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(9)純也の久美ちゃん…

8月も終わりに近くなり、琴未ちゃんがアメリカに戻る日が近づき、私は純也の家に招待された。

純也の家に行ったことのない私を純也が迎えに来てくれた。


純也の家は、広い庭のある、白い大きな一軒家。

こういうのをモダンな家というのか…。


「大きんだね。純也のおうち」

「うん、まぁね。最終的には、俺のもの?」

「……あそっ」


大きな門を入り、玄関ドアを開けた。

「ただいま~」と言った純也の声に、奥から琴未ちゃんと、ママくらいの年齢の美しい女性が出てきた。

「華奈ちゃ~ん、いらっしゃ~い。待ってたよ~ん!」

琴未ちゃんにキャピキャピと言われて、少し照れた。


「いらっしゃい。いつも純也がお世話になってます。

 一度、華奈さんのご両親にもお会いしてお礼を言わなければいけないのに、

 いつも仕事が忙しくてご挨拶にも伺えなくてごめんなさいね」

その美しい女性が言った。


「へっ?」

私は顔が「へっ?」になったまま戻らない。


「おい、華奈? なにボケっとしてんだよ。俺のおふくろ!」

「へっ?」

「へっ? じゃねーよ」

「はぁ?」

「はぁ? じゃねーよ」

「んぁ?」

「んぁ? じゃねーよ…、もういいよ」


純也のお母さんは亡くなっていると思っていたが、それがだまされていたことに気が付いた。

「紛らわしい言い方をしたあなたが悪い」と、純也はお母さんに怒られ頭を叩かれていた。



純也の両親は二人でアパレル会社を経営していて、お父さんはデザイナーで、ヨーロッパに支店をいくつか持ち、家を空けることが多く、お母さんも会社に出ているので帰りが遅い。なるべく一緒に食事をするようにしているが、週三回は社内会議などで遅くなる。

その週三回を、大島家に来てご飯をたべていたらしい。

純也のお母さんとうちのママとは、面識はないけど、電話で何度か話をしていたようだ。

全く知らなかった…。


ヒヨコの着ぐるみ…、純也のお母さんの知り合いの工場さんに頼んで製作していもらったようだ。

プロ仕様。完璧なはずだ。


お母さんがキッチンでディナーの用意をしている間、私たちはリビングで小田一家のアルバムを見ていた。


「純也? 悪いけど、コーヒー豆買ってきてくれる? お母さんうっかりしてた。

 食後にコーヒーがないと、お父さん拗ねるから~」

純也のお父さんはコーヒー通らしい。

純也は、素直に言う事を聞いて、買い物に行った。

あの素直さが、私に対してあれば何も言うことはないのに…。


私は、琴未ちゃんと二人でアルバムの続きを、見始めた。

「これ…久美ちゃん…」

琴未ちゃんが一枚の写真を指さした。

そこには、幼稚園くらいの純也とまだ小さい琴未ちゃん…

そして、一人の女の子が二人の真ん中に写っていた。

たぶん、純也と同じくらいの年齢。

ショートカットのかわいいい女の子だ。


「久美ちゃん…て?」

「うん、私もお兄ちゃんも久美ちゃんのことが大好きだったの。

 華奈ちゃんに初めて会ったとき、本当にびっくりしちゃった。

 久美ちゃんだ! って…」

琴未ちゃんはそう言いながら、写真を手でなぞった。


「でもね、もう死んじゃったんだ」

「え?」

琴未ちゃんは、写真に目を向けたまま、少し涙ぐんでいた。


「お兄ちゃん、久美ちゃんのことが大好きで、大好きで…

 いっつも久美ちゃん追いかけまわしてて、

 でも久美ちゃん機嫌が悪いと逃げちゃうの…」

「うん…」


「ある日ね、お兄ちゃんから逃げようとして、久美ちゃん…

 思いっきり走って道路に飛び出しちゃって…車にぶつかっちゃって…」

「えっ?」


「……うん…死んじゃったの。

 お兄ちゃん、自分のせいだってずっと、ずっと泣いてて」

「……」

私は、しばし言葉を失くした。

久美ちゃん……。


「いまでもお兄ちゃん、久美ちゃんのことが大好きで。

 お兄ちゃんがね、高校の入学式の日、家に帰って来るなり私に言ったの。

 久美ちゃんがいた!って」

「え?」


「華奈ちゃん…、久美ちゃんに似てる。

 私もこの間、初めて会ったとき、久美ちゃんだ! って思ったもん」

「え?」


私と写真の中の久美ちゃんは…全然似ていませんが…。

そんな返し言葉も言えず、私は「え?」だけを連発し、琴未ちゃんの話を聞いた。


「お兄ちゃん、ずっと、華奈ちゃんのこと見てたんだよ? 1年生2年生の時。

 それで3年になって同じクラスになったって大喜びでさぁ。

 今、私はアメリカに行っちゃってるけど、いつもメールが来るの。

 華奈ちゃんがこんなことしたとか、華奈ちゃんにこんなこと言われたとか、

 楽しいメールだよ。読んでて私もすごく嬉しくなっちゃうような!」

「……」


「だからお兄ちゃんと華奈ちゃんが付き合うことになったって聞いた時、

 私ものすごくうれしかった。久美ちゃんに似ている華奈ちゃんが、

 お兄ちゃんの彼女になってくれてうれしかった、ありがとう、華奈ちゃん!」

琴未ちゃんが少し鼻をすすったあと、微笑んだ。


私は、なぜか…悲しい。

純也には、今でも大好きな久美ちゃんという存在があって私がいる。

大好きな久美ちゃんの代わり…。

自分のせいで死んだと思っている純也の大好きな久美ちゃん。

別に純也のことなんて、好きでも嫌いでもないはずなのに…。

胸が苦しくなっていく。


純也が琴未ちゃんになんて言っているかわからないけど、その前に、私と純也は付き合ってない…。

卒業までの約束。

うん! 卒業までの約束。


高校を卒業したら、別々になる。

もう会うこともなくなるだろうし、そしたら純也だって本当の彼女を作って…

私みたいのじゃなくて、もっとかわいくって純也と歩いていても絵になるようなそんな彼女がすぐに見つかるだろうし…

残りの半年を純也の久美ちゃんでいてあげればいいんだ。


私は、そう思うことにした。

だけど、やっぱりなんだか悲しい…。




この日は純也の家族と楽しく食事を終えて、純也が家まで送ってくれて、部屋の中で一人で少しだけ泣いた。

涙の理由もわからないまま…。



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