(2)神様のいたずら
思い起こせば、あれは…高三になる前の春休み……。
二ヶ月半ほど前。
近所に住むお爺ちゃんの家で、親戚の集まりがあった日の帰り道、私は、パパとママと三人で自宅のマンションに帰ってきた。
夜の十一時を過ぎていた。
うちのマンションは六百戸ほどの大型マンションで、ところどころに芝生や植木、大きな木々と、緑が豊富に植わっている。
私の住まいに続く、一番近い入り口に入ろうとしたとき、ママが叫んだ。
「きゃぁ! あな、あなたぁ、あれ…なにかしら…」
植木の上に黒い物体が、乗っている。
パパを先頭にし、ママと私が後ろから付いて三人で、恐る恐る近づいた。
「ぁあ? にん…げんか?」
「ちょっとぉ、死んでるんじゃないでしょうね…」
ママが震えた声で言い、パパがそこら辺に落ちていた枝を拾い、突っついたが、動かない。
「いやぁ…、死んでる? 死んでる? どうするのよー」
ママは半分パニクっている。
そして、いきなり震えた声で般若心経を唱え始めた。
パパがもう一度、力を込めて突っついたら、その物体が大きく寝返りをうち、仰向けになった。
「きゃぁー」
「うわ~ん」
「ぉぉおおお」
「……生きてるよ…」
三人で叫び、二歩三歩と素早く後退したが、生きているらしいことにホッと溜息をついた。
「あれっ? どっかで見たことあるよ、この顔」
私は、少し近づき、顔をちゃんと見てみた。
「お友達? 同じ学校なの? なんか、いい男じゃない!」
さっきの怯えた声とは打って変わって、少しオクターブの上がったママの声に、パパがムッとする。
ママは、若い男の子限定のイケメン大好き主婦だ。
可哀相にパパは時々、ママに顔を覗かれては溜息を吐かれている。
けっしてパパがお笑い顔というわけでもないが、まぁ、イケてもいない。
私と同じで普通だ。
「んー、あ…たぶん…同じ学校…かも」
私が、そいつの名前を思い出し始めたころ、そいつは言った。
「ぼくちん、もう~飲めましぇぇぇぇん…」
仰向けで目を瞑ったまま、もう一度言った。
「ぼくちん、ここで寝まぁぁぁぁすぅ。おやちゅみ…」
ぼくちん…って、おやちゅみ…って…。
私たちは、顔を見合わせ、しばし、そいつを見てしまった。
パパが、枝で突付きながら訊いた。
「華奈、この坊主、おまえと同じ学校っていうことはだ、高校生か?」
「うん、クラス違うけど同級生」
「ぁあ!? 今度、三年か? 十七か? 酒飲んでるみたいだぞ?
坊主の家、知ってるのか?」
「知らない。クラス違うから接点ないし…」
「しょうがないなぁ」
体格も良くて力もある学生時代ラグビーの選手だったパパは、自分よりは小さいが百七十五センチくらいはあるその坊主を、ヒョイッと背負った。
「あっ、パパ、ステキ! がんばって!」
たまに褒められるとうれしいらしいパパは、少し照れながら、ここぞとばかりにママの声援に答え、家まで坊主を運んだ。
ママが畳の部屋に布団を敷き、パパは、そのまま坊主をドサッと寝かせた。
乱暴に扱われても起きないくらい熟睡している。
「どうする…。親御さん心配してないか?」
「そうねぇ、どうしましょう。華奈、お家の電話しらないの?」
パパとママが親の立場で心配し始める。
「知らな~い。大丈夫じゃない? 学校でも別に真面目な人ではないようだし。
いつも夜遊びしてるみたいな噂は聞いてるから。親も知ってるんじゃない?
それか、放し飼い?」
私は子供の立場から言ってみた。
私たち三人に上から見下ろされたまま、その坊主はスヤスヤと布団の中で、赤い顔のまま気持よさそうに眠り続けた。
坊主こと、小田純也は、どこの学校でも一人か二人くらいいる『かっこいいヤツ』だ。
だけど、いつも学校帰りは、自校・他校・男女問わず友達と遅くまで遊び歩いてるって、聞いたことがある。
あまり良ろしくない人…のイメージ。




