(10)恋っ!
琴未ちゃんがアメリカに戻り、新学期を迎え、季節は秋になった。
夕暮れの放課後、教室でクラスメイトの女子と話していると、真貴子ちゃんが入ってきた。
「華奈ちゃん、文化祭なんだけど…何着る?」
私は文化祭3日間、体育館で行なわれる各催しのビラ配りの仕事になった。
みんななんか文化祭とか燃えんだよねぇ。
私には、さして楽しくない文化祭。
役どころなんてなんでもいいや。
「ん~、あっ! ヒヨコになる。着ぐるみあるし」
「ヒヨコ?」
真貴子ちゃんが、口をピヨピヨ口にして訊いた。
「うん、家にあるんだぁ。ヒヨコ…」
「なんでそんなの持ってんの?」
「あ~、ちょっとね」
夏のイベントで着た黄色いヒヨコになろう、っと!
他のクラスの男子とアーチ作りをしていた純也が、教室に戻ってきた。
「華奈、もうちょっと待ってろよな、もう少しで終わるから」
「うん…わかった」
気のない返事をした。
「…おまえ、最近というか、夏終わったくらいからなんか素直になってない?」
前だったら、純也のことなんて待ってなくてとっとと帰って、すぐに携帯に電話がかかってきて純也に怒られてた。
だけど、卒業まで久美ちゃんになろうって決めた私は、純也に逆らわなくなっている。
純也は、そんな私に気味が悪いようだ。
「熱とか、あるんじゃねーの?」
純也の大きな手が私のおでこを触る。
あっ、熱もないのに、熱が出てきた…。
「微熱? 早く終わらせて戻ってくるから、待ってろよ?」
そう言い残して、純也はまたアーチ作りに行った。
「なんか、ラブってるよね? 華奈と純也くん」
「ホントだよね~。はじめは違和感あったけど、なんかだんだん慣れてきた」
「慣れって恐いよね」
「うんうん、あんたたち二人なんかしっくりきてる」
「小田くんの彼女が華奈ちゃんでよかった~なんて思ってる、私」
みんな、なんか勝手に話しているけど、私は、純也の手のぬくもりの微熱をおでこに少し残し、深い溜息と共に机の上に伏せた。
自分が純也に対して、どんどん弱弱になっていくのがわかる。
「文化祭明けの振り替え休日、どっか行こうか」
帰り道に純也が急に言った。
「どっかって?」
「んー、テーマパークとか、観覧車乗りに行くとか?」
「なんで…?」
「……だって、二人でデートしたことないじゃん。
休みん時って、いっつもコスプレ仲間と集まったりだろ?
まっ、それはそれで楽しいけどさ」
そうなのよ、私がイベントじゃない日にコスプレ仲間と集まる時も、必ず純也も参加していた。
「なんで?」
「何が?」
「なんで、彼氏でもない純也とデートすんの?」
私は下を向きながら歩き、力ない声で棒読みで訊いた。
デートとか言わないで欲しい。
期限付きの恋なんてしたくないもん…。
恋…?
あれ?
私、今自分で恋って…言った。
「彼氏じゃない、って…?
俺、言ったじゃん。華奈の彼氏になりましたって、
お母さんにも、ちゃんと言ったじゃん」
「あぁ…そうだね…卒業までの…約束だったね。じゃぁ、どこに行こうか…」
ほとんど意識ないまま、受け答えをしている私は、自分の右、左と出る靴のつま先を見て歩いていた。
「おまえ、ホント最近変だぞ?」
純也が急に止まって、私の腕を掴んで、自分の方に向けた。
ひ、ひぇ~、純也の顔が、見れない…。
もう…もぅ、力が入らない、無理…。
操り人形の糸が切れたみたいな状態で、地面に膝をついてしまった。
「お、おい! 大丈夫か!? マジ熱あるんじゃねーのか?」
「あっ、だい、だい、だいじょうぶぅぅぅぅ…」
熱なんてないんだけど、ぜんぜん大丈夫じゃないけど、なんとか立ち上がった。
「家帰って早く寝ろ! ホラッ」
純也が手を出した。
「えっ?」
私は、繋ぐのをためらった。
「ホラッ、行くぞ! 早く帰ろっ」
勝手に手を繋がれた。
はぁ~…もう、ほんとうに、ダメだ…。
純也に恋をしていることに気がついた私は、ヨレヨレフラフラでタコの舞いのような歩き方で、純也に手を繋いでもらい、心配されながら家までたどり着いた。
次の日からの私は、純也に心を悟られないように必死に気力を保ちつつ、いつもと変わらずに接し、家に帰り一人部屋に入ると、苦しい胸の内をぬいぐるみのクマ子に話したあと、クマ子をバンバン叩き、ほこりに咽ながら純也への思いを消そうと必死だった。