(11)涙っ!
日に日にヨレヨレになっていく私。
うっ…、一人で、今日は先に帰ろう…。
放課後、体育館でまだ文化祭の作業をしている純也のところに言いに行こうと、教室近くの階段を下りようとした。
踊り場のところに純也が見えた。
誰かと話してる?
思わず、忍者のように壁に身を隠して、少しだけ顔を出して見てみた。
「少し遅くなる」と、私に言いに来ようと教室に向かう途中、二年女子に声を掛けられ、丁度私がその場に遭遇した。
……あっ、あれは、我校・河丘高校三番目にかわいいと噂される二年の女子…だ。
ついでに性格は悪いと評判で女子の友達はいないと、真貴子ちゃんが言っていた。
でも、かわいい子は得だよなぁ~。
うらやましい…
せめて私もあの10分の1でも可愛気があれば…
告白…か?
純也は、よく告白されている。
当たり前か、カッコイイもんね…。
「私と付き合ってください」
彼女が言った。
直球だよ、素直でうらやましいよ…。
「俺、彼女いるから」
それは、一応、私のことですね……
こんな誰もいないところで、私を彼女だなんて言わなくてもいいんですよ…純也…
「知ってます、学校内の人なら誰でも知ってます。
でも大島華奈さんと純也さんでは釣り合いません」
ごもっとも。それは私が一番よく知ってるよ…うっ。
私は両手を広げ、壁を抱くようにへばりついた。
「で?」
「私の方が数倍かわいいし、純也さんと一緒に歩いていてもお似合いだと思うの」
へーへー、その通りでございます…うっ…。
私は、壁に涙をこすりつけた。
少し、頬がすれて赤くなってるかも…。
「純也さん、なにか大島華奈さんに弱みとか握られてるんですか?」
す、するどい…。なんでそんなことが、わかるの…?
だけど、私はそれをネタに純也に何かを強制しているわけではない…のに。
逆ですぅ、ぎゃくぅぅぅぅ…うっ。
「弱み? 別に何も?」
「うそです! なにか弱みとか秘密とか握られてなければ、
あんな大島華奈さんと付き合うなんて考えられない」
あ、あんな大島華奈…って、私って、どんななの…
へこむ、ものすごくへこむ。
っていうか、なんで私の名前だけフルネームで呼ぶ!?
もう…ダメだ…。
ここにはいられない…、もう、やだ…。
私は、今までにないくらい足腰に力が入らず倒れ、『匍匐前進か!』状態でその場を去り、鞄を取りに教室に戻り、反対側の階段から学校を出た。
「あのさ、きみ…華奈の何知ってるわけ? なんも知らないでしょ?
ははっ、まぁ、きみには華奈の良さなんて一生わかんないだろうけどね」
「私は別に大島華奈さんと付き合いたいわけじゃないから、
彼女の良さなんて知らなくてもいいです。
大島華奈さんと一緒に歩いていて恥ずかしくありません?
純也さんと似合うのは私くらいのレベルじゃないと、」
キツイ女は、いつまでもキツイ。
「おいおい、ちょっと待てよ。きみのレベルって…。悪いけど、俺すんげー面食いなんだよね。
だから華奈と付き合ってんの、わかる?
小田純也に似合うのは大島華奈だけで、大島華奈に似合うのは小田純也だけなんだよ!」
純也はそう言い放ち、二年の女子を踊り場に残し、教室に戻ってきた。
「あれ? 華奈は?」
クラス内で、残って作業をしていた男子に訊いた。
「大島、さっき帰ったぜ。なんかメチャクチャふらふらしててさ、
大丈夫か声かけたけど、片手だけ挙げて、なんも言わないで帰ってったよ。
ついでにドアと間違えて、そこの壁に顔面ぶつけてった!」
「…そう、サンキュウ」
私はその頃、おでこを擦りながら、駅のホームのベンチに腰をおろしていた。
鞄の中の携帯が鳴った。
純也…からだ。
「もし、もしぃ」
「先に帰っちゃったの? どこ?」
「あ、今、電車待ち」
「具合悪いのか? 俺、今からすぐ駅行くから、少し待ってろよ」
「あー、大丈夫大丈夫! 純也まだ文化祭の仕事残ってるでしょ?
私、大丈夫だから!」
「ほんとに大丈夫か?」
「うんうん! 平気だから!」
気力を目一杯振り絞り、元気に言って、携帯を切った。
やさしくなんかしないでよ…。
もう、早く卒業したいよ…。
ベンチに座ったまま、まだ橙色が薄っすらと残っている空を見て、鼻をすすった。
ズズッ…。