昔語り1(スカイフォード視点)
国王である純血ハイラのお父様と、イサクの混血であるお母様との間に僕は生まれた。
両親は二人とも綺麗な小麦肌だが、対して僕は隔世遺伝なのかイサク人のような肌色と髪だった。
母は初め、周囲から不貞を疑われたけれど、それは意外なことに父が擁護した。
国王御自ら王妃を庇うと、誰もが口を噤んだという。
僕は、父からも母からも寵愛を受けて育った。後にも先にも子どもは僕だけだが、側室を勧められても、父は頑なに側室を迎え入れようとしない。
僕が長じた時、周りの目線が王太子への期待などではなく、言外に「何処の馬の骨ぞ」「王太子が白肌などハイラへの冒涜だ」などという意味を含んでいることに気がつく。
母方の祖父が住んでいたので、イサクには何度も赴いた。祖父はイサクとハイラのハーフであった。
その縁でイサクの王太子、トラッドとも仲が良くなったわけだが、兄弟がいない僕にとって、同じ王太子という境遇の彼とはすぐに打ち解けた。
ある時、公式ではない訪問の際、パーティの席で君を見つけた。
僕はこっそり隠れてその場を見ていた。
婚約者に蔑ろにされながら、それを笑われ、容姿まで揶揄われている君。
なんだか、僕と同じ気がした。
別に蔑ろにされたこともなければ、揶揄われたこともないが、向けられる視線が同じだ。
あの視線は向けられた者でなければ分からぬだろう。
足がすくむような、常に監視されているような、自我が崩壊しそうになる攻撃だ。
(綺麗な人なのに。あの化粧やドレスのせいだろう。わざとだろうか)
君にとびきり素敵なドレスを着せて、一流の侍女に化粧をさせたら、この会場にいる全ての人が傅く程の魅力を持っているのに。
(何がどうしてそうなのだろう?)
首を傾げたくなる。でもそれは君への尽きない興味の第一歩だった。
それからイサクに何度も非公式で訪問した。これにはさすがのトラッドも何かあると勘ぐった。
「ははーん、スカイフォードはアイリス嬢に熱をあげているのか。そんなことが知れたら、ご令嬢たちは卒倒してしまうぞ」
「馬鹿な。彼女に婚約者がいることくらい知っているさ。それに割って入るほど野暮じゃない。けれど堪らなく欲しくなる」
「おい、お前…」
「分かっているさ、冷静にならなければいけないことくらい。けれどこの類の病は気合いではどうにもならないらしい」
「はあ…。もうあまり来ない方が良い」
(くそっ!トラッドのやつ…)
むしゃくしゃしながら、窓から吹く風を浴びていると、王立図書館から君が沢山の本を抱えて出て来るのが見えた。
来るなと言われても訪問しては、トラッドに呆れられたが、図書館で君が本の虫になっているのを見ているのが好きになった。
(ミステリばかり…。そうか、君はミステリが好きなのだな)
晴れた日には図書館の外で欅の木に背を預けて、頁を捲る手を静かに見つめた。
(珍しいな。数学や化学の本を借りている)
けれどそれは、彼女の趣味ではなく婚約者殿の手伝いと知った。
(考えてはダメだ。考えては…)
けれど、強烈に君を奪い去ってしまいたいという気持ちを抑えきれなくなった。君がどんなに傷ついても、カインへの想いを引き裂いてしまいたい。仲睦まじい両親のように、お互いの絆さえ確かならば、周りの声など気にせず二人で乗り越えていけるとそう思ってしまった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
その目は溢れそうな程、大きく見開かれたままだ。
「君がミステリ好きだから、出版社に無理を言って出版して貰っていたんだ。全然売れなかったけどね。でも、君が1ページでも読んでくれさえすればよかった。あんなにたくさん読んでいる君だもの、いつか目に触れるんじゃないかって」
指を頬に滑らせる。
「僕が気持ち悪いかい?」
ぽろぽろと涙が溢れる頬を拭った。
「気持ち悪くなど、ありません。あのたくさんの侮蔑の目線の中に、貴方は心配の目線を送ってくれていたのかと思うと不思議と嬉しいのです」
「…意外だな…。引っ叩かれるくらいは覚悟していた」
「でも、本まで出版するのはやりすぎです」
「だんだん楽しくなってきたからな、今では趣味みたいなもんだ」
(ああ)
君が微笑んでくれてよかった。
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