キルアーシティ・キルザ・キャット
少しイラつきながらトゥアタラにこの書類について説明した。
「熊と人間の家族愛かぁ。おもろいわ。漢字やらアルファベッドやらはよーわからんが、まぁイラストと記号から大まかな内容は分かるわ。ひらがなもイケるでぇ」
「……そうですか」
よかった。こいつを殺さなくて済みそうだ。
トゥアタラは人間の『メガネ』をかけて診断書に目を通す。
今度は先程とは違い真剣にやってくれているようだ。
ゆっくりとくつろぎながら待たせてもらおう。
「……猫よ」
「は……はい?」
おっと。うたた寝していた。
「野良猫なら10年。熊なら15年は生きれば上等やろ?」
「そうですね。長いくらいです」
「人間は長くて100年生きんねん。100年も生きたらナンボほど辛い目見るんやろ? まぁワテは100才以上やけども!」
トゥアタラのジョークはスルーした。
100年か。100年も寿命があったら流石に飽きるだろうな。
俺なら20年ぐらいで自殺する。
「キルアーシティ・キルザ・キャット」
「何ですか? それ?」
「『好奇心は猫を殺す』ってどっかのことわざや。あまり安請け合いすなって意味やな。なんやお前見てたら言いたなったわ」
覚えておくことにした。
俺の得意技は『安請け合い』。
(関わらなきゃ良かった!)なんて思った事は何度もある。
もう俺はとっくに若くない。この仕事を最後にトラブルからは隠居しようかな? トゥアタラと話していると沼から出ているマイナスエネルギーもあってかそんな事を思った。
「年を取れば辛いことも無くなる……それやったらみんな歳取るのも悪ないってなるわなぁ。ほい」
丁寧に長い舌で書類をファイルにしまってそれを投げてきた。
「おっと! 何か分かりましたか?」
「脳。身体ともに問題なし……少し血圧が高く肥満気味……ってとこやな」
「ありがとうございました」
脳も身体も問題無し? トゥアタラの言うことを全て信じるなら今までの岡崎の奇行は『岡崎の通常運転』となるが。
人間は歳を取るとみんなああいう感じになるのだろうか? とりあえず熊に報告しよう。
スッキリはしないがこれで俺の仕事は終わり……なのか? どこも悪い所が無いなら病院へ連れて行く理由もない。
「キャットさん!」
「ん? パルモデ?」
ノドシロのとこのぶどう水でベロベロになったであろうパルモデは犬なのに千鳥足だった。
よくここまで来れたな。
「さがしやしたよぉ。あっ。トゥアタラさん。こんばんわ~。ノドシロの兄弟と話してたらね? 今日はキャットさんとものもーって。あははは!」
飲みの誘いか。ノドシロには聞きたいことも報告したい事もある。
誘いに乗るのも悪くないか。
「トゥアタラさん。私はこれで。本当にお世話になりました」
「いややわー。かたいわ。おーきにでええ」
「トゥアタラさん。おーきに」
俺はデロデロのパルモデを介護しながらノドシロの洞窟へ向かった。
☆
「これはお前らにしか話さない取っておきの話なんだがな。この辺にも昔はバイクを乗り回している人間達がいて……」
岡崎の健康に異常がないと知ったノドシロはご機嫌で何度目かの武勇伝を語る。
しかしあれだな。このぶどう水は『クル』な。
俺は酔潰れる前に岡崎の家にあったノドシロの毛について訊ねた。
「あ〜。とーちゃんがな。時々『おいでー』って呼ぶ夜は家まで言って肉を食わせてもらってた。何の肉かは知らないけど美味くてよ〜。一口だけで物足りなかったけどそれでも幸せだった。とーちゃんが俺のために用意してくれた肉……でもそれだけだけだ。あとはすぐ帰った。とーちゃんもついて来ようとしたけど。とーちゃんは夜目が効かないし俺の洞窟も知らないしな」
「あ〜。ところでねぇ。またフランクに喧嘩売られちゃいましたぁ。今度は誤魔化せない〜」
「ばっきゃろー。俺を呼べって兄弟〜。全員噛み殺してやるよ〜」
「やっちゃう〜? 兄弟〜?」
殺るな。
・
・
「ほっ」
「ううん? むにゃむにゃ」
完全に酔っ払ったパルモデを引きずって帰る事にした。
「……泊まっていけよ」
「いや。こいつには飼い主がいるからな」
ノドシロはうつ伏せのまま「飼い主か。家族だなぁ」と呟いた。
「……本当にお前らには感謝している。この一ヶ月のモヤモヤも消えた。ありがとう。キャット。パルモデの兄弟。特にキャット。お前ならやってくれると信じてた。お前は初対面の俺のガンにビビりもしなかったからな……」
「……おやすみノドシロ」
「……おやすみ2匹とも」
あとはター坊と岡崎の『家族』の問題だ。
俺には何も出来ることはないだろう。
またノドシロから相談されたら……その時はやっぱり安請け合いしてやろうかな?
キルアーシティーキルザキャット?
知るかそんなもん。
・
・
・
俺たちが帰った後。
この山で一人の男が『全身の肉を削がれ』殺された。
キルアーシティキルザキャット。
トゥアタラの言ったとおりになったのだ。






