のない意見をお願いしますわ!」


 けれど、みんな顔を見合わせて俯いてしまった。

 美味しすぎて改良の余地などないのかもしれない。これなら自信を持って販売できるだろう。


 悔しいけれど、チョコレート製品が手軽に入手できるようになった。それに伴って需要の高まりがある今、この波に乗って、あの女の鼻を明かしてやる。


 ドラゴアークは持っていたフォークを置くと、私に向き直った。


「売り出すって、ニーアール様が?これを?どうして今まで僕に相談してくださらなかったのですか?」

「ふふ、驚いたでしょう?」

「忌憚のない意見を、と仰いましたからには、覆さずに聞いてください」

「勿論よ!気になるところは調整します」

「正直、これは売れないと思います」

「…え?」

「林檎のコンポートに、ミルクチョコレート。甘過ぎてとてもじゃないですが、食べられません」

「あ、あなた、正気…?」

「まさかとは思いますが、オランジェットをヒントに?」

「違うわよ!!!!!!どう見ても全然別物じゃない!!!」


 彼はぴくりと眉根を動かすと、私の唇にそっと指を当てた。


「色んなことに挑戦する貴方を応援したい。けれど、売れずに悲しい思いをする貴方を見るのは、耐えられません」

「ドラゴアーク…」

「なぜ僕に相談してくれなかったのですか?僕はそんなに頼りない男ですか?」

「そんなんじゃないわ!ただ驚かせたくて…」

「全く、つくづく可愛らしい方だ」


 跪いて手の甲に口付けしたのを、みんなが「まあ!」と言ってぽわんと頬を染めている。


 会はそのままお開きとなり、テーブルに残されたお菓子をじっと見つめた。


(…みんな、舌がおかしいんじゃないの?)


 ドラゴアークは爽やかにご令嬢達を見送っている。

 なんだかやるせなさを感じて、庭を駆けた。


 最近、ドラゴアークと一緒にいると不安になる。言いようのない不安。おにいさまといる時に感じる感情に似ている。

 だから同時に、あの女のことを嫌でも思い出す。

 オランジェット販売を皮切りに、貿易の幅が広がってあの女に対する評価が上がっているのは悔しいけれど事実である。


(本当に腹が立つ)


 ご令嬢達が、馬車へと向かう道すがら、お喋りに興じている。


「どう見たってオランジェットの真似事じゃないの」

「全く。甘ったるくて、まだ舌が痺れているわ…」


 血流が一気に全身を駆け巡った。一瞬鼓動が止まる。


「貴方達、別邸とはいえ、王族の侮辱は控えなさい。私までとばっちりをくらいたくないの」


 一番年上の伯爵令嬢がぴしゃりと窘めた。

 注意された二人は下を向いて気まずそうにしている。

 伯爵令嬢はそのまま自身の馬車に乗り込んでさっさと行ってしまった。

 それを見送った二人は扇で口元を隠してこそこそしている。


「…あんなこと言って…本当は自分だって言いたいくせに。誰がどう見たってアイリス様への嫉妬じゃない」

「言えてる」


 くすくすくすと笑いながら、去って行っていった。

 私は本当にこの光景が現実なのか分からないままに立ち尽くしていた。

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