(1)タイプじゃない!
ホームに続く階段を駆け上がり、電車に飛び乗る。
切れる息を押さえ、空いている席に腰をおろした。
やっぱ、体が重い…。ダイエットしようかなぁ?
無理に決まってるよねぇ。
ダイエットなんて、いままでに何度試みてもその日だけで終わってるし。
どうせ食べたいもの食べちゃうし!
自分で自分に言い訳をしてダイエットは、また却下だ。
肩での呼吸が収まり、ふと顔を上げ、前を見た。
“うぉ! うぉ~、マジタイプ! キョホッ!”
向い側に座っている男子学生は、モロに私の好み。
短いけど柔らかそうなクリクリッとした黒い髪。
色白なお顔。
ぽっちゃり系の体系。
眼鏡かけてるし、マンガ本読んでるし、少し短そうな制服のズボンからのぞく白い靴下。
“あ~完璧。こんな人が彼氏だったらなぁ…言うことなし! なのに”
一度収まりかけた酸素不足の心臓音が、ときめき音に変化していく。
私は、胸に両手を当て、目のまえの男子学生の頭からつま先までを行ったり来たり、目だけを動かし、彼を見つめた。
彼に酔いしれていると、制服の袖口がひっぱられ、名前を呼ばれた。
「華奈…、おい。……おい、華奈」
その声を、無視したまま私は目の前の彼を見続けたが、「おい、って、言ってんだろ?」と、苛立ちの声で私の頬を摘み、横を向かされた。
「……痛いんですけど…?」
頬を摘まんだまま放そうとしないそいつの手を掴んでみたものの、奴の指先に力が入り、私の頬からその指は放れない。
「痛いってば!! 放してよ!」
「どこ見てんだよ…。つーか、明日提出の宿題、俺の分もやれよな、おまえが」
私の隣に腰かけているコイツ……ふざけたことを言いなさる。
「はぁ? 冗談でしょう。自分でやりなさいよね、そんくらい!」
私は、そいつの頭を一叩きしてみた。
「ッ痛! なにんすんだよ!」
コイツの声に、目の前の男子学生が顔を上げ、私たちを見た。
あっ、ヤバイヤバイ、どうしよう、隣のこいつとカップルと間違われたら…。
「お兄ちゃん! うるさいから静かにして、電車の中だよ?」
「はぁぁ!? なんで俺がおまえの兄ちゃんなんだよ!」
デカイ声を出すな、ってーのよ!
とっさに兄弟に仕立て上げたが、余計目だってしまった。
私は、もう一叩きヤツのおでこを、ピシッと、叩いた。
「華奈、なんで俺がおまえの兄ちゃんになんなきゃなんねーんだよ。同い年なのに」
「あ~はいはい、ごめんなさい。私が悪ぅ~ございました!」
とりあえず、コイツをだまらせようと、一応謝るが、まだゴチャゴチャと話しかけてくるコイツの声に、男子学生は私たちをジッと見つめ、私は彼に軽い微笑みを投げたが…シカトされた。
あんたのせいで、変な目で見られたじゃないのよ!
もう一度、隣のうるさい男のおでこを一叩きしていると、電車が馬鹿田毛駅に着き、男子学生は、降りて行ってしまった。
あっ! ちょっと、そこのタイプの人~。
私は、席から腰を浮かし、男子学生を追いかけてしまいそうになったが、隣のヤツにスカートを引っ張られ、座りなおした。
私は、ヤツを睨んだ。
「まだ降りる駅じゃねーだろ? っていうか、何、睨んでんだよ、華奈…」
私の横のこの男、濃い目のブラウンのロン毛で、髪質サラサラ。
シャープな顔立ち、少し鋭いお目目、身長高め、ボディ細め、お勉強普通、男友達多め、女のファン非常に多い。
見た目、世間一般ではこういう男を『かっこいい男』と呼ぶのだろう。
私は、160センチ、60キロ、ふくらはぎ太目、二の腕太目、でも手首だけは細い。
肩までのおかっぱ、髪質、太くて健康な直毛の黒。
お勉強は、コイツよりは少し成績優。
顔はとりあえず、普通ということにしておいてほしい。
こんな私とコイツが、なぜ恋人同士か…。
その前に、コイツは私のタイプではぜんぜんない、のに私の彼氏。
勝手に彼氏になってくれました。
正直、100%迷惑なんです。
確かにコイツは『かっこいい』。
それは、私も認めるけど、人間には好みというものがあって、私にとってコイツは『薄らぼやけた顔』程度で、胸にグッとくるような男ではない。
ぜんぜん不釣合いな二人。
世間の女子学生の方々からも、学校の女子のみなさまからも、「ありえな~い」的な視線をあびながら、高校最後の生活を始めて、早二ヶ月半。
あの日、もう少し帰宅が早ければなぁ……