(3)なんで、私がっ!
結局、純也は、翌日午後一時過ぎに、のこのこと起きてきた。
「あ、あのぉ…」
ソファに座ってテレビを見ていた私とママは、後ろから聞こえた気弱な声に振り向いた。
「あらぁ、お目覚め? 高校生なのにお酒飲んで、植木の中で寝ちゃうなんて!
ちょっとまっててね、うふふ」
イケメン好きのママは、キャピキャピとうれしそうに立ち上がって、いそいそと洗面用具を用意しに行った。
こんなママを見たらパパは撃沈間違いなしだよなぁ。
ボサボサの頭のまま純也が立ちすくんで、ボーっと、私を見ていたので言ってあげた。
「おはよう、っていうか、すでに午後一時! ぼくちん君は、よく寝れましたぁ?」
「……、おまえ…大島…華奈……」
「…? なんで私の名前知ってるの? ぼくちん君?」
私は顔半分を歪め、首をかしげた。
同じ学校だけど、一、二年ともクラスは違ったし、私は目立つ方じゃない。
純也とは、話したこともない。
そんな私の名前を知っていることが不思議だった。
「ぼ、ぼ、ぼくちん…って、なんだよ」
引きつった顔の純也に訊かれた。
「酔っ払って、『ぼくちん、もう飲めましぇ~ん』とか『おやちゅみ~』とか、
なんだか子供みたいなこと言ってたわよ? 幼児退行?
ママのおっぱいでも飲んでる夢でも見てた?」
少し小馬鹿にした笑いとともに言ってあげた。
「……うそ…」
純也は、後ずさりをし、壁に身をあずけた。
「だいたいさぁ、未成年なのにお酒で酔っ払って、
助けられた人の家で午後までご就寝って、なんだかねぇ~」
呆れた声でそう言い、チラッと純也を見た私のことを、睨み返してきた。
「おい…」
純也が凄んだ目をして、私に近づこうとしたとき、ママが戻って来た。
「ほらほら、ぼくちん君、シャワーでも浴びてらっしゃい?
用意したから。昨日そのまま寝かしちゃったから、少しドロだらけよ?
あっ、その前にご両親に電話しておきなさい」
ママにも、「ぼくちん君」と言われ、純也は片手でおでこを押え、下を向いた。
「あら、頭痛いの? 二日酔い? はいはい、あっちあっち」
ママは、純也の背中を押しながら、浴室に連れて行った。
十分ほどしてシャワーから出てきた純也は、ママが用意した昼食をダイニングテーブルで食べ始めた。
なんか、ずうずうしいんですけど…昼ご飯まで食べていくの?
その神経が私にはわからない。
「華奈さぁ……」
「んぁあ!? なんであんたに呼び捨てにされなきゃならないのよ!
友達でもないのに!」
なんだか、なれなれしくて腹が立ってきた私は、おもわずテーブルをバンッと叩いた。
「いいじゃん、別に。ところでさぁ、学校に言うなよな? 酒飲んでたこと。
退学になったらヤバイし…。
あっ、あと、ぼくちんとかの話も、学校の連中に言うなよな。
俺のイメージとかあっからさぁ」
私を睨みつけ言ったあと、純也は、玉子焼きを口に放り込んだ。
「…言わないわよ」
何がイメージなんだか…、今更。
「……華奈のこと、なんか、信用できねぇ」
「はぁぁぁ?」
私のことをよくも知りもしない人から「信用できない」って言われた私は、純也が摘もうとしていたキュウリの漬物を、先に指で摘んで食べた。
「女ってさぁ、噂話とか好きじゃん? ぜってー、なんか言っちゃいそう、おまえ」
なんだか上から目線で『華奈』『おまえ』とか言われて、ムカムカ度が倍増してきた。
「あのね? 言いませんから、大丈夫ですから!
それ食べたらとっととお家へお帰り!」
手でパッパッと払う仕草をしたら、箸を持ったまま疑いの眼差しで、私を見て言った。
「やっぱ、ぜってー、言いそうな気がする。……じゃぁ、条件は?」
「条件?」
なんの話?
私は、眉を寄せ、純也を見た。
「条件、何がいい? おまえが、言わないって約束の代わりに、
何か条件飲むよ、俺」
「言わないって、言ってるでしょ? それにべつにあなたに望むこともないし」
「……じゃぁ俺の条件、卒業までのあと1年、おまえを監視するから」
えっ? 今なんていいました?
自分の耳を疑った。
「はぁ?」
純也に向かって、耳たぶを持って前後に動かしてみた。
「なんで…、なんで私があなたに監視されなきゃなんないのよ!」
「おまえが誰かにチクらねーように、引っ付いてるっていう意味。
万が一バレて卒業ができなかったら、マジ俺、おやじに殴られっからさぁ」
「冗談じゃないわよ! 監視とかわけわかんないこと言わないでよ!
誰にも言わないっていってるでしょ!?」
必死に抗議する私を無視するかのように、純也は、ママに言った。
「あっ、お母さん! そう言うことで!
俺、今日から華奈の彼氏になるんでよろしく」
ママにペコッっと、頭を下げた。
ええーー!?
「まぁ! じゃぁ、よろしくね? 純也くん」
ぇぇぇえええ!? マ、ママーーー!?
ママ! ありえないでしょ?
娘をそんなに簡単に……
「あっ、お母さんの玉子焼き、スンゲー美味い!」
「あらぁ~、そうぉ? ふふふ、お母さん、うれしぃ!」
なんだか、のんきに話し始めた二人を前に私は、パニックになっていた。
監視…するために、彼氏になる?
私の同意もないまま?
タイプじゃない人と……付き合うの!?
……というか、なんか、おかしくない?
なぜ、私が純也の条件を飲まなければならない?
頭が混乱中の私は、その時、ちゃんと考えられなかった。




