犬VS犬。猫VS熊。
ナメロウ山入口の駐車場で『トップドッグ』と『マッドドッグ』が向かい合っている。
トップドッグはチワワやポメラニアンなどの小型犬の集まりで、全員プルプル震えているのに対してマッドドッグは中型犬を中心としたチームの様だ。
村中にいたらちょっとシャレにならないサイズの大型犬もいる。
「お久しぶりです。キャットさん。それとパルモデもな」
フランクの笑顔は相変わらず下品だった。部下は上司に似る。
フランクの部下は全員ニヤニヤしているかガンを飛ばしているか犬用のガムをクチャクチャしている。
しかし俺には敬語でパルモデにはタメ口か。
「俺にタメ口か? 偉くなったもんだなぁフランクよ」
パルモデも精一杯大物を気取っているが脚が震えている。
これはこいつが本当は弱いのがバレるのも時間の問題……というかバレているのだろう。でないとフランクのこの強気は説明がつかない。
「嫌だねぇ。鼻息の荒い。弱い犬ほどよく吠えるっていうじゃない? 誰とは言わないけどその言葉がピッタリの奴がいるよなぁ!?」
フランクがそう言うと後ろにいる部下達がドッと笑い出した。
あー。こりゃあ駄目だ。話し合いは通じないなと思った。
こいつは完全に『トップドッグ』の座を狙ってやがる。
「まぁ。ジョークはここまでにして。どうだい? トップ。俺と喧嘩してみねぇか?」
「……なんだとぉ?」
あっ、こりゃあ駄目だ。詰んだかも知れないな。
トップドッグとマッドドッグのメンバーが見届ける中でタイマン。
フランクは俺から言わせりゃ雑魚だが、パルモデには100%勝つだろう。
世代交代か。お疲れ様。パルモデ。ゆっくり休め。お前は働きすぎだよ。
良いところで俺が止めてやるから安心しろ。
「本気かよてめぇ? トップドッグの俺とやろうってか? 死にてぇのか。おぉん?」
「いやー。実際トップの喧嘩は見たことがないんでねぇ。どれだけ強いか見せて貰いてぇんだよなぁ?」
「おめぇも俺の部下だ。部下に怪我をさせたくない。肉きゅうを引っ込めな」
「るっせぇなぁ。ビビってんじゃねーよ! お前に勝って俺がトップドッグだ!」
「……」
パルモデのハッタリここまでか。いやいや俺の方を見るな。
しかしあれか。安請け合いとはいえ依頼を承ったんだ。
やれることはやってやるとするか。
「おい。フランク」
「邪魔しないで下さいよキャットさ……うっ!?」
俺は毛皮の下に隠れた生傷を見せてやった。
野良でも中々見ることのない生きるか死ぬかの戦いでしかつかない『本物』の傷跡だ。
しかも俺はどれだけ怪我をしても病院に連れて行って貰えなかったのでかなり酷い見た目だ。
血液を大量に失い、震えながらも自力で舐め続けて治した傷跡。
これを見るとあの頃を思い出してしまうが仕方がない。
「パルモデにやられたんだ」
「う……嘘でしょう?」
俺を除いた全員が引いている。
「俺はよそ者だからどっちの味方をする気もない。でも一応アドバイスだ。パルモデとやるならこの傷が全身に刻まれる事を覚悟した方がいい」
「……あっ。あっあっあっ。雨ですね」
タイミングよくポタポタと雨が降ってきた。
ほとんどの動物は濡れるのがきらいだ。
『とりあえず解散』の口実には丁度いいだろう。
「……雨が降ってきたなら仕方がない! 運が良かったなパルモデ。いくぞ! お前ら!」
マッドドッグの連中はブゥンブゥンと人間の乗り物であるバイクの音を鳴き声で真似ながら去って行った。
「ありゃあ半信半疑だな。また来るだろう。次も誤魔化せるとは思えないな。……パルモデ?」
「……」
パルモデは失神していた。
☆
チームの連中を帰し、俺とパルモデは山を登っていた。
いよいよ本日のメーンイベント。
『熊の依頼』
だ。
「……キャットさん」
「足元に気をつけろ。ん? 何だ?」
「あの傷は……いやぁ何でもないです」
「……」
チッ。重い空気を出しやがって。あんな古傷見せるんじゃなかったな。
何か違う話題はないか?
「そう言えばあれだな。お前も成長したな。俺の傷にビビってスッテンコロリンして小便漏らすかと思ったけど……」
「うわあぁぁぁぁ!」
褒めているそばからパルモデは後ろにスッテンコロリンして小便をジョージョー漏らしている。
何だよ。相変わらずビビリ……
「……グボッ。グボボッ。グゥルルルルぅ……」
「……やれやれだぜ」
俺も本当に衰えた。これだけの殺気を放つ『熊』が近づいて来ているのに気が付かなかった。
「ふぅ……ひぃ……ブフゥ……」
ゆっくりと二本足で立ち、両手を上げる熊の身長は2メートル弱ってとこかな?
本当に久方ぶりの『殺気』だな。
文字通りこいつは俺たちを殺す気だ。
今日はやたらと昔を思い出す日だ。
俺が殺した犬たちも同じ気を発していた。
「……フシャァァァ」
俺は出来るだけ姿勢を低くして上目遣いで熊を見た。
これだけ姿勢が低ければそうそう爪は喰らわない。
「おきゃあっ!」
「……シャーーッ!」
熊がバンザイの体制から倒れ込んで来た瞬間に俺はヤツの懐に飛び込んだ。