「第1話:ホムホムの来訪・メタルハートその1」Bパート
「第1話:ホムホムの来訪・メタルハートその1」Bパート
屋敷の大広間、パーティ会場に入る前に私を見て咳払いした奴がいた気がするが気のせいだろう。
「あら!あなたがかのシャーロック・ホムホム!?あらあらあら……」
そうです。小さいけれど。私がかのシャーロック・ホムホムです。
早々に婦人一人に絡まれたと思えばワラワラと人が寄ってくる。まぁパーティは常連だらけだろうし、外から話題のある人間が来れば注目もされるか。ええい、私を挟んでご子息の話をし始めるな。
婦人のドレスをかき分けた先、やっとペルジック殿に会うことができた。
「やぁ名探偵。オラクリアは慣れたかい?」
「えぇ。ここは食事がおいしいですな。事件が解決できないと太りそうです」
ふぅ、と一息。
「あの、それで襲撃者のことは……」
「みんな逆にそれ目当てなんじゃない?」
客人たちはみな、娯楽に飢えているのか。私はさりげなく会場の出入口に目を向ける。
「ペルジック殿……とおやおや!もしやあなたが"今の"シャーロック・ホムホム!?」
そうです。名探偵です。軽くスカートの両裾を掴む。
現れたのはこのパーティの主催、屋敷の主人であるカーネン氏。
骨董品を集めてはその都度パーティを開いて自慢するのが好きな人らしい。
立派なヒゲと立派な腹。指には宝石の指輪がギッチリ。おぉう金歯だ。
ペットであろうこちらもまた丸々とした猫を抱きかかえている。
今の、ということは先代に会ったことがあるのか。まぁ狭い業界ではあるからな。
「昔先代に依頼したことがありましてね。キンちゃん……あぁこの子の捜索依頼でしたが。先代はお元気ですかな?」
「私が名を襲名したということは、そういうことですので……」
あぁこれは失礼……とカーネン氏はキンちゃんを優しく撫でた。
そのキンちゃんと目が合ったので笑いかけてみたが唸り声で返された。可愛くないなこいつ。
「カーネンちゃんお久。随分強そうな人たち揃えたね。」
ペルジック殿はカーネン氏の後ろに目を向ける。
会場の奥、金色のポールパーテーションでふさがれた2階への階段の手前。メタルハートの入ったケースを置いていると思われる台を屈強な6人の使用人が取り囲んでいる。
「お坊ちゃまからの連絡を受けて傭兵を増やしたんです。それより! お坊ちゃまもメタルハードを持っていると!?」
「悪いけど、例の襲撃者が捕まるまでしばらくは動かさないよ。」
「なれば今日この後襲撃に来てくれれば、返り討ちにして事件解決ですな!」
厄介言ってくれちゃって。
「そういえば……カーネン氏はどうやってそのメタルハートを手に入れたのですか?」
「あぁそれはオーク……こほん。知り合いから譲り受けましてな。珍しいものが手に入ったと。」
どこぞの教導国家のオークションか。裏を取るのは難しそうだな。
他愛もない雑談を交え、ほどなくしてカーネン氏は台に近寄り会場の客人たちに声をかけた。
「みなさーん! 招待状にもあったようにこれから世にも美しい「メタルハート」をお見せしましょう。
カーネン氏の呼びかけにワラワラと客人たちが集まる。全体でざっと20人弱といったところか。
とはいえあまり興味のなさそうな顔がちらほら。まぁ実際はコネ目的で来ただけの人も多いだろうしな。
「最近そのメタルハートを狙っている輩がいるようですが皆さんご安心ください。ランクAの傭兵の皆さん。そしてかの名探偵もいらっしゃる」
カーネン氏は紹介するように順番に手を向ける。どうも~と愛想笑い。
探偵は事件が起きてから活躍するものだ。戦力には数えないで欲しい。
それではそれでは、とカーネン氏が指を鳴らすと使用人の一人がメタルハートの入ったケースを覆った布を取り外した。
その中にはー確かに虹のように輝く「メタルハート」があった。
おぉ~と客人たち。誰かが拍手したのか続けてパチパチと鳴りだす。
ソレはただ綺麗な塊、という表現にとどまらない「何か」を芸術に興味のない私でも感じることができた。
それはまるで、冒涜的。という表現が近いだろうか。
目の前に "誰かの心臓" が置いてあるかのような。なぜそんなものを感じるのかは……わからない。
私は怪訝な顔をしていたと思う。
「へぇ~……俺の持ってんのと遜色ないや。偽物ってわけじゃなさそうよ。」
「……こんなものが複数あるというのであれば、集めようというやつがいてもおかしくないですね。」
とはいえ、襲撃をしてまで、だ。メタルハートの謎の魅力に囚われて見境がない?複数集めることで何か意味がある?
目の前の情報を得て考えこもうかとしたーその時。
バリンバリンバリンバリン!!
突如、会場の窓ガラスが次々と破壊され、ガラスの破片が飛び散る。
「キャァァ!!」
「なんだ!?」
会場の感嘆の声は一瞬で叫び声へと変わった。
「危ないっ!」
「キャッ!」
誰かが私を後ろに引っ張るのと私の頭上のシャンデリラが落下するのは殆ど同時だった。
ガシャーーーン!!
会場の視線が無残に砕けたシャンデリラに向く。
「すまなー」
礼をと後ろを振り向こうとしたその一瞬、天井から人影がガラスの破片に混じって飛び降り、メタルハートを今まさに持ち去ろうとする瞬間をしかと捕らえた。
私は自前の「ヨーヨー」を裾から取り出し、円盤を投げ飛ばしてメタルハートを掴まんとするその手を払いのけた。
ガキィン!!
と、金属音が響く。
その人影はペルジック殿が見せた "絵" と恐らく同じ、白黒のフードのように見える。
「襲撃だっ!!」
カーネン氏の怒号と共に周囲の6人の屈強な使用人たちが人影に襲い掛かり、客人たちは逃げ惑う。
あっという間に白黒フードの腕が、身体が使用人たちに押さえつけられるーが。
まるで子供を振りほどくかのように使用人たちを掴んでは放り投げ、また殴り飛ばしていった。
ちらりと見える細腕からは信じられないパワー! 何度か使用人の攻撃は当たるがお構いなし。使用人たちが軽々と吹き飛んでいく。
そうして、10秒と立たずに使用人たちは倒れこみ全滅してしまった。
「なっ何が起こったぁ!?」
後ずさるカーネン氏の後ろでペルジック殿は呑気にヒュ~と口笛を吹いていた。
「下がって!」
依頼人を傷つけることがあってはいけない。私はペルジック殿と白黒フードの間に入る。
傭兵達を倒し一度距離を取らんと白黒フードは跳躍し、大きな窓を後ろに2階の手すりへ着地する。
その時、雲に隠れていた月が顔を出したのか、その姿が夜光に晒された。
改めて見るとそいつは白と黒のフードで幽霊のような灰色のマスクを隠している。
そう、幽霊。そこにいるのが見えているというのに気配を感じない奇妙さがある。
「まさか、噂の怪盗か……!?」
はためく白のローブを見てそう思ったのか、カーネン氏がつぶやく。
怪盗? こいつが? それにしてはいささか乱暴で品のない。
先日のローザリン倉庫を見ても力任せといった印象だ。
いや、皆が思う名探偵も実物は違うやつだったろうか。
私は両手に「スリリング・ヨーヨー」を取り出し一度上下に回転させた。探偵の秘密道具だ。
ギュイィィィィィン!!
「パワー・ストリング!」
右手のヨーヨーを怪盗に向かって円盤を投げつける。
それを弾かんと怪盗の手の甲がヨーヨーの円盤に触れたその時、
「ショック!!」
バチバチバチバチィ!!
『ガガガッガガガガ!?』
電撃が白黒フードを襲う。
「スリリング・ヨーヨー」は周囲に高電圧を発せられる様カスタマイズされている。一旦離れてくれたのは好都合だった。
もっとも一瞬怯ませる程度の威力ではあるが、おっと良い子は絶対に真似するなよ。
その隙に右手のヨーヨーを引き戻すのに合わせて左手のヨーヨーも白黒フードに向かって投げつける。
「ロック!!」
こちらは強力な特殊繊維を用いた犯人を捕縛するためのヨーヨー。
円盤は2つに分かれ、バチンと白黒フードの身体に絡みつく。
身動きの取れない白黒フードはそのまま1階へと落下した。
ガシャン!! とやけに鈍い音が響かせ、立ち上がれずにそのまま地面に伏した。
『ガガ……!』
こいつ……マントの下には金属製の防具でも着込んでいるのか?
「お、おぉ~~! やったぞ!」
はしゃぎ出すカーネン氏に静止を促す。振り向くといつの間にか客人たちのほとんどが既に会場から姿を消していたのがわかった。
皆、意外と危険な場に慣れているのか。手間が省けて助かる。
しかしこの白黒フード、何か不気味だ。
『ガ……』
ピクリとも動かない。まるで死んでしまったみたいに。
私はヨーヨーを構えながらおずおずと近づく。
グポーーン!
突如、白黒フードの目が赤く発光した!
すると、白黒フードは縛られたままゆっくりと起き上がり、光に包まれていく。何が起きているんだ!?
「ヒェェェエエエ~!!」
その様子を見て、まだ場に残っていたカーネン氏と客人たちも悲鳴と共に慌てて逃げ出す。
まさか爆発なんてことはないよな。
バキンバキン! と白黒フードを拘束していたヨーヨーが砕けた音が聞こえた気がする。
常人のパワーを遥かに超えている。そのフードの下は一体どうなっているんだ。
『フェイズ……2……』
ガシャーーーン!!
激しく強まった光が弱まり目を凝らすと……そこには巨大なサソリ、いや人型のサソリのような姿があった。
白色は消え黒と青紫のボディに赤いツメやトゲが光る。
『サスパーダ・アクトロイド』
『グギュァアアアアアア!!』
これはまさかー
「憑依変身……!?」
憑依変身とは、 "人間" と "精霊" の一時的な合体現象。
人は「マナ」を得、精霊は「肉体」を得る。
噂には聞いていたが実際に見るのは初めてだ。しかしこの場に ”精霊" は見当たらなかったが……。
サスパーダ、それがこいつの名前だろうか。
すると、サスパーダは腕の発光したツメから毒のような分泌液を周囲に弾き飛ばし始めた!
「!ガード!」
私はヨーヨーを盾になるように回転させて毒弾を弾き飛ばす。
しかしその時、テーブルの影でキンちゃんがサスパーダに威嚇せんと唸り声をあげた。
「あぁーー!?キンちゃん!!」
カーネン氏の悲鳴を聞いてか、サスパーダはすかさずキンちゃんへも毒弾を放つ。
キンちゃんの壁にと私もヨーヨーを投げたが代わりに自身への毒弾を防ぎきれずにもろに数発、食らってしまった。
「がぁ!!」
強烈な打撲、いや痺れに倒れこんでしまった。
イタタタ!ヒリヒリして痛い痛い!まるで感覚が遮断されたようだ。
キンちゃんは驚いてその隙にカーネン氏の下へさっさと逃げてしまった。
デブ猫とはいえあれくらい避けれたのかもしれないが。
『グギュガ……ガガガガガ!』
サスパーダは咆哮するように身を震わせる。
「今だッ!!」
「うおーーー!!]
動けるようになったのか、3人の使用人がサスパーダを背後から飛び襲う。しかし。
ドガガガガガ!!!
ぐっ!がぁ!どわぁ!!
毒を使われるまでもなく3人まとめて「尻尾のような頭」の連打で吹き飛ばされてしまった。
サスパーダは歯向かうものがいなくなったことを確認するとメタルハートへと向かう。
しかし、気に入らない。こんなやつが怪盗だとは。
ガラスの雨を降らし、シャンデリラを私の頭上で落下させ、動物は狙うは使用人たちを容赦なく吹き飛ばす。
なんだかんだ、どこかよきライバルとなれるような幻想を「怪盗」という存在に期待していたのかもしれない。
同じように名前を受け継いだ奴がいるのなら、と。
所詮怪盗だろうと何だろうと犯罪者に変わりないというのに。私は俗な探偵だ。
「ハハ、今宵の演目は酒場のよっぱらいの喧嘩か……?」
嫌味のひとつでもと思ったが地面に倒れこんでなんとも情けない負け惜しみか。
サスパーダがメタルハートに手をかけるその時!
バキュン!!
突如!怪盗の右手が弾かれた、いや撃たれた!
「なっ……!!」
「ちょっとちょっとあのさーあのさー!」
どこからかえらく元気な声が響く。
「絶対勘違いしてるよね!そいつじゃないから!!」
サスパーダは右腕を抑えるように後ずさる。
カーネン氏の発言に誤解していたが、こいつは怪盗ではなかったのだ。
この声の主ーお前が、お前がそうなのか。
パチン、と指が鳴るとどこからともなくドラムロールが聞こえてくる。
「変幻自在、神出鬼没……」
メタルハートの後方、階段の先に「ソイツ」は何重ものライトアップで現れた。
バン!バン!バン!
「魅惑の美少女怪盗ババロア!今宵も参上!」
金髪にシルクハット。目元のマスク。マントはないが翼が生えてる。尻尾も生えてる。
ド派手で、元気で。こいつはこいつで私のイメージと違うんだが!
「メタルハート、いただきに参上しました!」
『ギギャーー!!』
サスパーダはすかさず毒の弾を乱れ打つ。
対する怪盗はどこからともなく赤紫の大鎌を取り出し回転させ、毒の弾を見事すべて弾き飛ばした。
そしてすかさず大鎌を縦に回転させながらサスパーダにとびかかる。
ガキィン!
サスパーダは尻尾で迎え撃ち、激突した両者は互いに弾かれた。
サスパーダは負けじと踏ん張り、「尻尾のような頭」を怪盗ババロアに突き刺そうと乱れ打ちに突撃する。
ガガガガガ!!
が、大鎌に火花と共に弾かれ乱打の途切れたその一瞬、怪盗の投げた帽子がまるでブーメランのようにサスパーダを切り裂いた。
ズバン!!
青紫の体皮を破けるとバチッと電気が流れるのを見た。
先ほどの電撃がよほど効いたのだろうか?
その隙に私はかろうじて立ち上がる。しかし痺れ毒が目に回ったのか、眩暈と共に投げたヨーヨーはサスパーダから少しずれてしまった。
しかしそれを見た怪盗がすかさず「銃」を取り出しヨーヨーの円盤へ向けて発砲。サスパーダへと押した。
バチバチバチバチィ!!
『ガガガガガガ!?』
少し距離はあったがサスパーダに感電し動きを止めることができた。
すると、再び月が雲に隠れたのか、照明の壊れた会場が闇に包まれる。
カン!
「怪盗信条その1! その正体バレるべからず!」
再びどこからともなく怪盗がライトアップされる。
カン!
「怪盗信条その2! 人を傷つけるべからず!」
怪盗は「銃」で白黒フードを乱れ打つ。
カン!
「怪盗信条その3! 予告状わすれるべからず!!」
怪盗は予告状を取り出すと私の前に飛ばした。
今宵、メタルハートをいただきに参上する、怪盗ババロア。
「いや今出すんかい!」
「出したんだけど見つけてもらえなくってぇ……」
怪盗ババロアはばつが悪そうに「てへっ」と笑いウインクした。何だこいつ!
「まだデビューしたてだからご愛敬!」
怪盗は「カード」を取り出すと「銃」にスキャンさせた。
『ヒッサツ!ホッピワンズ!』
「今宵の主役はボクのもの!」
『フルチャージだぜ!』
「アデュー!」
怪盗はサスパーダに向かってトドメを放った!
ハッ! っとして起き上がる。もう身体の痺れはあまり感じない。
怪盗ババロアの最期の一撃、その爆発の後少し気絶してしまっていたようだ。
既に怪盗とメタルハート、そしてサスパーダ……白黒フードの姿はない。
少し騒がしいのは屋敷周りに野次馬や騎士団が集まっているからだろうか。
カーネン氏はというと、メタルハートを奪われ屋敷も滅茶苦茶にされ、膝をついて落ち込んでいた。
キンちゃんはその足元でなだめるように前足でつつく。
私は……そんなに壊したりはしてないよな?
あたりにやけに鉄くずが多い気がする。白黒フードが身に着けていたものの残骸か?
「いやぁ大変だったねぇ。大丈夫?」
と後ろからペルジック殿。
「まぁ私は……客人たちはいかがですか」
「大丈夫そうだよ。名探偵が頑張ってくれたおかげでね。」
落下するシャンデリラから助けてくれた人に改めて礼を言いたいところだが、少なくとも今日はもう無理そうだ。
「仕事としては失敗ですがね」
「まぁ長い目で見ようよ。新しく分かったことも多いしね」
変身する謎の白黒フード。それと同じくメタルハートを狙う騒がしい怪盗、か。
新しい舞台での洗礼を受けた気分だ。
この時はまだ、この一連の事件が「シャーロック・ホムホム」にとっての大きなターニングポイントとなるまでは予測していなかった。
これはワクワクとドキドキの変身冒険譚の影、シャーロック・ホムホムの物語。
影とは言うが、それほど暗い話ではないよ。
次回は「ババロアの受難・3分見たら死ぬ絵」
それではまた次回。