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トゥアタラはかく語りき


「予感。そろそろやっちまうかもな」


 珍しく夜ふかししている岡崎が台所で包丁を火で炙っていた。

 目は炎の様にギラギラしているのに全身はチワワの様に震えている。


「もう包丁は使いたくねぇが……あっひゃっ!」


 奇声を上げ粉薬を寝床から持ってきてそれを火に振りかけた。

 ……何をやっているか分からない。 

 儀式だろうか? おや?

 ゴミだらけで床の見えない台所に長い白い毛が落ちていた。


「長い……な」


 この長さは岡崎の白髪ではない。

 俺の知る限りこの家にター坊以外の客は来ない。

 となるとノドシロだな。

 追い出された後も来ていた? そんなのは勝手だが、言っては欲しかったな。

 何が役に立つ情報かどうかは案外後から分かることが多いからな。

 おっと。煙がこっちに来る。大体の動物は水が苦手だが煙も苦手だ。

 まだ岡崎は眠ってはいないが、健康診断の紙を盗んでトゥアタラって奴の所に向かおう。


「いざとなったらぶっ殺してやる!……怖い」


 岡崎の情緒不安定には俺ももう慣れっこだ。

 しかし何故だろう? どうしても岡崎を見ていると他人のような気がしない。






 トゥアタラのいる『備長真黒沼(ビンチョウマグロヌマ)』は何とも言えない場所だった。

 空気がぬめりと湿りを帯びている。

 何だか『緑色の空気を無理やり吸わされている』という気分になり、少し落ち込む。

 マイナスエネルギーが溜まっているというか……つまり居心地が悪い。



「トゥアタラ! いるかい!」


「おる!」


 沼からザバァといきなり出てきたな。こいつがトゥアタラか。

 トカゲにしては少し大きめで背中に角の様な物が生えている。

 頭は良さそうには見えないが、どうなのだろう?


「俺はキャット。ちょっとあんたに聞きたいことがある」


「いやや!」


 おっとぉ。いきなりの拒絶か。これは何やら説得に時間が掛かりそうだな。

 だが俺も老猫のはしくれ。説得には少し自信がある。


「じいさん。話だけでも聞いてくれないか? 人間と熊。両方のピンチなんだよ」


「お前なんぞの話は聴く気にならんわい! アホが!」


「なんだよあんた」


 一瞬怒りで血管が脈打ったぞ。かなりの頑固親父だな。話を聞くことも出来ない頭ガチガチの老害。

 反面教師にしとこう。俺はどれだけ年をとってもせめて若者の話ぐらいは聞いて上げる老猫に……


「タメ口ぃ!」


「タメ口?」


「若造がぁ! 年上にいきなりタメ口で話しかけるバカがいるか! 『今晩は。トゥアタラさんでしょうか? 夜分遅くすいません。私こういう者です』やろがい! なぁぁにが『ちょっと聞きたいことがある』だ! スカスなアホ! やり直し!」


「あ〜あ〜」


 今度は恥ずかしさで血管が脈打った。

 俺は数年間。年下ばかりと絡んでいてちょっとそういう礼儀を忘れていた。

 何が反面教師だ。これは向こうが正しい。

 敬語? 敬語敬語。もう何年も使っていないから脳みその奥の方にあるのか中々言葉が出てこない。

 敬語……か。


(○○さん。参りましょうか)


 ……そういや元飼い主は猫にも敬語を使う男だった。

 思い出すな。今は関係ないだろう。

 俺はトゥアタラとの初対面をやり直した。


「今晩は。夜分遅くすいません。トゥアタラさんのお宅でしょうか? 私。猫のキャットと申します。トゥアタラさんにお伺いしたい事があるのですが……」



「よぉし! 合格や! 正しい敬語は耳に心地ええやろ!? お前。今時の若いやつにしてはセンスあるやないか!」


「いたみいります」


 この歳で若いやつ扱いされるとはね。


「ほんで!? ワイに何の用や! 聞かせてみぃ」


「トゥアタラさんは人間の文字が読めますか? この紙に何と書いてあるのか知りたいのですが……」


 俺は沼近くの切り株の上に、岡崎の家から盗んできた書類を広げた。


「ほぉん?」


 トゥアタラはギョロとした眼をグリングリン動かしながら書類を読み始めた。

 凄いな。どうやら本当に読めるらしい。『ほぉ?』だの『はぁぁ?』だの口に出しているのを見ると『結構な内容』の様だ。

 たっぷり30分は何回も何回も読み返していた。


「えらいこっちゃあ……あんたこりゃあえらいこっちゃやで」  


「教えてください。その紙には何と書いてありましたか?」


「人間の文字なんかトカゲに読めるかい! アホゥ!」


「なんでやねんっ!」


「ええツッコミや!」


 危なく勢いで噛み殺すところだったぞ。








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