「第2話:ババロアの受難・3分見たら死ぬ絵」Aパート
「第2話:ババロアの受難・3分見たら死ぬ絵」Aパート
時をさかのぼること4年前のある夜の出来事。
唯一の肉親であった兄が行方不明となり、広い屋敷で一人すすり泣いていた少女の下に、ある日一匹の精霊がやってきた。
やってきたというか、窓ガラスを突き破って盛大にババロアと衝突した。
「ぶぎゃーーー!!」
その精霊は傷だらけ、しかしガラスの傷ではない。精霊は少女を見るなり
「お前が……ババロア……?」
そうつぶやくと一度意識を失った。
少女による介抱の後、目を覚ましたその精霊はその恩として、新しい友人として少女を手助けしていくことに決めた。
やがてこの国、オラクリアである噂が立つようになる。
忽然として消えた「怪盗ムース」の「妹」を名乗る、新たな怪盗が現れたと。
その怪盗の名はー
ボクはババロア!ババロア・バブルル!言いづらい?
ボクと一緒にいるのは相棒のババット。コウモリの精霊なんだって。
ボクたちの正体は何を隠そうあの超絶美少女怪盗「怪盗ババロア」その人……達である!
怪盗……それは紳士的で、人を傷つけたりすることなく、お宝の持ち主と真剣勝負をする、いわば闇のスター
いつしか伝説の怪盗と名をはせたお兄ちゃんに物理的にも、精神的にも、技術的にも近づくため日夜このオラクリアを賑やかしているわけ。
今日も華麗な怪盗らしく朝のモーニングティーを優雅に……
ジリリン!ジリリン!
優雅に……
ドンドンドンドン!!
「ババロア」
「……」
「ババロア~……」
ババットに催促され、ボクはしぶしぶドアを開けにいく。
そのドアの向こうに誰がいるかはわかっている。だってその人くらいしかうちにはやってこないから。
「は、は~い……ど、どちらさまぁ~?」
「借金取り立てじゃーーーーい!!!」
「ギャーーー!!」
ドアの前に立っていたのは身長2メートルを軽く超える強面の借金取りのおじさん、サイキン。
ボクの一族「バブルル家」はおじいちゃんの代より多額の借金を抱えているのである。
「今日でもう何回目の期日かわからんが……借金2億、返す算段はついたかぁ?」
サイキンはサングラスを外して体格に見合わない小動物のようなつぶらな瞳で睨んでくる。
「いやぁ~その……ねぇ?あはは……はは」
「だろうなっ!」
サイキンは屋敷に上がると品定めをするように屋敷を見渡す
「いつ見ても立派な屋敷じゃぁ。古いとはいえ借金分2億くらいには...まだまだなるだろうなぁ?」
「屋敷は駄目ー!……まだ誰か帰ってくるかもしれないし」
「誰も帰ってこんからお前が借金背負っとるんじゃろぅが」
「あうぅ」
「祖父の借金背負ったチビに同情してこれまで大目に見てきたが、テメェももう10の歳。こっちも仕事なんで心を鬼にして取り立てるしかあるめぇよ」
「せーせめて!もう半年……いや1クール待って!」
「たった3か月で2億も稼げるわけねぇだろ!!」
「返せって言ってんのはそっちじゃん!?」
サイキンは苦い顔をして悩みに悩み……
「……ん~分かった!待ってやる!」
「ありがとう~~~!」
「ただし、これ以上は本当にねぇ!用意できなかったときは問答無用で屋敷を手放してもらうぞ!つぅか次は不動産屋もつれてくる」
「絶対!絶対用意するーー!!」
「それと!俺の朝の目覚めが悪くなるようなことはすんじゃねぇぞ!わかったな!」
ドスドスと古い屋敷に足音を響かせながらサイキンは帰っていった。
今までなんとか駄々をこねてやり過ごしてきたけれど、いよいよそれも限界のようだ。
「どへぇ~……」
「お疲れババロア」
「どーしよーーー!??もう次で終わりだよーーー!!」
「やっぱりさー……今まで集めた地下のお宝売ったほうがいいんじゃねぇの?2億くらい軽く返せると思うんだけどな」
屋敷の地下にはこれまで集めたお宝を隠してある。
「そうしたが最後ボクがお金儲けのために怪盗やってるみたいじゃん!ボクはあくまでお兄ちゃんのコレクション回収と、バブルル家として怪盗の名誉のために!怪盗やってんだから!」
そう!怪盗の名誉のため!
お兄ちゃんが行方不明になってから我こそはとエセ怪盗の現れること!
バブルル家はあくまで義賊として基本悪いやつをターゲットにしてきたけど、自称怪盗共はそんなことお構いなし。
このままでは「怪盗」というブランドイメージに傷がついてしまう。
「怪盗信条その1!その正体バレるべからず!」
「怪盗信条その2!人を傷つけるべからず!」
「怪盗信条その3!予告状わすれるべからず!!」
「じゃーどうやって借金返すんだよぉ」
「お兄ちゃんが見つかれば……お兄ちゃんが何とかしてくれる……ハズ!」
「...」
「お宝手放すのはガチのマジの最終手段!今はコレクションを集めてお兄ちゃんを探し出すんだからー!」
ムースコレクション。お兄ちゃんが行方不明になってしばらくして闇社会にバラまかれたお宝たち。
そのほとんどが呪われていたり、危険なアイテムだったこともあってそれを集めようとしている奴らが現れ始めた。
コレクションを回収していけばいつかお兄ちゃんの行方に繋がる「何か」が見つかるかもしれない。
先日のメタルハート、そして今日に予告を出したお宝もそのコレクションの一つである。
「へっへーん。大人しくしててね~」
「ンゴ~~~」
ボクは今度オープンする美術館の館長を眠らせ倉庫に閉じ込めた。
半日くらいすれば目を覚ます。それまではボクが代わりに館長になる。
「ふふーん。我ながら完璧な変装……」
ガラスの前で衿をただす。どこからどう見ても高身長の男館長。付け髭を弄りながらメインホールへ向かう。
「今日のターゲットは3分見たら死ぬ絵だな」
「どんな絵かぶっちゃけまだ知らないけど、予告状を受けて警備が厳重な奴でしょ」
館長に扮していれば怪しまれずに近づける。こりゃ楽勝だな~とニコニコ笑顔でメインホールに出ると
「ゼニスキー館長!お客様がお見えになられました」
「ぴゃい!」
突然警備員に声をかけられ思わず声が上ずる。
「え?こんな時に誰ですかな?」
「予告状を受けてお呼びになった探偵の方ですよ。確か、シャーロック・ホムホム様でしたか」
『えっ……』
えぇ~~~!?
「こ、これはようこそいらっしゃいました探偵殿」
「お初にお目にかかります。シャーロック・ホムホムです」
挨拶にと怪盗と探偵が握手をする。まさかこんなことになるとは……
シャーロック・ホムホム。この業界で知らないわけがない。ボクが「伝説の怪盗」を継ぐものならこの子はまさしく「伝説の探偵」の名を受け継ぐもの。
噂には聞いていたけどまさかボクとほとんど変わらない女の子だったなんて。でもこの前の戦闘でも結構機敏に動いてたし油断ならない。ていうか変装がバレないか超怖い!
気を緩めたら滝のように汗が出てきそう。
「なんでも、予告状が2枚も届いたと」
「えぇ、困ったもので…….え!2枚!?」
「そう聞いておりますが……?」
警備員がそそくさと2枚の予告状を持ってきた。
ボクはそれを受け取るなりシッシッと警備員に離れるように促した。
「3分見たら死ぬ絵」は私がいただく。怪盗ハットーリ。
今宵「3分見たら死ぬ絵」をいただきに参上します。怪盗ババロア。
誰こいつ!?まさかボク以外にもこのお宝を狙うやつがいたとは……!
ボクは歯ぎしりをしてハットーリの予告状をにらみつけた。
「しかし、怪盗というのは複数いるものなのですな。私はてっきり噂の……ラザニア?」
「ババロア!!!」
ボクは食い気味に否定する。
「そうその怪盗ババロア一人だけかと」
「いーえその認識で合っています!この怪盗ハットーリという方は偽物!エセ怪盗です!」
ボクは自分の予告状をグイグイとホムホムへ押し付ける
「怪盗の名を受け継ぐのはかの怪盗ムースの妹である超絶美少女怪盗、怪盗ババロアただ一人!他はぜーんぶ怪盗を名乗っているだけの三流泥棒!わかりましたかな!!」
ホムホムは勢いよく顔面を寄せて否定するボクに口をつむってたじろいだ。
「……ワカリマシタ」
「とにかく!このハットーリとかいう方は全力で捕らえましょう!」
「……怪盗ババロアの方はよろしいんですか?」
「超可愛いですからな!もし盗られそうになっても見逃しちゃっていいですよ!」
「はぁ」
『お前なぁ……』
ほどなくして、ボク館長とホムホムは今回のターゲット「3分見たら死ぬ絵」が飾られているそこそこな広さの真四角な部屋へやってきた。
見るのは自己責任で、と奥の壁には布を被せた「3分見たら死ぬ絵」。部屋に窓はなく、出入口はドア一つだけ。
「しかし……あれですな、3分見たら死ぬ、とはまた随分恐ろしいものを」
「客寄せにはなりますからねぇ」
ボクも実際はどんな絵かまだ知らないのだ。知っているのはこれもムースコレクションの一つであるということ。
これを手に入れるためにゼニスキーが前の所有者を経済的に追い詰め手放すように仕向けていたこと。
「チラッと……見てみますか?」
「まぁ……3分の余裕はありますからね」
流石に見るだけで呪い殺されるなんてことはないだろう。
実際に死ぬか死なないかはともかく、そう噂されたことで例え見えなくともこの絵画に価値が生まれているというのは面白い話だ。
果たして、美しいのか、はたまた恐ろしい絵なのか。少しばかり緊張しながら布をめくる。
そこに描かれていたのはー白く大きな翼を背負った天使。いや、まるで自身を天使だと思い込んでいるような……そんな「悪魔」の姿が描かれていた。
決して美しい絵ではない。しかしその力強い線と色で魅せられた「ソレ」は目にすること自体がおこがましい行為であるかのような、そんなある種神々しさのようなものを感じる。
3分死ぬとかいう呪い云々関係なしにこれが名画であることに間違いはないだろう。
「これは……イドン教の宗教画ですか」
「イドン教?」
「南西のある街で今だ活発なマジン信仰の邪教ですよ」
ホムホムは「ふーむ」と顎に手を添え何かを考えている様子だ。
「信仰心、信じる心とはその対象に力を生みだします。未だ信仰あるイドン教の神を写し、「3分見たら死ぬ」という噂を持つこの絵が本当にそういった呪いを持っていてもおかしくないかもしれません」
「つまり……?」
「本当に3分見たら死ぬかも、ということです」
「はぇ~...じゃぁもう見ちゃ駄目じゃん!」
慌てて絵に布を被せる
割とじっくり見ちゃったよ!
「この絵ですが……一般に公開するのは控えられませんか?たとえ呪いなんかなかろうとこの絵のせいでとトラブルが起きるかもですよ。この絵を見たせいでーとか。それに怪盗どもも盗みようがなくなりますし。」
「え?あぁ……ですよな!ぶっちゃけボクもそう思います。ウン」
あれ?じゃぁこのままこれ持ってっていいんじゃない?ラッキー!
すると先ほどの警備員が脚立を手にやってきた。まぁ館長自ら、というのも変な話か。
「えーとそれじゃぁ、ボクの部屋に置いといてくれたまえ」
警備員は危ないので、ボク達に少し離れるように促す。
警備員が絵を取り外そうと手をかけようとしたその時
「警備員、少ないんですね」
「えっ?」
ホムホムがぽつりとボク館長へつぶやいた。
確かに、怪盗から2枚も予告状が届いた割にはこの警備員以外見ていないような。
ホムホムは警備員にジト~っとした目線を向ける。
「キミ、随分静かに歩くんだなぁ。流石は美術館の警備員さん、だ」
ホムホムは警備員に煽るようにわざとらしく声をかけた。
警備員は少し固まった様子を見せたのち、ほどなくしてため息を吐いた。
「ハァ……人払いをしすぎたようですねぇ」
警備員はバサッと衣服を投げ捨て、その真の姿を現した。
大きな緑のシルクハットにスカーフで顔はほとんど見えず、杖を携えたその衣装はどことなくマジシャンを連想させた。
手持ちの杖をクルクルと回し、その男は名乗った。
「私は怪盗ハットーリ。よくぞ見破りましたね。」
ニャッ!?普通に気付かなかった!
一方ホムホムは特に驚く様子なく質問を投げつけた。
「本物の警備員たちをどかすのに薬品やガスの類を使ったな。窓のない部屋だから少し臭うぞ」
「絵の具の臭いだと思われる程度にはごまかしてみたつもりですが、さすがは専門家だ」
マジー?それも気づかなかったんだけど。
「狙いはその絵か」
「えぇ。予告通りに。それとー」
ハットーリが最後まで答えるのを待たずにホムホムはヨーヨーをハットーリに向けて投げつけた。
あれはこの前の戦闘でも見た痺れるやつか拘束するやつ!容赦ねー!
円盤は2つに分かれ、ハットーリの右腕にしっかりと絡まる。しかし、
「それと、余興を少々」
ハットーリは動じる様子なく、右腕をぶらんぶらんと上下させるとあら不思議、巻き付いていたはずの円盤は地面に落ちた。
「チィ」
「拘束からの脱出はマジシャンの得意芸ですので」
ハットーリはコツンコツンと足音を立てながら、僕たちの周りをクルクルと回りだした。
ていうかお前マジシャンと怪盗どっちなんだよ!似て非なるだろ!
「余興とは?キミが正体を現す以上に面白いことがキミにできるのかね?」
あ、煽りよる。
「怪盗はエンターテイナー。此度のお客様は、絵の所有者たる館長、そしてかの名探偵。上々」
ハットーリは立ち止まり、トントンと杖を床で鳴らしその場で華麗なステップを踏むと
「本日の演目をいざご覧あれ。イリューーージョン!」
こちらに向けて構えた杖の先端が眩しく発光する。
ピカーーーーン!!
「くっ」
「まぶしっ!!」
ピカーン!ピカーン!ピカーン!
立て続けにあちらこちらから光が襲い掛かり、そのたびにボクたちは少しずつ後ろに下がった。
やがて光が弱まり細目をあけると……なんと部屋にあるすべての絵が「3分みたら死ぬ絵」に変わっていた!
「ギョエーーー!?どこを見ても3分見たら死ぬ絵ーーー!?」
Bパートへ続く。