(12)く、くるしすぎる…
文化祭当日朝、重いヒヨコちゃんを抱えて、純也と一緒に登校した。
「何時にどこでビラ配るの?」
「え、10時に正門前」
「じゃ、俺、見に行こ!」
「何を?」
「華奈のコスプレ」
だから、これはコスプレじゃないって! 着ぐるみだから…。
私は、ヒヨコちゃんを持ってマンガ研究部の部室に行き、ヒヨコちゃんに変身した。
みんなに「華奈ちゃん、かわいい~ヒヨコ!」とおだてられ、少しの喜びを快感。
が、マン研の部員は、かわいくアニメキャラにコスプレ。
私も本当は、そっちがいい…。
10時になり、みんなで揃って正門に立ち、来客の人たちにビラを配り始めた。
私は歩く度に「ピョコピョコ」と音を鳴らし、いつの間にか、私の後ろには数人の近所からやって来た子供たちが付いて回り、「ピヨちゃん」と名づけられていた。
「ピヨちゃん、明日もいるの?」
小さい女の子に訊かれた。
「うん! いるピヨ!」
「ピヨちゃん、いつも何食べてるの?」
栗みたいな顔の男の子に訊かれた。
「え゛!? えーと…」
ヒヨコって何食べてんだ?
真剣に考えてしまう。
「えーと、甘栗?…かな~ピヨ?」
坊主の顔を見ていたら思わず言ってしまった。
「あっ、ボクも好き! くり!」
「ピヨちゃんと一緒ピヨ? へへへ~…ピヨ…」
不思議だ、なんだか、気分がヒヨコになってきた…ピヨ。
視線を感じ、顔を向けると純也が立っていた。
笑ってるし。
「華奈、お疲れ~ピヨ~!」
純也が、片手を挙げて言った。
「バカにしてる? それ」
「してねーよ。かわいいよ、ヒヨコの華奈も」
あっ、嘘でも力が抜けるような事は言わないでぇぇぇぇ。
思わず、下を向いてしまった。
「あ~ぁ、今日と明日、あさって、あと5回ヒヨコになるんだよね…」
「いいじゃん、子供にも人気じゃん。なんか不満なの?」
「別に…」
「それ配り終わったら、模擬店見に行こう。本間たちが、焼きそば屋やってるから」
「じゃ、着替えたら電話する」
「いいよ、そのままで。ピョコピョコうるさいけど」
「……」
……結局、私はヒヨコのまま校内を歩いている。
くちばしを手でぶら下げながら。
私のピョコピョコ音が、前の人に近づいていくと、振り返られては驚かられる。
そのたび、純也は楽しそうな顔になり、私は下を向く。
「あっ…」
私は、立ち止まってしまった。
廊下を歩いていると、純也に告白した二年生女子が、反対側から歩いてきた。
「どうした? 華奈?」
純也は知らないんだった。
あの日、私があの場面に遭遇していたこと。
「ううん、なんでもない…」
私は、ピョコ音を響かせ歩き、そのまま、彼女とすれ違った。
「ぶっ、すごく似合ってるぅ。あはっ! そんなの着ても着なくても同じじゃない」
彼女が通りすがりに、私に聞こえるように笑いながら、言った。
その通りなお言葉が、胸をグサグサと刺さる。
「テメェ、」
純也が足を止めて、二年生女子の腕を掴んで睨んだ。
彼女は驚いた顔をして、ビビりはじめた。
純也の顔が本気で怒っていることに、私も正直ビビッた。
「純也、止めなよ。女の子だよ? ね?」
私の言葉に、純也の手が、彼女の腕から離れた。
「ごめんなさい。純也、行こう」
私はとりあえず、彼女に謝り、純也の腕を引っ張って、その場を足早に離れ、文化祭の間、荷物置き場として使っている教室に入り、純也に言った。
「ダメだよ、純也。女の子にあんなことしたら。
どんなに強く見えたり、しっかりしているような子でも、女の子はみんな弱いんだよ?」
「ごめん…。だけど、華奈のこと侮辱するやつは、男も女も関係なく腹立つから。
俺、華奈のこと守りたいし、」
純也の言葉に、私は耐えられなくなった。
恋人同士なんかじゃないのに、嘘でも「私のことを守る」とか言わないでほしい。
ものすごく、辛くて惨めになるだけだ。
もう嘘なんて…、いらない。
「……もう、いいよ。もう、止めよう。私、本当に誰にも言わないから、
純也がお酒飲んでたことも、「ぼくちん」発言も、誰にも言わないから…。
もう、彼氏彼女ごっこは止めよう? だから私のこと守るとか言わないでいいから…」
私は、純也の顔をまっすぐ見て言ったけど、声は震えている。
「彼氏彼女ごっこ…? 俺、そんな風に思ってないよ?ごっことか…。俺本気で、」
「あと、5ヶ月で終わる恋人ごっこじゃない! だったら別に今おわって、」
話している途中の私を、純也は引き寄せてキスをした。
驚いた私は、純也を突き飛ばし、言った。
「私は…私は、久美ちゃんじゃない! 久美ちゃんなんかじゃないもん!
本当は代わりになんてなれないもん。代わりなんてなりたくない!
大島華奈で純也と付き合いたかった!
だけど、純也は久美ちゃんが大好きで忘れられなくって…。
久美ちゃん交通事故で死んじゃって…可哀相だけど…、それは純也のせいじゃなくて…。
生きてたら私たちくらいの年齢だったかもしんないけど…
私は久美ちゃんみたいにかわいくないのに、似てるっていうし…、えーと…え……と」
いろいろなことが頭を駆け巡り、支離滅裂な説明で、自分でも全くわけが分からなくなっていく中、涙だけが流れつづけていた。
声を出して泣きたい!
「……華奈、あのさぁ、久美ちゃんのこと、なんで知ってんの?」
純也が、妙に落ち着いた声で訊いてきた。
「……琴未ちゃん…が、教えてくれた」
「ぁあ? 琴未?」
「純也の家にお邪魔したとき…」
「ハァ…。でさぁ、生きてたら俺たちくらいの年齢って?」
なんだ、この純也の呆れた声は…?
「見せてもらった、しゃ、写真の久美ちゃん…純也と同じくらいだった…し」
「写真!? 久美ちゃんの!?」
「うん、かわいい女の子だった。
私と全然似てないのに、琴未ちゃんも私をはじめて見たとき、久美ちゃんだと思ったって…。
純也もはじめて私を見た時、そう思って喜んでたんでしょ…?」
「華奈、ちょっと来い!」
純也は、急に私の手を掴み教室を出て、校門を出て、何も言わず、駅に向かって走り出した。