トゥアタラのもとへ
雀荘ヒートビートの閉店後。俺はいつものレジ台にいた。
店長のヒートはタバコを吸いながら窓際の卓に座り、窓を開けて夜の村に煙を吐きかけた。
俺とヒートしかいない空間。静かだ。
騒がしい雀荘も落ち着くが、頭を使うにはこちらの方がいい。
岡崎の監視を始めて4日。起きた事を頭でまとめてみる。
どうでも良さそうなところからいこうか?
意外にもノドシロとパルモデは『兄弟』と呼び合うほど仲がよくなった。
パルモデは每日ノドシロに会いに行き世間話をするようになった。
二匹はノドシロが隠し持っていた僅かにアルコールを含んだ山葡萄の汁を飲み。気持ちよくなったノドシロは『この辺も昔は深夜にバイクを乗り回す悪い人間がいたけど俺が雄叫びで追い払った』と同じ武勇伝を語り、パルモデは『実はあっしはめちゃくちゃ喧嘩弱くて〜』と本音を話した。
ノドシロはその度に『パルモデの兄弟! お前を舐める奴がいたら俺がぶっ殺してやるな!』と洒落にならないことを言っていた。
もし、またフランクがパルモデを呼び出したらパルモデはノドシロを連れて行くのだろうか?
ノドシロがマッドドッグと喧嘩したら犬の死骸が1ダースは出来るな。
どうでもいい話は置いといて岡崎の事を考えよう。
岡崎の1日は単調だ。早起きして働いて早寝する。
常にソワソワしていていきなり怒ったり泣いたり落ち込んだり。
あの日、岡崎が飲んでいた白い粉は何だろう? 粉を飲んだあと懐に忍ばせている物は何だ? 分からない。
あそこまで大事そうに懐に仕舞われると黙って見たら悪いなと気を使ってしまう。
調査には無関係かもしれないしな。
☆調査5日目の朝。黒いワゴンに乗った若い男が岡崎の家を訪れた。
「ター坊か」
「お父さん」
この少年の様にも見える若者がター坊か。ター坊は岡崎をワゴンの助手席に乗せた。
ちょっと油断していた。家の中で会話するものだと思い込んでいた。車には追いつけない……と思っていたらどうやら車の中で会話する様だ。
ノドシロを警戒しているのだろうか?
「……最悪の場合はやるか」
岡崎は車の窓を半分開けている。
あそこから飛び込んで岡崎の顔を引っ掻く。
眼の前で父親を傷つけられたらきっとター坊も岡崎を病院へ連れて行くだろう。
「……爪と牙は封印しているのだが」
俺はそろりと助手席の横に近づいて猫耳を立てた。
(もういい加減に一緒に暮らそう)
(……おいてけねぇよ)
(だからぁ……息子のためにさぁ)
(息子つーのはなぁ……)
(分かるけどさぁ……)
断片的にしか聴こえないが、喧嘩とまでは行かないがちょっとした口論になっている様だ。
さぁていつ飛び込むかな?
(ふぅ。頑固だな。とりあえずこの間のCT検査と健康診断の結果を渡しとくね)
「えっ?」
CT検査ってのは分からないが健康診断って事は岡崎は最近既に病院へ行ったって事か?
おっとどうやら車から降りてくる様だな。
隠れよう。
「じゃあお父さん! 来週も来るから! 多少無理やりでも次は山を降りてもらうよ!」
「……息災でな」
完全にタイミングを逃した。
いや。爪を使うことに俺はビビっていたのだ。
『最近病院に行ったなら様子を見るか』と行動しない自分を納得させてしまった。
俺はここで岡崎を襲わなかった事を後に後悔する事になる。
☆
俺は直ぐ様先程の事をノドシロに伝えに行った。
「えぇ。病院へ行ったのか? じゃあとーちゃんの頭は何も問題ないって事か?」
「まだ分からん。診断書って奴の中身を見てみない事にはな」
「キャットさんは人間の文字が読めるので?」
「……読めるわけ……ない」
ノドシロのところへ遊びに来ていたパルモデが痛い所をついて来た。
そうなのだ。結果が分からなければ次の手も考えられない。
あの我慢強い岡崎の事だ。
多少結果が悪くても自分から病院へ行くって事は無さそうだ。
「とーちゃんがどこか痛いのは確かだろ?」
「ああ」
ノドシロにはあのことはマイルドに伝えてある。
「あっ。トゥアタラさんに頼んだらどうでしょう?」
「トゥアタラ?」
「沼に住むトカゲさんです。とても長生きなのでもしかして人間の文字も……」
「……トカゲ」
トカゲに人間の文字が理解できるとは思わないが、他にあてはない。
俺はトゥアタラって奴に会いに行くことに決めた。