雀荘ヒートビート
いい夜だった。
「これでロンっすか?」
「知らねぇけどいいよ。お前頑張ったから3本棒あげるよ」
「あざす! じゃあお礼に俺の棒もあげますよ!」
「サンキュー!」
居酒屋の二階にある雀荘『炎舞』は私にとって非常に居心地のいい場所だった。
基本的に店長の『ヒート』を含めバカしかいない。
猫を見かけたら「あっ! 猫だ!」と言い。犬を見かけたら「あっ! 犬だ!」と言い餌をくれる。
人間は馬鹿なほど可愛いと私は思う。
「おっ! 猫!」
レジの横でウトウトしている私をヒートは撫でた。
『ヒート』は長髪をゴムで束ねている。
どんな時でもデカくて丸いサングラスを外さない。
身長は高いが、かなり細い。
あばら骨が浮かび上がっているくせに裸の上に革ジャンを羽織りピチピチの革パンを履いている。
「おっ! ヒート!」
「おうっ! 猫!」
「ようっ! お前ら!」
「猫! 今日も来たのか!」
ヒートと客達の会話は馬鹿丸出しでとてもいい。
麻雀のルールも知らないくせに店長のヒートを慕い老若男女が集まる店。
それが雀荘ヒート・ビートだ。
この頼りにならなそうな喧嘩も弱そうなヒートのどこに慕う要素があるの俺には分からないし、そんな奴らをバカにしていたが、今では俺も人のことは言えないかもしれない。
「こんばんわ~。キャットさん」
パルモデがわざわざ一礼してから入店して来た。
付き添いの二匹の白と黒のチワワ達もプルプル震えながらパルモデのマネをして一礼した。
「よぉ」
「いや。今日も疲れましたよぉ」
俺はレジから降りるつもりは無かったので上から見下ろす形でパルモデの話を聞いた。
秋刀魚ノ村体育館での戦い(?)から一ヶ月。
俺はこいつが泣きながらも俺に立ち向かって来た理由がすぐに分かった。
こいつは『動物がとにかく好き』なのだ。
人間に命がけで尽くす犬は珍しくないが、こいつは動物全てに尽くす。
『体の悪い動物たちの為に餌を届けて周って一日を終える』なんて俺には考えられない。
だが、こいつに付いて行く動物が多いのもまぁ納得だ。
「キャットさん。今日も旅のお話を聞かせて下さい」
「聞きたいです」
「……面倒だから嫌だよ」
『『そんなー』』
チワワ達にはすっかり懐かれてしまった。
こいつらにとって俺は『トップ・ドッグであるパルモデと互角の喧嘩をしたパルモデと5分の兄弟分』なのである。
パルモデは一体あの喧嘩をどうこいつらに伝えたのか? 口だけは一丁前だな。
「キャットさんを困らせるな。ちょっとお前ら下がってなさい」
『『へいっ。トップ』』
チワワ達を下がらせた後、ヒートに貰った餌と水を飲みながらパルモデはあの涙目で俺を見上げた。
ため息が出そうになった。
……この目。どうやら『トラブル』らしいな。
パルモデは優しさはトップドッグに相応しいが頭脳と強さは平均以下だ。
こいつと知り合って、俺はこいつに手に負えないトラブルを何度かヘルプしてきた。
頭の足りないガキの喧嘩の仲裁。年老いた難民動物の縄張り分配。
俺は流れ猫だ。いずれフラッと村を出る。俺がいなくなったらこいつはどうするつもりなのだろうか?
「……フランクが。どうにもね」
「はぁん。またフランクかよ」
フランク。この村に来て俺が最初にギタギタにした頭の悪いガキの代表みたいな犬だ。
白黒のブルテリア。あの長い顔と離れた目と長い舌を出したままする笑顔を思い出す。
チーム『トップドッグ』を挑発するように『マッドドッグ』なんてギャングチームを作って事あるごとにパルモデのトップドッグの座を狙っている。
あいつはパルモデとは逆に力はあるが優しさが皆無だ。
トップドッグになれば村中の動物は手下みたいなもんだし、黙ってても飯は手に入るし、メスは抱き放題。
俺は旅の途中でそんなトップドッグを見てきたが、そんなトップがいる所はどこも動物も人間も荒れていた。
『トップドッグ』は町や村を映す鏡でもある。
「……あっしが本当は弱い事に気がついたのか。とうとう決闘を挑まれちまいました」
「はぁん」
それは厄介だな。パルモデは弱い。弱いがフランクにトップドッグの座を奪われるぐらいなら命をかけて戦うだろう。
最悪殺されてトップドッグの座を奪われるかもな。
「……どうしましょう」
「まぁ何とかしてやるよ」
「ええっ! ありがとうございます!」
まだ何も策は思いついていないが、とりあえず引き受ける。
『安請け合い』は俺の得意技だ。
俺はもういつ死んでもおかしくない年齢だし、失敗しても責任を負うつもりはない。これは年寄りの特権だよな。
悪い年寄りになっちまったよ俺は。
「いやぁ! キャットさんにお願いして良かったー! では明日! ナメロウ山の入口でお会いしましょう! フランクの事はパパっと終わらせてその脚で熊のトラブルも解決しちゃいましょう! それではおやすみなさい!」
「おう」
忙しいやつだ。帰っちまった。
「……」
それから俺はしばらく薄目になってジャラジャラと言う麻雀の音を聴きながら眠りにつく前のウトウトを楽しんでいた。
どうして麻雀の音はこんなに落ち着くのだろう?
……ジャラジャラ
……ガシャンガシャン
……ザーー
……トン。トン
「ん?」
目をパッチリ開けてようやく気が付いた。
「……熊?」